第8話 怪しい気配。そしてその対象
「おっ。やっぱいい反応してくれんなぁ。顔に出てるぜ?」
ミコト様はそう言いながら、俺の机の上に膝を曲げて、かがんで座っている。
まず、なんで俺が通っている学校を知っているのか、については聞く必要はあまりない。
なぜってそりゃあ、この神様割となんでも知ってるし、本気を出せばそれこそ、俺が休日に自分の部屋でなにをしているかまで把握できる。プライバシーもへったれくそもあったものじゃないな。
そんな神様だから、俺がどこの学校に通っているか知っていても、あまり驚かない。それより問題なのは―――なんでミコト様がここにいるのかって話だ。
単にからかいに来たってわけじゃないと思う・・・いや、それもあるのだろうけども。隣の市だからな、ここ。からかうためだけに来るには遠すぎる。
なので、何かそれなりに理由があるのだろう。わざわざ隣の市にある俺の学校に顔を出すだけの理由が。
ガラッという音と共に教師の引き戸が開けられ、担任の先生が教室に入ってきた
「はーい、学活を始めます!ほら!席について!」
ホームルーム担当の女性の先生がクラスの人たちに席に着くよう促している。まるで異常なことなどなにもないかのように、ごく自然に、教室の時間が進む。
こうしてミコト様がいるのに(しかも机の上に乗っかってる。)誰も反応しないあたり、やっぱりほかの人には見えておらず、声も聞こえていないのだなと今更ながらに実感する。
ホント今更、だよな。わかってたはずだろうに。まぁ、それはそれでいいんだけど。
余談だけど、ミコト様がしゃがんでいる姿がどことなく色っぽい。膝に顎を載せて、少し首を傾けている姿。プラス快活で、かついじわるそうな笑い顔。一部の男子に需要ありそう。
どこにとは言わないけど。
話が脱線した。本題に戻ろう。
とにかく、誰もミコト様のことが見えていない中、いつも通りミコト様と会話するわけにはいかない。
―――今は無視するしかないか。すまん、と
心の中でそうミコト様に謝っておく。
「起立。」
日直が号令をかける声が聞こえた。
「気をつけ、礼、着席。」
少しけだるげそうな日直の声。
とりあえずミコト様のことは置いておいて、号令の通り背筋を伸ばし、一礼、そして、着席をする。
「んだよ、無視すんなってのー。全く、アタシは悲しいよ。そんな子に育っちまうなんて・・・。」
ミコト様の抗議する気が全く感じられない批判の声が聞こえる。
うん。うぜえ。特にウソ泣きがめちゃくちゃうざい。アンタそういうキャラじゃないだろ。ていうか絶対わかってるでしょ。俺が話さない理由。
なんでこうも人をおちょくってくるのだろうか。腹が立ったこともあり、とにかく無視を決め込む。
「まったく、じゃあ―――」
そしてミコト様は一呼吸置いて、
『これなら話しやすいか?』
突然脳内に直接語り掛けてきた。
突然のことでかなり驚く。飛びのきそうになる。だが、すんでのところで堪える。周りを見ると、特にこっちを見ている人はいない。よかった。特に怪しまれなかったみたいだ。
「あぁ、まだお前にはアタシがお前にテレパシーを使えるってこと、いってなかったな。悪い悪い、伝えそびれてたわ。でもこうすれば、おまえもあたしと話せんだろ?」
うん、言うの遅ぇ。危なかったわ。
ホントびっくりするからこのことはちゃんと伝えておいてもらいたかった。でも、確かにこれで周りの目を気にせず話すことができる。
『で、何の用ですかミコト様?本当はからかい目的で来たわけじゃないんでしょ?』
『お、わかってたか。なら話は早いな。』
まあそりゃね。
『お前があの雑木林から出た直後に気づいたことなんだけどな、ここ近辺に・・・いや、違うな。この学校の中に何か怪しい気配を感じたんだ。』
『その気配はヤバい類のものなのか?』
『まあな。うまく隠してるけど、相当黒い気配を感じる・・・。下手したら今暴れだしてもおかしくねぇぞ。』
遠くにいたミコト様でも感じることができるほど濃く、大きい気配。
そこまでヤバいのか。じゃあ、なんで俺は今まで気づけなかったのだろうか?自慢じゃないけど、ミコト様の眷属になってから、いろいろと妖とかその他諸々の類のものが見えるようになったのだ。
夕方から小鬼やら一つしか目がない坊主やらがちらほらと見えてくるようになり、ミコト様と仕事をする12時から3時ごろが一番うようよしている。
まあ一つ目お化けが草陰から突然出てきたり、靴がぴょんぴょん飛び跳ねている光景は慣れることのできるものではないが。
とにかくそんなこともあるのか、ここの所、近くにいるのであれば、そういった類の怪しい気配は感じることができるようになってきた。故に、すごく疑問だ。
『そんなに大きい気配なら、むしろミコト様よりその気配の近くにいる俺が察知できていいはずなんだけど。』
『・・・はぁ、さっきの話聞いてたか?うまく隠してるって言ってんだろ。おまえはまだ、まあ少しはマシになってきてるけど、まだまだ発展途上だからな。気づけなくても無理はねぇよ。』
ミコト様はじとっと目を細めてそう言ってくる。
・・・アナタなりに最大限気ぃ使ってくれてるのは分かった。少し棘があるけどさ。もう少しオブラートに・・・って無理か。ミコト様じゃ。
でもまだまだか。そんなに早く強くなれるわけないっていうのは分かってたけど、少し胸に来るものがある。悪い意味で。
『でも、珍しいな。今真昼間だぞ?ミコト様さ、確か初めて会った時、妖は夜が更けてから一番活動を活発にするって言ってなかったっけ。』
『それは妖単体で活動するときの話だ。今回の件はそう単純じゃねーんだよ。』
はい? 妖単体って?
