第1章 王都編 第2話(2)
「ふぅ……大きな買い物もけっこう疲れるものですねぇ」
夕陽の差し込む詰所の玄関ホールには、両手に食料品や雑貨が満載の籠を提げ、さらに両腕で家事用の大きな魔道具を抱えるように持つ、華奢で小柄なミニスカートのメイドがちょこんと立っていた。
「あ、お嬢様~! エメリアちゃん、ただいまお買い物から戻りましたぁ」
ホールに出てきたクラウディア達を見つけると、ミニスカメイド――実働情報員にして事務班員のエメリアはにっこにこの笑顔で挨拶してきた。軽装ながら可愛らしくアレンジされたモノトーンのメイドドレスに身を包んだ小柄な身がぴょこぴょこと跳ね、ウェーブのかかったクリーム色のセミロングの髪が跳ねる動きに合わせてふわふわと揺れる。
「お帰り、エメリア。用は済んだか?」
「はいぃ。言われたとおり、今晩と明日の分の食材と、足りなくなってた筆記用紙と医療雑貨と、それから博士の所に調整に出してた
エメリアはそれらの荷物を抱えながらそう話している。大の男でも難儀するだろう大荷物を小柄な美少女メイドが抱えている様は、傍から見るとなかなか異様な光景だ。一体その細腕と華奢な体でどうやってそんなことができるのか、とクランツは疑問に思ってしまう時がある。
クランツのその疑問をよそに、クラウディアはエメリアに話を持ちかけようとしていた。
「いいところに帰ってきてくれた。話があるんだが、いいだろうか」
「エメリアちゃんにですかぁ? いいですよぉ。でもその前にお荷物を届けさせてくださぁい。いくらエメリアちゃんでも、このまんまじゃさすがに辛いですぅ」
「わかった。では物資の搬入が終わり次第、団長室の方に来てくれ」
「かしこまりましたぁ。あ、ルベールさぁん、搬入場所まで案内してくださぁい。このままだと前が見えなくて危ないのでぇ」
「え? でも、ここまで歩いてきて――」
「早くしてくださぁい。エメリアちゃん、もう限界近いですぅ~。このまんまじゃ荷物落っこちちゃいますよぉ。今日は卵も入ってるのにぃ。割っちゃったらオムレツ作れませんよぉ」
「…はぁ、わかったよ……」
エメリアのぶりっ子全開モードに押され、ルベールは案内役をやらされることになった。
詰所の奥に消えていった二人。だが、しばらくして――
「やぁん、ルベールさぁん♡ そんな、こんなところでだめですよぉ。こんなの見つかっちゃったら、エメリアちゃん、恥ずかしいですぅ」
「何もしてないじゃないか…ないことをこれ見よがしに聞こえるように言いふらすのはやめてくれ。誤解を招くだろ」
「うふふ、ルベールさんったら照れちゃってカワイイ♡ そんなに知られたくないなら、あとで二人でこっそり落ち合いましょ? ふたりきりの、ジ・カ・ン♡ うふふ」
「はぁ…君の手癖の悪さには本当に参るな」
と、ボイスオンリーであるために事実確認の不可能な睦言が聞こえてくる。それをクランツ達は元より、その声を聞いていた詰所内の人間誰もが「また始まった……」と思い、悪戯好きな小悪魔に捕まってしまったルベールの不運を思いやった。
「そうだったんですかぁ。セフィラスさん、おかわいそうに……」
荷物を搬入し終わり、団長室に戻ってきてクラウディア達に事件の概要を聞いたエメリアは、開口一番心底落胆したような声でそう口にした。どこかふわふわ漂うような口調に真剣みを感じられなかったのか、セリナが詰め寄るように口を出す。
「あんた、本気でそう思ってる?」
「思ってますよぉ。失礼なセリナさん。セフィラスさんはお優しい方でしたし、お店の品揃えも優秀でしたし……あーあ、明日からどこで魔道具を買いましょう……」
「あんたねえ……」
セフィラス婆さんへの思い入れというより、実際的な損害の方に関心が移っていたエメリアの口調に業を煮やしかけたセリナだったが、すぐに頭を冷やした。彼女のこのふわふわした調子はいつものことだ。
改めて、クラウディアはエメリアに用件を告げる。
「ついては、今回の件における先行調査を頼みたい。犯人達の情報収集とその潜伏場所の特定だ。いけるか?」
