ルナティック・リリィ
塔原はり
Page0-『このノートに関する重要なこと』
――未来のリリィ・ホロロフへ。
ハロー、リリィ。ご機嫌いかが?
なんて、未来の自分に問いかけてみました。なんとなく、虚しいものですね。
ごく普通の女子高生である私――リリィ・ホロロフの、何てことない「普通」な日常を綴るべく、私は筆を執りました。ところが思わぬ落とし穴。この文章をなんと呼べばいいのか思い悩んで、もう何日が経つでしょう。
しばらくの間ずいぶんと悩んでいましたが、いつまでも悩んでいるわけにもいかないので、そろそろ、このページを書き進めたいと思います。
これは「手紙」でしょうか。
誰かに宛てて書く、口語体の文章。まさに手紙です。ですが、手紙にしては少しばかり長すぎる。それに、私は明確に何かを伝えたいわけではないのです。ただ、ここにある日常を記録したいと願っただけで。
それでは「日記」でしょうか。
うん。さっきよりも、少し近いかもしれません。ですが、私はこの文章を、毎日書こうとは思っていないのです。ヒマワリの観察日記すらまともに続けられなかった私にとって、日記なんて苦行以外の何物でもありません。
どの言葉も少しずつ、ニュアンスが違うような気がしてなりません。
こんなふうに悩み続けて、ついに今日、突然ピコーンとひらめきました。「手紙」も「日記」も違うなら、もういっそ「小説」と呼んでしまってはどうか、と。
手紙や日記だと変に緊張して身構えてしまうのですが、小説だったらどんなにドラマチックな書き方をしても浮かないでしょう? それに、本当か嘘かは誰にも分からない……まあ、唯一の読者である私自身にはすべて筒抜けなんですけどね。
とにかく呼び方は「小説」で決まりです。女子高生、リリィ・ホロロフの物語。うん、なかなか気に入りました。我ながら、グッドでナイスなアイディアだと思えてなりません。さっきから、不思議と胸がドキドキしています。
――さて。
この小説は、とある女子高生によって書かれています。
少女は生まれながらに醜悪な欲望を心の中に飼っていまして、7歳の頃、ついに殺人に手を染めました。今となっては、立派な暗殺者です。
暗殺者――現代日本に、殺し屋さん。どことなくチグハグな響きにも感じますが、これは間違いではありません。だって、そもそも一般の人たちが「暗殺者」に馴染みがないなんて、当たり前のことなんです。
「あー、あそこの殺し屋ね……私的には微妙かな。ちょっと高いし、態度悪いし。あ! でも、こないだ行ったとこ良かったよ。店員さん可愛いし、腕良いし……そうそう、インスタ映えするピンク看板がおしゃれなとこ!」
なんて会話が、ファーストフード店で繰り広げられていたら、末恐ろしいじゃないですか。私だって嫌ですよ、そんな世の中。
隠れているんです、私たちは……あ、さすがに個人で営んでいるわけではないですよ。暗殺事業を営む団体に所属しているのです。今どき個人が殺し屋を名乗っていたら、すぐにボロが出て捕まってしまうでしょう。日本警察だって、そこまで馬鹿ではありません。
とにかく正体がバレたらおしまいな職業ですからね。そこは念には念をいれて、万全を期しているわけです。
そういえばもう1つ、重要な事実を書いておかねばなりません。
今ここにある文章は、ノートの初めのページに書かれていますが、これは1番最初に書かれたという意味ではないのです。
ややこしくてごめんなさい、未来の私。ふと思い立って、日々の出来事を書き留めはじめたのは良いものの、この文章をなんと呼べばいいのか分からずに、しばらくの間ずっと思い悩んでいましたので。
だから後になって追記が出来るように、このノートのタイトルと、はじめの数ページだけは、何も書かずに空欄のまま取っておいたというわけです。
タイトルに関してはずっと空白のままというのも不便ですので、とりあえずの措置として、一部の人々が私を形容する際に用いる“
ですが1ページ目に関しましては、無理に埋める必要に駆られることもなく、しばらくの間、空白のまま放置しておりました。
その空白を、今、埋めた。
そこにはやはり、理由があります。
実は先ほど、この文章のジャンルを決定付ける革命的な出来事が起きたのです。
もったいぶるのも妙なのでストレートに言ってしまいますが、つまり、ラブレターをもらったわけです。私が。この私が。
まあ、告白される事自体は初めての事ではありません。美人ですしね、私。
ですが、無記名というのは初めてです。それに付き合ってほしいとか、エッチな事がしたいだとか、そういった現実的な欲求などどこにも無しに、ただ溢れんほどの想いの丈が、延々と書き連ねられている――。
こういうタイプのラブレターは、全くもって初めてです。
正直、ドキドキしています。顔も名前も分かりませんが、私はこの手紙の差出人に、自分でも驚くほどの興味関心を抱いているらしいのです。
書き始めた頃、この文章は、賛否両論の衝撃的なミステリーか、あるいは生々しくグロテスクなR18のホラーになる予定でした。
それなのにこの小説は、ジャンルの枠を飛び越えて、意外な展開を迎えようとしている――そんな予感がしています。確信にも近い、強烈な予感です。そして、その事実に戸惑っているのは、他ならぬ私自身なのです。
殺人鬼によって書かれたこの文章は、ホラーでもミステリーでもありません。
きっと純粋で甘酸っぱい、恋愛小説に違いないのです。
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