四章 ⑪最後の務め
「……俺の意志が聞きたいと言ったな、紫」
肚は決まった。
紫を見上げると、その瞳がわずかにたじろぐ。
「お望み通り、俺の気持ちを聞かせてやるよ。でも、その前に、おまえに打ち明けないといけないことがある。……実はな、イルミナティの妨害、あれ、俺の仕業なんだ」
紫の表情が固まった。
ぇ、と小さく声を上げた彼女に俺は笑みを深くした。
――徹底的に突き放してやる。それが、俺にできる最後の務めだ。
「……何、言ってんの、真理須。そんな嘘、やめてよ……」
「嘘じゃない。聖水を撒いたのも、おまえの身辺から物がなくなったのも、東友から卵がなくなったのも、俺がやった。俺がレオンに指示してやらせていた」
「やめてよ! なんでそんなこと言うの!? 嫌だ、聞きたくない……!」
「あと、ベリアルに契約破棄を頼んだのも俺だ。それはベリアルの口からも聞いたんじゃないのか? おまえは俺に売られたんだって」
瞬間、紫の顔色が変わった。蒼白になって少女は俺を凝視する。
「……え……どうして……」
「どうして? おいおい、自覚ないとは言わせないぞ。おまえはどれだけ俺を酷使してると思ってるんだ? いつも職能外のことを要求して、無茶ばかりさせやがって。俺が寛容なのをいいことに、好き放題やってくれたよなあ」
少女の唇が震えた。だが、反論はない。喘ぐような吐息を洩らす紫に俺は畳みかける。
「それで、対価は卵だって? ふざけてんのか? それで契約破棄したくならないほうがおかしいだろ? 今回、ほんと清々してるんだ。イルミナティのおかげで、ようやくおまえから逃れられるってな」
漆黒の瞳が急速に潤んだ。俺は目を逸らす。
「泣いて許されると思うなよ、紫。おまえは俺を愚弄したんだ。詫びたいなら、命で償え。明日、契約書を奴らに渡すがいい。どうやって奴らがおまえを守るつもりか知らんが、契約破棄されれば俺はおまえの魂を狙う。容赦はしない」
ぽた、とテーブルの上に滴が落ちた。次いで、もう一滴。
これで終わった。
そう安堵しかけたとき、
「……だったら、どうして、助けてくれたの……? わたしが襲われたとき、真理須は助けに来てくれたじゃない……!」
湿った声が耳朶を打った。
……まったく諦めの悪い奴だ。いい加減にしてくれ。
舌打ちを堪えて、俺は席を立った。
「言われなきゃわかんないのかよ」
涙に暮れる少女へ近付く。縋るような眼差しを振り切るように、俺は紫を突き飛ばした。ヨロめいた身体が流しにぶつかる。
「真理須……?」
「そんなの、汚れてないおまえが欲しかったからに決まってるだろ」
両手を流しにつき紫を閉じ込めた俺は、耳元で囁いた。少女の肩がびくりと震える。
「契約した以上、おまえの魂も肉体も俺のモノだ。他の奴に穢されるのが気に食わなかったんだよ。おまえを好きにできる明日が待ち遠しいな。なんなら、今夜のうちにカラダだけでももらっておくか。まだ契約中だから、おまえの態度次第では優しくしてやらないことも……」
ぐしゃり、と頬で何かが潰れ、俺の台詞は途切れた。冷たく、ベタついたものが、頬を伝う。
「っ……!」
嗚咽を呑み込んだ呼吸音がして、俺を押しのけた紫がダイニングから逃げていく。バタン、と音高くドアが閉じられた。
一人になった俺は、叩きつけられた卵で濡れた頬もそのままに、しばし立ち尽くした。
こんな対価の渡し方ってあるかよ。
呆れると同時に笑いがこみ上げ、俺は声を出して笑った。視界が滲んでいるのは、笑いすぎたせいだと思うことにした。
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