そう言って、ルベールの用意した犯人の似顔絵を見せる。彼は器用で、絵も上手い。
エメリアは、まったくぶれることのない、いつものおどけた調子で答えた。
「もっちろんですよぉ。エメリアちゃんに捕まえられないネズミなんていないんですからあ。任務の遂行期限はどのくらいがいいですかぁ?」
「期限は特に設けないが、なるべく早めに特定してくれると助かる。次の犯行が行われるのを防ぐ意味でも」
「かしこまりましたぁ。それでは、エメリアちゃん、出発の支度をしてきますねぇ」
エメリアはそう言うなりそそくさと席を立ち行ってしまった。ふざけた態度のくせして仕事は早く、正確で、確実なのである。実はできる女――だからといって普段はというとあの小悪魔ぶりのせいで扱いは難しいのだが。そのあたりが食えないところだ、と自警団の先輩メンバーたちは時折口にしている。
控室で装備を整えながら、エメリアの思考は完全に仕事モード――狩人のそれに切り替わっていた。
「それでは、エメリアちゃん、行ってまいりますねぇ」
陽が沈むころになって、情報を仕入れ支度を整えたエメリアはそう言って颯爽と夜の王都へ駆けていった。最後に振り向いてこちらを見たその瞳は闇夜に光る猫の目のようで、野性的なその目の力にクランツは背筋がゾクリと震えるのを感じた。
エメリアの出発を見送った後、クラウディアは夜の集会で改めて今回の事件のことを団員達に話した。町の人気者であったセフィラスの突然の死の知らせにどよめいた者も少なくなかった。
捜査方針としては、目的は今回の事件の犯人あるいはそのグループの特定と拘束、及び動機と背後関係の調査。現在エメリアが証拠資料を元に犯人達の正体について探りを入れているので、彼女からの報告で犯人とその潜伏先の特定が済み次第、こちらから出撃して制圧する。それまでは第二件が発生しないように各自町の警備の強化に努めてほしい。なお、敵は危険な魔導武器を有しているため、戦闘になった際は十二分に気を付けること――ということが説明された。いずれにせよ、エメリアの帰還を待つ間、その日の捜査は一旦区切られることになった。
その日の詰所の夕食の卓は、いつもとは違う種類のざわめきで満たされていた。楽しげな雰囲気はほとんどなく、かといって沈鬱に沈むでもなく、各々の話し声ががやがやと賑わいだけは作っている。セフィラス婆さんとの想い出を語る者、犯人の正体とその動機や動向、背後関係を話し合う者、非道な所業に憤ってグラスをテーブルに叩きつける者……
クランツはいつものようにセリナとルベールと食事を共にしていたが、心の内は晴れなかった。肉親であったセフィラスを喪った今回の事件のショックもそうだが、今日の事件に関わる一連の中で、自分はほとんど何も活躍できていなかったのではないか……そんな思いが彼の胸を重くしていた。敵の真っただ中に飛び込んで先陣を切った勇敢なセリナ、総合的な判断で捜査の進行をサポートした頭の切れるルベール、スウェインを治療し自分の職務的見地から重要な指摘を与えたサリュー、そして誠意と決意を込めて捜査を導くクラウディア、ついでに言えば捜査進行のキーマンとなっている斥候役のエメリア……目覚ましい活躍を見せていた彼らに対し、自分は何もできていない、そんな、言ってしまえば劣等感と嫉妬心に苛まれていた。
先に部屋に引き上げる、と二人に言い置いて、クランツは夕食の席を立った。あの賑わいの中にいるのは気疲れした。
王都自警団の詰所には団員の下宿棟も併設されており、二人部屋が二十部屋用意されている。クランツはルベールとの自室に戻るとシャツの襟元を緩め、ベッドの上に登り、窓を開けた。涼しい夜風がぴゅうと部屋に入り込んで、クランツの顔に吹き付ける。その冷たさをクランツは吸い込んで、頭も胸も体も少し冷まされたように感じた。
「ばあちゃん……」
吹き込んでくる冷たい夜風を浴びながら、クランツは天に昇ってしまった唯一の肉親を想って、空を見上げた。
