四章 ⑩中二病の真実

「もうっ、咲羅先輩は全っ然わかってくれないんだから! 決戦前日に会合を休むなんて、どういうつもり!? 明日の持ち場の確認すらしてないのに」


 期限の三日はあと一日に迫っていた。

 夕食を摂りながらも紫は怒りを抑えきれないようで、学校から帰ってくる道すがらから今まで、俺はずっと愚痴に付き合ってやっている。


「合戦峯は昨日、秘密結社を抜けるって言ってたじゃないか。その押し問答で昨日の放課後は潰れたってのに、もう忘れたのかよ」

「はあ? 確かに抜けるとは言ってたけど、わたしは許可していないわ。会長のわたしが判を押していないのに、退会が認められると思って?」

「そもそも、書面でやり取りなんかしてないだろ」

「大体ね、咲羅先輩は弱気すぎるのよ! わたしは二十一世紀最大の魔術師なんだから、イルミナティに負けるはずないじゃない!」


 ぐい、とお茶を勢いよく飲んだ紫が、むせて咳き込む。苦しそうに胸を叩く少女を見て、俺は呆れて首を振った。


「ベリアルは強いぞ。羽根の威力はもう見ただろ。あれは、能力のほんの一部で、実際戦闘になったら、もっととんでもない大技を繰り出してくる」

「なによ、あんたまで自信ないの? 同じ悪魔でしょ」

「階級が違うんだよ。あいつは王だし、公爵、侯爵ときて伯爵だからさ。あ、俺、伯爵ね。覚えてた?」

「貴族らしさが欠片もないから忘れてたわ」


 ですよねー。

 俺は頬杖をついて紫を眺めた。冷静に話せるくらい、鬱憤は晴れただろうか。食事もほとんど終わっていることだし、そろそろ頃合いだろう。


「紫、ほんとにイルミナティの要求を呑まなくていいのか。合戦峯の言ったこと、俺はあながち間違ってないと思うぞ。敵がどういう奴らか知らんが、ノアを攫っている時点でまともじゃない。下手に抵抗したらノアだけじゃなく、おまえの命すら危ういかもしれない」

「自信ならあるわ。二十一世紀最大の魔術師であるわたしと、悪魔のあんたと、特殊部隊の咲羅先輩がいれば、イルミナティなんて敵じゃないわ」

「中二病と非戦闘系悪魔と脱会者しかいないぞ」

「なによそれ。景気の悪いこと言わないでよ。士気が下がるわ」

「悪いことは言わん。やめとけ。聖水で武装したところで、本物の秘密結社相手に戦うなんて無謀すぎる。敵がおまえの命は保証すると言っているんだ。気が変わらないうちに従っておいたほうが得策だと思うぞ」


 それが紫にとって最も現実的で安全な選択肢だろう。契約書と引き換えにノアを返してもらう。紫はただの中二病に戻り、魔術師じゃなくなったことでイルミナティとは縁が切れて一件落着だ。


 問題は俺が魂を取りっぱぐれるということだが……マジどうしよう。俺、リストラ? 転職活動、全然してないや……。


「……真理須は、それでいいの……?」


 履歴書に何を書こうか考えていた俺は、紫の囁くような声音に顔を上げた。


「言ったろ? 契約書の扱いはおまえの自由だって……」

「そんなことが聞きたいんじゃない!」


 バン、とテーブルを叩いて、紫が立ち上がった。


「わたしは、あんたの意志を、気持ちを聞きたいの……! 真理須はイルミナティのせいで、わたしとの契約がなくなって、それでいいの!?」


 俺の意志。気持ち。

 戸惑う俺へ紫は燃えるような眼差しを向ける。



「わたしは嫌よ。あんたを手放すのは絶対、嫌だ! あんた、わたしの傍にいるって言ったじゃない。それが契約だったでしょ。あのときから、あんたはわたしの悪魔なんだから!」


 ここまで強く所有権を主張されたのは初めてだった。

 呆気にとられる俺に、紫は紅潮した頬のまま続ける。



「知ってるわよ。わたしは二十一世紀最大の魔術師なんかじゃない! わたしが言っていたイルミナティは妄想よ! でも、そんな設定でもないと、孤独感に押し潰されそうだった。冷たいこの現実を誰かのせいにしないと、耐えられなかった……!」



 ああ、やっぱり計算なんかじゃなかった。

 中二発言は、少女の力ではなく、弱さを隠していただけ――。


「……いつだってそう。大切な人はわたしの前からいなくなっていく。あんたもなの? 秘密結社の仲間もやっと集まったのに、また誰もいなくなってフリダシに戻るの? そんなの嫌だ。わたしは諦めたくない。あんたたちを守るためなら、相手が本物のイルミナティだろうと戦うまでよ!」


 合戦峯に頼まれたことが今さら、身に沁みた。


『仲間がいるうちは、セルシアは契約書を手放せない。彼女を守るためだ。おまえもセルシアを突き放してくれ』


 ……あんたたちを守るためなら、か。

 紫の言葉を反芻して俺はふっと口元を緩めた。

 真顔であんまり笑わせるようなことを言わないでくれよ。守るのは、俺の役目だっつーの。

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