*たこやき

 こいつ、おかしいんじゃないか? 男は眉間にしわを寄せ、その少年を見つめた。

 どう見積もっても、男の外見や雰囲気は良いとは言えない。実際、呼び止められた少年以外の生徒たちは男の顔色を窺いながら静かに通り過ぎている。

 その表情は一様にビクついたものだ。

「おうたくみ。遅刻すんなよ~」

「うん」

 少年の名前だろうか、未成年にしてはややガタイの良い男子生徒が匠と呼ぶと少年はしれっと応えた。

 この状況からして、オレがこいつのお友達なんて思うはずがねえよな。男は予想外の光景に唖然とした。

「お前の友だちは冷たいな」

「そうかな?」

 皮肉を言ったつもりだったが、少年は顔色を変えることなく飄々ひょうひょうとしている。

 そこに、

「何やってんの?」

「尋ね人だ」

 匠少年は、後ろからふいに問いかけた声に振り向かずに答えた。男はまたこいつのお友達かと顔を向ける。

「あ」

「お前!」

 声を掛けてきた少年の顔を見た途端、男は目を吊り上げてその少年を指差した。

 指を差された少年こそ、男が探していた城島 健きじま けんである。所々が跳ねている短髪は、少年の快活さを物語っている。

「知り合いかい?」

「うん、昨日の夜にね」

 匠よりも少し身長があり体格も若干、大きい気もする。とはいえ、匠が細身という事もあるのだろう。

 顔立ちは悪くはない。しかし、頭が良さそうという訳でもない。

 匠は初めから友人である健の事を尋ねられている事は充分に理解していたけれど、だからといってそうすんなりと教えるほど、彼は優しくも素直でもない。

 それにしても、男は随分とご立腹の様子だ。(その何割かは匠の仕業だとしても)

「何をしたんだい」

「ん~……」

 匠が問いかけると、健は複雑な表情を見せて頭をかいた。

「よくも俺をコケにしやがったな!」

「ほう?」

 健をよく知る匠は意外な言葉に感心すら覚えた。彼が知る限り、健はそのような事が出来る性格ではない。

 健はそこまで考えては行動しないからだ。ただただ、食べることが大好きで、匠のする事にはできる限りの協力を惜しまない。

「やだなぁ~」

 健の態度からして、やはり誤解である事は明白だ。とは言え、受け手である男がそう感じたのなら、そこには何かしらの行動があったのだろう。

「本当は?」

「この人がカツアゲしてきたの」

「てめぇ!」

 今にも殴りかかりそうな勢いだが、それが図星であると示している。

「何人いたんだい」

「四人くらい」

 なるほど、それだけの数を相手にした健を見ているなら、簡単に手は出せないだろうねと躊躇っている男を一瞥した。

「本来、複数対一人では勝てないのだけど」

「やり方次第だよ」

 匠は健の強さは知っているし、その言葉もよく理解している。

「で、名乗ったのかい?」

「聞かれたから」

「では、次からは知らない人に名前を尋ねられても答えないようにね」

「解った」

「判断がつきかねるときは、私に連絡するように」

「りょうか~い」

「俺を無視すんな!」

 こいつ子どもか!? いや、子どもだけども。男は地団駄を踏んで抗議するように怒鳴った。

「手加減はしたんだろうね」

「しなきゃ捕まっちゃうよ」

「そうか」

 相手を見て手加減はするようにと父からも言われているだけに、男の様子からしてちゃんと手加減はしたのだろう。

「ところで、何故ここに?」

「お腹が空いたから、そこの駄菓子屋でたこ焼き食べようかなって」

 なるほどと匠は納得した。

 健は学園の寮に住んでいる、家から通学している匠と学園の外で朝に出会う事はまず無いのだ。

「俺をことごとく無視してんじゃねぇ!」

「因みに」

 匠は誰もいなくなった通学路で声を荒げる男に視線を送り、

「私を捕まえて彼を脅迫しようなどとは、考えてはいないよね?」

「グッ──!?」

「あ。考えてたんだ」

「な、なんなんだよ、お前ら」

 ガキのくせに、なに落ち着き払ってんだよこいつら──さすがに男は怖くなってきた。

「で、彼の名前は解るかい?」

鴨居 隼人かもい はやと

「なんで俺の名前を!?」

 驚いた男に、健はキョトンと応える。

「だって、名字と名前でみんな呼んでたから」

 くっつけたらフルネームになるな~って思ってた。

 健少年の率直な言葉に、確かにそうだったと男は生ぬるい笑みを浮かべ視線を泳がせた。

「そろそろ始業時間だ」

 匠は左腕の時計をちょいちょいと指で示す。

「げっ!? たこ焼き食えなかった!」

「おい!? ちょっ、まっ──!?」

 走り去る二人の背中に手を伸ばすが、まったく相手にされず正門に吸い込まれていく背中を見送った。

「おい……」

 ポツンと取り残された隼人は、頬をかすめる風に寂しさを感じつつその場から遠のいた。


 ──私立、尾世ヶ瀬およがせ学園は関東にある。マンモス校とは言えないが、学力は平均よりやや上で建物の形がちょっと変わっている。

 十字の形をした建造物は、正確に東西南北を向いている。近くの住民は方位が解るようになったと嬉しく感じているようだ。

 匠たちの二年棟は西に位置し、一年は成長期真っ直中のため南棟、三年はほぼ成人だから北棟という、ざっくりした理由で位置づけられていた。

 解るような解らないような配置だが、職員室や特別教室などは東棟にある。

「後で詳細を聞く」

「オケ~」

 二人は共に十七歳、二年五組と書かれたプレートが取り付けられている教室に入り席に着いた。匠と健の席は後ろの方だ。


†††


 一時限目が終り、匠と健は休憩時間に話し合う。

「昨日の晩ね、CD買いに商店街に行ったらさ~。いきなり呼び止められたの」

「ほう」

 匠の前の席に座り、健が説明を始める。匠の席は列の真ん中の一番後ろで、健は窓際の一番後ろの席である。

「データでは買っていないのかい」

「そこに食いつく?」

 健は気を取り直しそのまま続けた。

「まあネット通販でも良かったんだけど」

「うん」

「店で売ってるなら直接、買った方がお店も助かるじゃない?」

「なるほど」

 匠はあごに指をあてて少し考えた。

 まあ、隼人という人物の怒りは色々とあるのだろう──例えば、勝てると思っていた年下に五人がかりで負けた事とか。

 例えば、その少年は大した疲労も見せずに立ち去っていった事とか。

 カツアゲという時点でどう転んでも健にはまるで非はないが、逆ギレとか逆恨みというものはこうやって生まれるものだ。

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