第33話 健全な力は

「うし、じゃあ行きますか」


 ミコト様の親父さんから借り受けた道着をしっかりと着て、俺は改めて自分に喝を入れなおす。

 朝飯も食べ終わり、少しの食休みも挟んで、これから俺は親父さんに稽古をつけてもらう所だ。今はちょうど8時40分。親父さんに武道場に来るよう言われた時刻は9時だから、俺が向かう時間帯としてはちょうどいい頃だろう。


 朝飯は比較的質素なもので、それこそ俺の家で毎朝出されている量とあまり変わらないくらいだった。よかった、無駄に多すぎなくて。あんまり食べすぎると後々動きづらくなっちゃうし。


 俺は顔をぱしんと叩き、着替えに使わせてもらっていた部屋を出て、武道場へと急ぎ足で向かう。

 緊張からか、少し胸の奥で鼓動が高鳴っている。どんな稽古が待っているんだろう。どれくらい辛いのだろうか。ミコト様はかなりキツイって言ってたけど・・・。


 でも、なんにせよどんな内容でも全力でぶつかるだけだ。その気合いで取り組めば、きっとなんとかなる。


 そこまで考えて、ふと顔を上げるといつのまにか武道場に着いていた。

 俺は取っ手を掴んでゆっくりと引き戸を開ける。中を見ると親父さんが既に道着を着た状態で立っていた。俺を待っていたようだ。


 もしかして待たせてしまっていたのかな?

 だとしたらまずいな。本来であれば教えを請う立場である俺がこの人より早く来なければいけないはずだから。


「待たせてしまってすみません」


「おお、来たか。別に構わない。私が早く来すぎただけだ。では、始めようか」


 親父さんは柔和な笑顔を俺に一瞬見せると、すぐに表情を引き締めた。少し、親父さんの雰囲気が変わったのがわかった。


 ––––––一体どんな稽古をつけてもらえるんだろうか?


 少し楽しみではあるけれど、でも不安の方が優っているのか、いつもより体が重い。あれ、覚悟は散々決めて来たはずなんだけどな。

 その不安を打ち消すために、俺は拳をぐっと握って前を向く。


「わかりました。じゃあ、よろしくお願いします」


 俺はぺこりと頭を下げて、背筋を伸ばす。


「よし、ではまずは君のを、改めて測る事にしよう。さぁ、全力でかかって来なさい」


 そして親父さんは、すっ、と構えをとる。その動作は静かで、悠然な雰囲気を感じさせた。


 ––––––今親父さんが言ってたって、何を意味しているんだろう?


 側から聞けば、どうってことのない、何にも疑問に思うことのない言葉なんだろうけど、

 先程の言葉が、妙に心に引っかかる。

 この稽古を通して、親父さんは俺の何を見ようとしてるんだ?

 今の俺の実力以外で、何か見たいものでもあるのだろうか。


 とにかく、ぶつかるしかないか。親父さんがかかってこいって言ってんだ。

 それに、ミコト様との修行の成果を見せるチャンスでもある。


「じゃあ・・・行きます!」


 俺はありったけの光の力を、武道場の床を蹴る。

 ふう、と息を吐き終わった時、俺は既に親父さんの懐に飛び込んでいた。


 よし、上手くいった!


 そう。この、一点に力を集中させることこそ––––––、ミコト様と一緒に修行していた内容だ。


 猫又と闘った時、俺が見せた光の力は、自分でも信じられないくらいだった。

 自分の培ったものを自覚して、培ったものに自信を持って戦いに臨んだら、そうなった。


 神力はその人の培ったものに大きく依存する、とミコト様は言っていた。

 その言葉と、俺の身に起こったこと、その二つのことから導き出せた事が一つ。


 –––––俺の力の本質は、速さである、ということだ。


 このことに気づいて、ミコト様に話した時、「気づくのが遅ぇ!」って言われてつつ満面の笑顔でめっちゃ乱暴に頭撫でられたのを俺は一生忘れないだろう。結構痛かったぞ。


 前置きが長くなってしまって申し訳ない。ここからが本題だ。


 俺の力の本質である速さ、これをより効率よく発揮する方法として、ミコト様が教えてくれたことが、力を一点に集約させることだ。


 今まで神力を使う際は、ただ全身に光を纏ってただけだったけど、

 ミコト様が言うには、力を凝縮して、一点に留めることで、全身に光を纏うよりも数倍速い速度が出せるのだとか。


 最初は物凄く大変だった。力を集約させて、留めるのって思ったより難しくて、何度となく力が暴発していろんなところに小さなクレーターを開けまくってたっけ。

 何度か手足が吹っ飛びかけたこともあったから、なんとか物にできるようになった今でも少し上手くいくか心配ではあったけど・・・ なんとか上手くはいったし、速度だってかなりのものだった筈だ。


 それなのにさぁ・・・。


 なんでいつの間にか距離が開いてんの⁉︎

 アレ? 懐にちゃんと飛び込んだよね? 飛び込んだと思ったら視界から消えてたんですけど?


「光、か。確かに中々のスピードだ。予想以上でもある。だが・・・私を捉えるには、まだ足りんかな。それに・・・」


 ウッソだろ? 自慢じゃないけどもトップスピードであれば、ミコト様にも引けを取らないはずなのに・・・。

 ってイカン! 弱気になっちゃダメだ! よし、もう一回!


「まだッ! 行きます!」


 俺は再び足に力を凝縮して、地面に向かって放つ。

 鋭く、乾いた音とともに、俺は親父さんに向かって跳躍する。


「はあっ!」


 そして大きな声で叫ぶとともに、拳に力を溜めて、一点に集中させた力を前に突き出した。

 でも、それも不発。拳は空しく空を切る。

 そして唐突に、後ろから肩をポン、と叩かれた。


「君の心には迷いがある。その迷いがあるうちは、いって半分くらいしか力は出せんよ」


 いつの間にか俺の背後を取っていた親父さんが、俺に諭すように言葉をかける。

 え?

 半分くらいしか力が出せていない?


「なんで・・・、そんな事が言えるんですか?」


「神力の源は、己が心。誰かを想う気持ちや自信といったプラスの感情に比例して、その力は高まっていく。故に迷いや不安など、マイナスの感情を抱くほど、本来の力が出せなくなるのさ。なぁ大麦よ。君には、迷っている事があるのだろう?」


 俺の、心の迷い。

 脳裏に浮かぶのは、ミコト様と、千歳さん。

 確かに、悩んでる。迷ってる。

 まさか、親父さんは全て見通しているのだろうか?

 俺が、二つの想いの狭間の中で、揺れていることを––––––。

 はは、敵わないなぁ。もとより敵うなんて毛ほども思っちゃいないけども。


「・・・はい。あります。俺は・・・」


 正直に心の内を明かそうと言葉を続けようとしたが、手で制される。


「言わんでもいいさ。なんとなくだがわかってはいる」


 わかって、いる?


「まさか、そんなとこまで–––––––⁉︎」


 驚愕。上手く隠してたつもりだったのに。

 一体、どうやって?


「私を誰だと思っているんだ? そうだな。少し場所を変えよう。付いて来い。今の君に、ぴったりの場所がある」


 親父さんはくるりと武道場の扉の方へ体を向け、歩き出す。


「これだけは覚えておけ。健全な力は、健全な心に宿る。その迷いが消えた時、君は更にレベルアップしているだろうさ」

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