銭湯に行けばいいじゃん

放課後、オレはいつものように部活をサボり、西日のさす教室で一人、優季を待っていた。


優季はソフトボール部に所属し、ポジションはサード。


優季に野球を教えたのは、何を隠そうオレだ。


幼稚園の頃、友達と近所の公園で、ゴムボールにグラブとプラステック製のバットを持って、野球をしていたのを、優季が遠くのベンチで座りながら見ていた。


やがて、オレたちに近寄り、私も打ちたい、と言い出したのがきっかけだ。



オレはバットの持ち方やスイング、キャッチボールの時は相手の胸元目掛けて投げる事等を教えた。


小学生になり、オレは少年野球チームに入った。


優季も入りたかったらしいが、女子は入れないという事と、優季の母親が猛反対した事により、チームには入れなかった。


だが、近所同士のオレたちは、練習が無い日は、優季に素振りやキャッチボール、ノックをして、上達した。


優季がサードのポジションにこだわるのも、オレの影響みたいだ。


おれはチームでサードを守り、打順は5番だった。


自分で言うのも何だが、チーム内では上手な方であった。


そのオレから教わるから、どうしても守備的な教え方はサードの動きになってしまう。


やがて小学生の高学年になると、身体の成長により、互いに意識し始めた。


この辺りから、優季とは距離を置き始めた。


それと同時に試合中、デコボコのグランドでサードゴロを捕球しようとした際、ボールがイレギュラーし、右目を直撃。


幸い視力には影響は無かったが、それを機にオレは野球を止め、中学に上がった時、野球とは関わりを持たないよう、サッカー部に入部した。


逆に優季は中学に上がるとソフトボール部に入部し、メキメキと頭角を現し、サードのポジションを獲った。




とまぁ、そんな経緯があり、オレと優季は野球を通じて、毎日のようにバットを振って、ボールを投げていた。


もし、あのまま野球を続けていたらどうなっていたのだろうか?


大人になった27年後もそんな夢を見る機会が多かった。



教室の時計に目をやると、5時を回っていた。


そろそろ優季が教室に戻ってくる時間だ。


オレは机の上に足を放り出し、いかにも横柄な感じの座り方で優季が来るのを待っていた。


ガラガラっと教室のドアが開き、優季が入って開口一番、


「さっちゃん態度悪すぎ!偉そうに足なんか放り出して!」


早速小言を言われた。


「誰もいないんだからいいんだよ。それよかお前に話があってここに残ってたんだよ」


優季はまだ首筋が汗ばんでいた。


初夏という事もあり、ちょっとの運動で汗が毛穴から吹き出る程のジメっとした湿気の多い時期だ。


「なぁに、待ってたのって?」


怪訝そうな顔をして、優季はバッグの中を整理して、帰り支度をしていた。


「宇棚の事なんだけど。アイツ何か変じゃないか?何から何まで異様というか、挙動不審っぽくねえか?」


オレがもし警官なら、有無を言わさず職務質問をするだろう。


「別に。ちょっと物覚え悪いかなって思うけど、真面目な方よ、誰かと違って」


誰かと違ってねぇ…そりゃオレの事じゃん!


「誰かってオレの事だろうが。まぁいいや。たまには一緒に帰ろうぜ」


オレもバッグを手にし、教室を出た。


帰り道、オレと優季は色んな話をした。


どこであの茶坊主のメガネの話題を出そうか伺っていた。


「さっちゃん、宇棚くんと何かあるの?」


不意に優季が聞いてきた。


「アイツのメガネ外したところを見てみたいんだよ。あいつ何があっても絶対にメガネを外さないからな」


あのメガネをどうやったら外せるのか、その事で頭がいっぱいだった。


「それがどうしたの?メガネ外そうが外さないが、さっちゃんに関係あるの?」


そりゃごもっともだ。でもまさかホントの事を言えないし…


何て言えばいいんだろうか?


「いや、アイツどっかで見かけた事あるんだよ。多分メガネを外せば分かると思うんだけど、なかなか外さないから、お前がアイツにメガネ外してみてって言ってくれないだろうか?」


オレはテキトーな事を言った。


要はメガネを外す大義名分が欲しいだけの事なんだが。



「私が言うの?直接宇棚くんに言えばいいじゃん」


さすがに乗り気じゃないよな、優季は。


「いや、アイツがメガネを外すとこを見たいだけなんだ。

もしかしたら、以前会った事のあるヤツに似てるんだよ。

オレも何度かメガネ外してくれって頼んだけど、絶対に外さないんだよ。その点、優季だとアイツはホイホイと外すだろうからさ」


あの茶坊主、優季の顔眺めては、ニターっとして優季に気がありそうな感じがするから、頼めばすぐに外してくれるに違いない。


「何で私だと簡単に外すの?」


「そりゃ、お前。アイツはお前の事好きだと思ってるぞ」


「ゲーッ、マジ?」


さすがの優季も一瞬嫌な表情をした。



夕暮れ時、蒸し暑い通学路を歩きながら、オレはどうにかしてメガネを外してくれるよう、優季に頼んだ。


「頼む!一回だけでいいんだ。何ならここで土下座してもいいから!」


オレはアスファルトにおでこを擦り付け、土下座した。


「ちょっと!止めてよ!恥ずかしいじゃない!」


優季はオロオロしている。


「頼む優季!メガネ外すように言ってくれ!そしたら、何でも言うこと聞くから!」


オレは土下座のまま、優季に再度頼んだ。


優季は立ち止まり、どうしていいかわからない状況だ。


「さっちゃんさぁ、それなら一緒に銭湯に行こうとか言ってみれば?さすがにお風呂に入る時ぐらいはメガネ外すでしよ?」


そうか!銭湯か!


「何だそうか!あぁ、土下座して損した!よし、アイツ銭湯に誘おう!」


そうか、その手があったか!


「何よ、損したって?」


優季はワケが分からずポカーンとしている。


「んじゃ、そういうワケだ。またな~っ!」


オレは土下座からすくっと立ち上がり、走って家まで帰っていった。


こうなりゃ優季なんざ用は無え!


要はアイツと銭湯に行けばいいだけの事だからな、ウワハハハハハ!



…それにしても、オレは段々と身も心も中2になりつつある。

すっかり41才だという事を忘れていた…

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