上手く言葉の意味が理解できない。そんな俺の心境を悟ってか、ミコト様はふう、と息を吐いて、話を続ける。
『今回の妖は人間に乗り移ってる。妖は闇に住まう。故に、人の心の闇にも溶け込んで、憑くことができるんだよ。本人にすら気づかれねーようにな。』
ああ、そう言うことか。
要するにこの学校にいる人の誰かに取り付いてて、そして本人はそれに気づいてないってことか?
『そして意識を奪って、そいつの闇を増幅させ、憑りついた相手を思うがままに操ることができる。かなりヤベーんだよ、このタイプ。人を媒介にしてるから、うかつに手出しできねーし。これが原因で、過去に大事故が起こった例が全国にあるくらいなんだからな。』
ここまで聞いて、俺はその妖に対して少し嫌悪感を覚えた。まぁ、個人的な感想だけども。
だって他人に罪を着せる形で暴れてるんだから。しかも、誰の心にもある、心の隙間に、弱さに、入り込んで。正気に戻った時その人はものすごい罪悪感に襲われるだろうってのに。
そんなことさせるわけにはいかねぇな。止めないと。被害が出る前に。
『わかったよ。その妖を止めればいいんだな?で、そいつはどこら辺に居んの?』
『ああ。この教室。』
「はっ!?」
ここかよ!? もっと早くに言え! そして軽っ! おかげで変な声が出ちまったじゃねーか!
気づけばもう朝のホームルームは終わっており、みんな各自各々の時間をすごしていた。が、ほとんどのクラスの人(担任の先生含め)が教室にいる。そのおかげでクラスのみんなから一斉に注目を浴びる羽目になった。
「大麦君?どしたの。」
千歳さんが心配そうにこっちに近づき、顔を覗き込む。近い、かわいい、胸の大きさちょうどいい、じゃなくって!! 今それどころじゃない!
「い、いや別に?今日家の電気消し忘れたなーって。唐突に思い出しちゃってさ。」
「あ、なーんだ。でも、そんなに驚くなんて、大麦君、少し神経質な気もする。ま、よかった。大したことじゃなくって。」
そういって、面白そうにくすりと笑って、くるりと体の向きを変え、千歳さんは自分の席へとまた戻っていく。かわええ・・・ってだから違うって。
クラスのみんなもまた、俺から視線をそらし、教室にいつもの雰囲気が戻る。
・・・・・ふう。
あ・ぶ・ね・え。
どうなるかと思った。
いやぁなんだよ電気消し忘れたって苦し紛れすぎんだろ。アホか俺は。まぁごまかせてホントよかった。で、ミコト様はそんな俺を見て・・・
大笑いしてやがる。
おい。
『あっっははははっ! はぁっ、はあ・・・、ふうっ。やっぱ慌てた時のお前っておもしれえ。顔とか。』
笑いすぎな。
そんなに変な顔してるのかよ俺は。ったく、どんな時でも相変わらずか。いっそすがすがしいな。アナタ。
『うるせえそんなこと言ってる場合じゃないだろ。で?誰なんだ?その妖に憑かれてるやつ。クラスメートならなおさらほっとけないよ。』
『おっ。言うようになったじゃねーの。アタシとの修行で少しは自信が付いたか?』
まあそれもあるけど。
どちらにしても、もう後悔したくないってだけなんだよな。
『よし、冗談はこれくらいにして、今妖に憑かれてるやつは・・・』
俺は思わず、ごくりと唾をのむ。
このクラスの中にいるってことは、俺のクラスメイトってことだよな? 誰だ。伊藤か? 酒井か? それとも・・・、
様々なクラスメイトの名前が頭の中を猛スピードで通り過ぎる中、ミコト様の、口が開かれる。それは俺に、俺にとって、
一番信じられなくて、考えていなかった人の名前だった。
『あいつだよ。お前と今話してたやつ。千歳 一八っていうのか?』
一瞬、俺の息が詰まった。
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