窓の外には綺麗な紺青色の夜空が広がっている。小さい頃からずっと見ている空。クランツは何かに疲れた時いつもするように、広がる空に心を投げた。空の広さに自分が溶け込むと、自分の全てがちっぽけなように思えて、それで不思議とほっとする感覚を覚える。本当はちっぽけなままではいけないのだが、せめて悩みの渦巻く現実に戻る前にと、クランツはささやかな心の休息を味わっていた。
この広い空と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に、自分にとって大きな存在。いつしかクランツは、空に
コン、コン。
そんな忘我に入りかけていたクランツは、部屋の扉をノックする音で正気に戻された。
「クランツ、いるか?」
扉の向こうから聞こえる、女性の声。
クランツはその声を聞いた途端、全身を硬直させた。
今の声は。聴き間違えようもない。もう何度も耳に入れてきたあの声だ。だがなぜ今ここに。
「私だ。……入っても、いいか?」
彼女の、なぜか少しためらうような声。その声色が、クランツをますます混乱させた。
まずい。今ここにはルベールもセリナもいない。今入ってこられたら、今度こそ本当に二人きり――嬉しい。うれしすぎるけど、どうすればいいんだ。
「クランツ?」
「あ、は、はい、どうぞ」
熱暴走しそうな頭は、その後に続いたクラウディアの探るような声に反射的に反応していた。
言ってから、しまった、と思った。シチュエーション的には願ったり叶ったりだったのだが。
「失礼する」
木の扉がキィと音を立ててそっと開けられた。
そこに立っていたのは、間違えようもない、クラウディア・ローナライトその人だった。クラウディアはクランツを見てなぜか数秒ほど硬直し、
「突然すまない。夕食の席にいなかったものだから」
クラウディアは咳ばらいをし、開口一番、そう切り出した。それが自分の緩めた服から覗く胸元によるものだと気付くと、クランツは慌てて緩めていたシャツの襟元を正した。
クランツの頭は、いや頭だけでなく体も心臓もいろんなところも熱く脈打っていた。突然の事態、憧れの女性、自室への来訪、しかも二人きり。彼が熱くならないはずはなかった。
「あ……い、いえ……ど、どうしたんですか、急に……僕に何か、用でも?」
どもりながら無意識に口から出た言葉は、捉えようによってはえらく失礼な聞こえ方をするものだった。クランツは言ってから猛烈に自分を責めかけた。
だが、クラウディアの方はそれを気に掛けることはなく、言葉を続けた。
「ああ……君に、話があってな」
真っ直ぐこちらを見つめてそう言うクラウディア。
その時クランツは、かつてないほど強く心臓が跳ねたのを感じた。
「な、な、な、何でしょう」
濶舌が怪しくなりながらも、クランツは何とか話を進めようとする。クラウディアはクランツのそんな様子を認めて、口を開いた。結局、彼女はクランツの異常な狼狽の正体に感づくことはなかった。
「君の新人研修も、そろそろ終わりだと思ってな」
「はい? ……あ、ああ」
切り出されたのは、先程までの胸高鳴る展開から離れた、実際的な話だった。クランツはがくりと落胆した。その様子は心中のものだったため、彼女には気づかれなかった。
だが、彼女のその話は、結果的にクランツをかつてないほど高揚させることになった。
「一年前の入団からずっと君を見ていたが、君は実直で仕事もまめだし、何より意欲がある。その積極性は、今後の成長に大きく役立ってくれるだろう。君の意志があれば、私としては君を王都支部の正式な団員として迎え入れるつもりだ」
「……‼ ありがとうございます‼」
告げられた言葉にクランツは息を呑み、次の瞬間には全力で頭を下げていた。ついに、正式な団員としてここにいることができる。それはまぎれもなく、クラウディアに一歩近づいたということだった。
クラウディアはその様子に微笑を浮かべ、言葉を続けた。
「ついては、適性審査の意味も兼ねて、君の修了任務を行いたい」
「適性審査?」
「うちの正式団員には、専用の魔道具が与えられることは知っているな?」
クラウディアは、クランツに問いかけた。クランツは一瞬だけ頭を回転させて答える。
