第19話 妖の正体、現る

「よーし・・・あと少し、あと少し・・・」

 弥勒は神経を尖らせ、目の前のモノに集中していた。

 爪楊枝を使ってカリカリと慎重に、慎重に、まるで大切なものを取り扱うように、事を進めていく。

 これで5回目の挑戦・・・長かった。確かに最高難易度と唄うだけのことはある。弥勒の財布の中身的にもこれ以上失敗することは出来ない。

 なんとしても・・・なんとしても成功させねば。

 これを成功させれば、景品であるお菓子2週間分が手に入る‼︎

 ・・・側から見れば景品として4回もチャレンジする価値があるのかと問いたくなるだろう。

 だが然し、弥勒にとっては魅力的な景品だったのだ。

 他人には石ころにしか見えないものが、所有者当人にとってはダイヤモンドよりも価値あるものであるように−−−−古今東西お菓子マスターという半ば意味不明な称号を自称している弥勒にとっては、自身の威信にかけても、この景品は逃すことのできない代物だった。

 ゴールが近くなっていくにつれて、鼻息も荒くなっているように見える。

 弥勒が挑戦している「型抜き」においては、一瞬の指先の狂いが失敗に繋がりかねない。

 弥勒も、それはわかっている。だから今まで細心の注意を払って指先の震えを極限まで抑えていた。

 然し、ゴールを目前にした緊張からか–––––一瞬、指先がぶるりと震えてしまった。

 たかが一瞬、されど一瞬。

 暴発した力は本来向かってはいけない場所に向かい、ピシッという音と共に、龍を形どった型には無残にも大きな、それはたいそう大きなヒビが入ってしまった。

 弥勒の動きがぴたりと止まる。

 そして大きく息を吸い込んで––––––

「ニャーーーーー‼︎」

 その瞬間、弥勒の断末魔のような悲鳴が、神社中に轟いた。



「ねぇ千歳さん。そろそろ可哀想になって来たんだけど」

「うん・・・」

 千歳さんは今の弥勒を見て何も言えなくなってしまっている。そらそうだわ。

 あれから俺は妖の気配を探りつつ、全力でお祭りをエンジョイしている・・・ん、だけども、今はなんとも言えない雰囲気になってしまっている。

 弥勒が型抜きでなんと5連続失敗。なんかものっそい可哀想なんだけど。ただ今真っ白になっております。なんかサラサラ音してるぞ。

 あいつ・・・無茶しやがって。何円溶かしたよ? ホント菓子類のことになると目の色変えるよな。型抜き挑戦中のあいつの目、重度のギャンブラーみたいだったぞ。

 取り敢えずなんか後で買ってやろ。それで埋め合わせできるかどうかは分からんが。

 それにしても、一番気になるのがこの人だ。

「ん、んぐんぐ。おー! このたこ焼きうまっ! お、あっちには・・・しゅーくりーむ!?おい羅一! 次あそこだ!」

 はい、そうですミコト様です。めっちゃはしゃいでおります多分一番楽しんでます。

 ちゃんと妖探してんのか割と本気で疑問に思えてくるレベルで、だ。

 そんなミコト様を見ていた千歳さんが、ひょこりと俺の目の前に顔を出して、ヒソヒソと耳打ちをして来た。

「ねぇ、ミコト様、楽しそうだね。なんか可愛い」

「まぁこういう屋台自体寄ったことがないみたいだし納得はできるけど・・・」

 取り敢えず今の目的見失ってるわけじゃねーよなと言いたくなる。

 そんな俺の心の声が聞こえたのか、ミコト様は口にたこ焼きを突っ込んだままこちらを向いて。

『心配すんな。ちゃんと探してるよ。この神社にいることは間違いねー。ただ・・・この人混みの中だから少し見つけづらいだけだ』

 俺だけに聞こえるようにテレパシーで会話をしてくる。

 まぁちゃんと探してるならいいんだけどさ。

 確かにこの中じゃ少し見つけづらいかもな。

 加えて妖の気配があっちこっちちょろちょろと、しかも結構早いペースで動き回っているため、正確な場所がつかめずにいる。

 これは俺たちを撹乱しているのか? それともあっちも俺たちのことを探しているのか?

 思うところは山ほどあるけど、まぁなんでもいい。とにかく早く妖を見つけるだけだ。

「あ、そうそう大麦君。そろそろ弥勒君の所に行かないと。まだあっちで放心状態だし」

 千歳さんに言われてみると、確かに弥勒がまだ屋台の中でボーゼンとしていた。

 屋台の人から「大丈夫かい?」と言われている始末。おいおい人生の終わりみたいな顔してるぞ。

「おーい、弥勒。そろそろ行くぞ。すんません。今連れて行きますんで。マジですんません」

 俺は屋台のおっちゃんに平謝りしながら弥勒に外に出るよう促す。手間がかかるなもう。

「おい羅一! 早く!」

「あーもーはい。わかってますって」

 ミコト様にも急かされる。いや手伝ってくれって。無理なのはわかってるけど。

 とりあえず説得に骨が折れるだろうなと思いながら、俺は屋台から弥勒を引きずり出し、シュークリームが売っている屋台まで向かった。



「うめぇ‼︎」

 弥勒とミコト様の声がシンクロする。あれ?弥勒にはミコト様見えてないはずだよね?

