ニンジャ・ウィザード!!~落ちこぼれ魔法使いのヒーロー譚~
@leonardo07
第1話
「大変だ!逃げ遅れた人がいるぞ!」
消防士はマンションの上層部を見上げて叫んだ。
地上十数階建てのマンションの上層部のベランダから、助けを求めて手を振る女性の姿が見える。歳の頃は30台だろうか。火災に気が付くのが遅くなり、逃げ遅れたようだった。
マンションの火災はその人影から1、2階程下から発生して燃え広がり、大きな炎と煙が東京の夕空に立ち上っていた。
地上に設置された消防隊の指揮所の消防士達は、マンション内部に突入した消防士と慌ただしく連絡を取り合っている。
東京湾岸の住宅地区で夕方に起きた火災とあって、マスコミや近隣住民の野次馬が大勢駆けつけて、火災の様子を見守っている。
「駄目だ、マンション内部の火災が激しくて、とても救出には行けそうにない!」
「何だって!」
「あの高さだとハシゴ車も届かないぞ!」
「早くしないと、残された人の命が危ない!」
「自分たちの隊に行かせてください!」
「駄目だ!二次災害の可能性がある!」
「しかし!」
指揮所の消防士達からは救出しようと懸命な様子が伺えた。しかし、消防士達の焦りは募るばかりである。
その時、野次馬の1人がマンションとは別の方角の空を指差した。
「あれは一体何だ?」
野次馬の声に反応して消防士の1人が空を見上げると、空に浮かぶ物があった。彼は、それが人影だと認識するのに数秒かかった。
その人影はマンションから離れた地上50~60m程の上空で静止していた。真っ黒なローブを羽織り、頭にはフードを被っている。その下も黒い服をまとい、顔は覆面をしているため性別は分からない。
「空に人が飛んでいる……?嘘だろ……?」
消防士や野次馬は唖然とした。
「勇樹、現場に到着したぞ!指示を頼む!」
ローブの人は、頭に付けたヘッドセットに呼びかけた。
「OK、リック!マンションの上層階に逃げ遅れた人がいるはずなんだ。見えるかい?」
勇樹と呼んだ人物から、ローブの人のヘッドセットに通信が送られる。
リックと呼ばれたローブの人は、目を凝らした。マンションの上層階のベランダに女性の姿が見えた。
「居た!あそこか!」
リックはそう言うと、女性の方目がけて飛んだ。
「ご婦人、助けに参りました!もうご安心下さい!」
リックがベランダの女性に近づくと、大きな声で丁寧に呼びかけた。
しかし、女性は空から来た珍客にただ目を丸くするばかりである。
女性の反応がやや意外だったのか、リックは自分の手足を眺めた。
リックは身長185cm程度の男性である。真っ黒なフード付きローブを着ているが、それでも肩幅はがっしりしている事が伺える。頭には黒い目出し帽を被り、目にはゴーグルをつけている。ローブの下の服も黒づくめで、胴体には防刃ベスト、手には黒い防刃手袋、足には黒いブーツを履いている。
この様な珍客が空からやって来て、驚かない方が無理があるというものだ。
「勇樹の奴はニンジャみたいでカッコいいと言ったけど、本当に大丈夫なのかな?」
リックはポツリと呟いた。
「あ、あの!私の子供が中に取り残されているの!」
女性はようやく我に返ったようで、リックに向かって叫んだ。
女性の後ろには部屋があるが、そこからは煙がもうもうと立ち上っている。
「中のどのあたりですか!?」
「入って奥、玄関近くの子供部屋にいるんです!」
「OK、お任せあれ!」
リックはベランダに降り立つと、呪文を唱えだした。
「ウォーターシャワー!!」
呪文が終わると、その声と共に、リックは右手を部屋の方に向けて突き出した。
しかし、何も起きなかった。
「ウォーターシャワー!!」
リックはもう一度、右手を部屋の方に向けて突き出す。
しかし、やはり何も起きなかった。
リックは頭を抱えた。
「ああもう、この前の授業では成功したのに!」
「リック、どうしたの?」
リックのヘッドセットから、勇樹の通信が聞こえる。
「ああ勇樹か。マンションの中に子供が1人取り残されているらしいんだ……」
「何か消火のための魔法はないの?」
「今やったが、ダメだった……」
「あああ、もう!」
ヘッドセットから、勇樹の溜息が聞こえてきた。
「こうなったら、リックが飛び込んで助けなきゃ!」
「いや、流石にこの炎と煙は難しいだろ…」
リックは呟いた。
「勇樹は自宅に居るからいいが、飛び込む方の身になって貰いたいもんだね」
「何言ってんのさ、リック!決めただろ、ヒーローになるって!」
勇樹の声に、リックはハッとした様子だった。
「ああそうだ、そうだったな。ここで引き下がったら、落ちこぼれ以下のチキンだ」
「(そう、俺は元の国では落ちこぼれ。しかし日本でなら活躍できる。俺の魔法の力を人助けに役立てるため、この活動を始めたのだ。この程度でビビッてはいけない)」
リックは思った。
「大丈夫、このローブは火炎にも強いんだ。それに、勇樹と買ったこの服も難燃性だって言っていた」
リックは自分の服をマジマジと眺めた。
リックは意を決して部屋に飛び込んだ。口元を手でふさぎながら、部屋の中の炎を2度飛び越え、なんとか廊下にたどり着いた。すると、廊下の先から、幼児の泣き叫ぶ声が聞こえた。
「リック、煙を吸っちゃダメだよ!姿勢を低くして!」
「勇樹、そういうのは早く言ってくれ!」
廊下の天井は煙だらけである。リックは匍匐前進しながら何とか泣き声の聞こえる部屋にたどり着いた。
中に入ると、まだ2歳くらいの幼児がベッドで横たわっていた。
「よーし、もう大丈夫だぞ」
リックが幼児を抱きかかえると、幼児はたちどころに泣き止んだ。
「勇樹、子供は見つけたぞ!」
「流石!」
「来た道を戻るのは難しそうだな」
リックは呟くと、玄関の扉を開けて外に出て、マンションの廊下の手すりを飛び越えた。
「フライ!!」
彼が叫ぶと、たちまち彼の体は宙に浮かんだ。
リックは建物を半周すると、先程のバルコニーの女性の元へとたどり着いた。
「さあ、お子さんはお助けしましたよ」
彼が抱えた幼児の姿を見て、女性は安堵の表情を浮かべた。
「私の背中に乗って!」
リックの声に促され、女性は彼の背中にしがみついた。リックは2人を連れてベランダを飛び出した。そして、数十メートル下の地面に向かってゆっくりと降りて行った。
彼らの姿を見て、地面に居た大勢の人達から大歓声があがった。マスコミのカメラや野次馬のカメラが一斉に彼らに向けられる。
地面に到着すると、リックは女性と幼児を降ろした。女性は彼に向かって礼の言葉を繰り返し言う。
「それほどでもありませんよ。当然の事をしたまでです」
リックは一層、紳士的に言った。
「あの、あなたのお名前は?」
女性がリックに問いかけた。彼は咳ばらいを小さくした後、言った。
「ニンジャ・ウィザード。それが私の名前です」
そう言うと、リックは東京の夕空に向かって飛び立って行った。
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