「は、はい。ルベールの持ってる銃とか、セリナの靴とかのことですよね」
「そうだ。それらの専用魔道具は、各個人の役割や能力を最大限に発揮し活かせるようにする意図がある。そのためには、その個人がどのような能力や道具への適性があるのかを確認する必要があるのだ」
クラウディアのその話を受け、クランツは左手首に着けていた魔導金属製の腕輪に目をやる。
一年前の入団時に、クランツはまさに今クラウディアからされたのと同じ説明を受けると共に、「計測装置」であるその腕輪を渡された。一年間という研修期間にはそういう意味があったということを久々に思い出すと共に、ついに自分も試される時が来たのだということをクランツはようやく自覚する。
「新人研修期間は、仕事の基礎を覚えてもらう期間であると同時に、そうした適性を観察する期間でもあった。その最後の仕上げとして、実地における適性審査を行いたい」
「実地……?」
「そう。つまり、実際の任務における能力の判断、それが修了任務だ」
クラウディアはきっぱりと言った。
「これから、ある任務に正式団員と同じ役割で参加してもらい、その際の行動を見せてもらう。それによって、君の今後の扱いと、専用魔道具の性質を判断する、というわけだ」
「あ、扱い……?」
クラウディアの言葉のその部分にクランツは引っかかった。
「そ、それって、今度のその任務で僕がへまをしたら、入団を取り消されたりとか、皆から役立たずと思われるとか、そういうこと、ですか……?」
クラウディアはその言葉を聞くと、すまなさそうにふっと表情を和らげた。
「言い方が悪かったな。扱いというのは、あくまで自警団の中での位置取りのような意味だ。どのような能力があり、どのような道具や役割に適性があるのかを見るだけだ。その結果は今後君にどのような仕事を割り振るかなどの際に参考にさせてもらうが、さっきも言ったように、君にはうちの仕事に対する意欲や強い意識があることを私達はちゃんと認めている。多少失敗しても、それだけで入団を取り消したりはしないから、安心しなさい」
「は、はい……」
クランツはそれを聴いてほっと胸を撫で下ろした。ようやく近づいてきた千載一遇のチャンスがオシャカになるのではと本気で心配した。
「もっとも、適性審査とはいえ、取り掛かるのは正式な任務だ。町の人々の安全を守る自警団の人間として、完遂に万全を目指してほしい」
「はい! 頑張ります!」
クラウディアの言葉に、クランツはビッと姿勢を正して答えた。彼女に認められるチャンス、これは正念場だと彼ははっきり認識した。背筋も伸びようというものだった。
その裏で、彼の中にはひとつの疑問が浮かんでいた。クラウディアに訊いてみる。
「あ、あの、団長。それで、その適性審査……自分が担当することになる修了任務って、もう決まってるんですか?」
「ああ。今はそこまで伝えに来たんだ」
クラウディアは凛とした声で、彼に宣告する。
「君の適性審査のための任務、それは、今回の道具屋襲撃に関する捜査だ」
「? それって……」
「ああ。先程まで話していた、今回のセフィラスさんの道具屋襲撃に関する任務だ。君は初期捜査にも関わっていたしな」
クラウディアの言葉がクランツの頭に浸透したとき、彼は思わず声を上げていた。
「え……ええっ? 重要な任務じゃないですか!」
「ああ。だが、実地任務の体験としては十分な条件だ。うちがどのような場所なのかを体感するにはもってこいといえる。君の意気込みを測るにもちょうどいい。何より君にも因縁があるだろう。相応な依頼だと思うがな」
「ちょうどよくないです! 僕なんかには、っ…………」
条件反射的に逃げに入ろうとしていたクランツははたと我に返り、冷静に判断する。
確かに、これはチャンスだ。難しい任務であることは確かだけど、うまくやれれば彼女の僕に対する評価も上がるかもしれない。彼女に認めてもらう絶好の機会。
それに――セフィラスばあちゃんを奪った上に、
クランツは頭を冷やすと、自分の弱気を恥じ、次いで決意を新たにした。