 てか弥勒の奴、奢るっていったら急に元気になりやがって、現金な奴だよホント。

 さっきまで俺にズルズル引きずられてたのに、今じゃこんなにピンピンしている。

「うん、このしゅーくりーむもいいな! 小さいけどクリームがぎゅっとつまってて・・・最っ高だ!」

 そしてミコト様はご満悦の様子。うん、よかったなぁ。美味しいなら何よりだ。

 まぁ確かに、ここのシュークリーム他の屋台の食べ物よりも美味しいし、ミコト様が唸るのもわかる。

「うん。ミコト様って、女の子らしいところあるんだね。すごく親近感が湧くよ」

 そして千歳さんはそんなミコト様を見てニコニコ笑っている。かわいい。

 こうしてみんなで楽しく屋台を回っていると・・・本当にこの近くに妖がいるのか疑問に思ってしまう。

 でも、確かにその気配は、確かに悪寒となって常に俺を襲っている。

 多分ミコト様もそうだろう。それを千歳さんに悟られないように、あんなにはしゃいでいるのかもしれない。純粋に楽しんでるのもあるだろうけど。

 そろそろいい加減見つけないと––––––

 そんな焦りも心の底で感じ始めていた。

 そこに。

「あれ? げ、お兄ちゃん」

「んお、あ? 真衣⁉︎」

 我が憎っくき妹、真衣登場。すげぇタイミングで出て来たな。

「え、真衣のお兄さん!?」

「あ、うん」

 どうやら友達数人で屋台をまわっていたようだ。少し気まずそう。おいジト目で睨むな。俺も同じ気持ちだから。

「お、真衣ちゃんじゃーん。久しぶりー」

「あ、弥勒先輩。こんにちは! あ、いやこんばんは、か!」

 あの嫌そうな顔は何処へやら、爽やかな笑顔で弥勒に挨拶する。

 真衣と弥勒は一応面識がある。俺が家に連れて来たり、学校でも度々あったりしているからだ。

「ん、大麦君の妹さんか。初めまして、だね。千歳 一八です。いつもお兄さんにはお世話になってます」

 千歳さんはそう言ってぺこりと頭を下げた。

「あ、はい、よろしくお願いします・・・」

 真衣はぽかんとした表情をしている。そして俺の肩をガッと掴んで、

「お兄ちゃん。どんな手を使ったの⁉︎」

「おい、ひでぇ言い草だな。部活で知り合っただけだっつの」

「嘘だ」

「どんだけ信用できないんだよ」

 まぁ確かに中学時代の内気な俺を知ってる真衣からすれば、異性と友達なんて信じられないのだろう。

 でもそれにしても信じなさすぎやしないだろうか。家族にこんだけ言われるって結構グサリとくるぞ。

 こんな日常的な会話をしていたせいか、少し気が緩んでいた。

 刹那–––––––

 急速に妖気が強まった。

 徐々に、かなりの速度で、こちらに向かってくる。

『ッ!?ミコト様!』

『あぁ、マズイな、こっちに来る」

 みるとミコト様も、険しい表情をしている。

 おいおいマジか⁉︎ 出来れば敵の正確な場所を把握してから、適当な理由付けて俺とミコト様だけで妖の元へ向かいたかったのに・・・!

 しかも弥勒、千歳さん、真衣と集まってる中で・・・!

 本当なんつータイミングだ⁉︎

 妖気が近づくにつれて、心臓の波打つペースが徐々に速くなっていく。

 そして、真後ろまで来た。

 ほぼ反射的に、ぐるんと後ろを向いてしまう。

 そこには、

「にゃあ」

「は? ね、こ?」

 猫がいた。

 想像していたのとあまりにも違いすぎて、一瞬拍子抜けしてしまう。

 が、しかし、俺はある異変に気付いた。

 猫の尻尾が、二又にに分かれているのだ。

 聞いたことが、ある。

 猫は長く生きると、尻尾が二つに分かれて猫又ねこまたと言う妖怪になるという話を。

 そしてそこから更に生きると、特殊な能力を身につける、とも聞いたことがある。

 そして俺達の目の前には、その尻尾が二又に分かれた猫がいた。

 そして何より、その猫から感じる禍々しい妖気。

 間違いない。

 妖の正体は、この猫又だ。

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