遥か遠く視る思い
海馬
Tears are the silent language of grief
ヴォルテール/哲学者、作家、文学者、歴史家
ハジマリの始まり
2163年3月24日
待望の赤ちゃんが生まれた。
小さくて温かくて、とても素晴らしいものね。
誰かと自分が結婚すること、子供が生まれること。そんなこと考えもしなかった。こんなに幸せになれるなんて!
手がとても小さいの。私の手の半分もない。
こうちゃんは早く寝ろって言うんだけど、興奮でそれどころじゃないのに!男の人にはわからないことね。
2163年3月25日
まだ目が開かないみたい。
先生に言ったら当たり前だろって!私と会う準備をしてるんだって。生まれたときも可愛いけど、生まれてからも可愛いなんて。
早く声が聞いてみたい。今は泣き叫ぶことしか覚えられてないから。
この子だけは普通に育ててあげたい。
2163年3月26日
今日はとても眠い。
仕方のないことらしい。体が休息を求めてるんだって。
だけど、こんなに頭が体が重くなるほど疲れてしまうものなのかしら。
子どもを生むってとても大変。
2163年4月1日
気がついたらチューブに繋がれていた。
もう、普通のベッドに戻ったけど。先生になにか変なものを食べなかった?って聞かれたけど、全く心当たりがないの。少し怖い。
だって普通、そんなこと聞かないじゃない?
食べてるものは病院のご飯だけなのに。よくわからない。
2163年4月2日
赤ちゃんに会いたいのに、先生が許してくれない。まだ元気じゃないから駄目だって。ベッドから起き上がることも許してもらえない。
心にもやがずっとかかってる。なにか悪いことが起きそう。
2163年4月7日
また私は気を失っていたみたい。
なぜ、こんなことが起きるの?普通に日記も書ける。話もできる。なのにどうして、いきなり。
もうずっと、あの子に会っていない。寂しいわ。
夫はもう少しの辛抱だと言ってくれた。でも何かがおかしいの。
私の顔を見ようともしない。
2163年4月8日
赤ちゃんは何を食べているのかな。生まれてからお乳をあげたのはたったの数日。それから何を食べて生きているの?
2163年4月9日
また頭が痛い。今日の病院食はシチューだった。いつも頭が痛くなるのは濃い味のものを食べたあと。
私、殺されるの?そんな風なことしか考えられない。誰か助けて。
2163年4月10日
いきがくるしい
2163年4月18日
だんだん目覚めが遅くなってる。こうちゃんは会いに来なくなった。どうして?凄く眠い。またたくさん寝てしまうの?
どういうことなの?わけがわからない。わたしはねるのがいやで、よるぬけだした。あかちゃんにあいたくて、ぬけだしたの。なのに、どこ?わたしのこどもはどこ?どこにいってしまったの?ねえ、だれかおしえて。
私は殺されるのかもしれない。わからない。もうなにもないこの世界に私がいる意味なんかないじゃない!殺されるくらいなら死んでやる。ざまあみろ。
AIがきっと、私の赤ちゃんが私に相応しくないと言ったんだわ。どうして機械の良いなりになってしまうの?私が生んだのに。私の血が入っているのに。
こんな世の中くそ食らえ。殺されるくらいなら自分から死んでやる。
先生の足音がする。
私はこの日記を床下に隠すわ。
見つけたあなたにお願いがある。
私の息子を探して。
病院の名前は池上クリニック。
私の名前は吉川あんな。
どうせ赤ちゃんの名前は変わってるけど、はるって言うの。男の子でも女の子でもいいようにつけたのよ。
瞳は少し緑がかってる茶色。髪は真っ黒。背中にポートワイン母斑がついてるからきっとわかるはず。
おねがいし
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