「いえ……わかりました。ぜひやらせてください。全力で頑張ります!」
心を弱気から強気に切り替えてクランツは言った。その様子をクラウディアは彼の成長と意志の表れと見て、顔を綻ばせた。
「ああ。期待しているよ。では、君に先にこれを渡しておこう」
そして、その手に持っていた透明な金属製の鍵のようなものをクランツに差し出した。
「これは、その腕輪の計測記録を記憶させる
「は、はい!」
クランツは勢い込んでクラウディアから差し出されたその鍵型魔道具を受け取ったが、
「で、でも、これ……嵌まらないです……」
「その腕輪は君の手首にぴったり合うようにできているからな。そのままでは入らなくて当然だ」
「じ、じゃあどうすれば」
「腕輪の繋ぎ目の中にその鍵を嵌められる隙間がある。最初の時のように腕輪を手に取って、二つに割れるように念じてみなさい」
「えっ……は、はい」
クランツは言われた通りに腕輪を包み込むように持ち、二つに割れるように意思を込めた。すると、かちゃり、という鍵が外れるような音と共に、白い金属の腕輪はパズルのように広がり、脱着できるようになった。
久々に左手首が空気に触れる感覚を新鮮に感じながら、クランツは最初にそれを嵌めた時には気付かなかった、ちょうど鍵穴のような小さな隙間を見つけた。
「それなら手首に合わせられるだろう。鍵を嵌めたら、手首に通したところで、また一つになるように念じてみなさい」
クラウディアはクスリと微笑みながらクランツを促す。クランツは言われた通りに鍵をその隙間に嵌めると、割れた腕輪に手首を通し、思念を送った。
(えっと……一つになれ!)
その思念が手を通じて腕輪に伝わった途端、腕輪が一瞬白く光って元の形に戻り、クランツの手首にぴったりと嵌った。何度見ても不可思議な仕組みに目を丸くするクランツに、クラウディアは改めて説明する。
「測定機能の他に、形状記憶の魔法も読み込ませてある。
クラウディアの声を聞きながら、クランツは手首にぴったりと密着する金属製の腕輪のひんやりとした感触に、心が静かに引き締められるように感じていた。自分の今後への適性を測る役目を果たすこの腕輪が、今さらながら試練に臨む証のように思えていた。
「君は確か実働班を希望していたな。実地任務の経験は君の進路を測る上で有用な参考になるだろう。君の働き、存分に見せてもらおう。明日からよろしく頼むぞ」
「はい! よろしくお願いします!」
クランツははっきりと返事をする。クラウディアはそれを聞いて満足そうに笑み、
「任務の詳細は明日追って話す。今日は体を休めておきなさい」
ではな、と身を翻して部屋を出ようとするクラウディアを、
「団長!」
クランツは呼び止めた。クラウディアがもう一度振り返る。
「何だ、クランツ」
燃えるような光を湛える炎玉の瞳。胸を焦がすようなその瞳を見つめ、秘めた想いを込めてクランツは口にした。
「その……今度の任務で僕が活躍したら、僕のこと、認めてくれますか?」
それは、彼にとっては一世一代の決意の言葉に等しかった。
クラウディアはその意気に少し目を見開いた後、ふっと笑って言った。
「ああ。もちろんだ。成功の暁には、君を正式な団員として認めよう。頑張りなさい。ではな」
そう言葉を残すと、クラウディアは今度こそ颯爽と身を翻し、部屋を出て行った。
後に残されたクランツは、胸の中に熱い想いが渦巻くのを感じていた。
「団員として」――その言葉には、やはり彼がまだ彼女のなかで「男として」意識されていないことを示していた。未だに彼女の意識の外にいることに、悔しさを感じる。
だが、今回の一件は、自分を示し、彼女に認められるチャンスかもしれない。たとえほんの一歩でも彼女に向かって前進する可能性があるのなら、頑張れないわけがあろうか。
(ばあちゃん……見てて。おれ、頑張るよ)
クランツは一人、自分を奮い立たせるように強く拳を握り締めていた。
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