第10話 悪役令嬢の私(妹)ですが、兄にはやはり敵わないみたい……。
『私にも領地改革を手伝わせて下さい!!!!』
——私も領民に安心して暮らせる領地にしたい!
——兄に負けないような力を私も!
そう思いお煎餅作りを始め早二年。
私達はあれからすぐに家の一室を作業部屋にし『種麹』を作ることに取り掛かった。
種麹とは麹を製造する際に、麹菌を供給する目的で蒸米などに加えるものだ。種麹を作ることに約四ヶ月かかり、それから種麹からとれた麹菌を元にして醤油を仕込み熟成させ、一年以上が経過していた。
はっきり言ってこの二年間はとても骨が折れる作業の連続だった…………。
特に麹菌ができてからは塩麹や米麹、麦麹なども開発も並行して行っていた。
味噌はつい先日完成し、今は塩麹の研究をしていた。
「マリー少し休憩いたしましょう」
私は手を止めるとマリーに休憩を取るように命じた。
マリーの怪我は今ではすっかり良くなっていた。
「かしこまりました!ただいまお茶のご用意をいたしますので、お待ちください!」
マリーはそういうと手際良く準備を始めた。部屋の奥にある棚の扉を開けお茶セットを取り出し、その後に上から二番目の引き出しを開け、木の箱を持ち今私が腰を掛けている椅子の前の机にそれを置いた。
「それではいただきましょう!
マリーも早く席について!」
本来であれば使用人と私は同じ場で食事をすることはないのだか、この部屋にいるのは私とマリーだけなので、無理を言って一緒にお茶を楽しんでいた。
最初は渋々といった感じではあったが、今ではお茶の時間を心待ちにしているマリーの姿があった。
「リリ様、やはりこのお煎餅というものはとても美味しいですね!
塩もいいですが、味噌味というのもいいですね…………」
マリーはお煎餅を頬張りながら私に言葉を投げかける。
「マリー、私のことはリリちゃんと呼んでと言っていますのに…………」
「こうしてお茶をご一緒させていただいているのも厚かましいのに…………。
使用人が主人を易々とちゃん付けて呼ぶなど恐れ多いです!!」
「二人の時だけなら少しくらいいいではないですか…………」
私はボソッと言葉を吐き捨てた。
「あっ、こちらもなかなか——少し固めですが、顎が鍛えられそうですね!!!!」
「顎を鍛えてどうするのですか…………」
「顎はいざという時の為です!!」
「顎をいざという時に使うなんてことがあるのかしら…………。
はあ〜。あの時の可愛いマリーはどこへいってしまったの…………」
最初は慣れないことも多く、失敗をしては何度も練習し一生懸命頑張っていた。健気に仕事に向き合うマリーが可愛くてついつい甘やかしていたのだが、仕事にも慣れ、家の使用人からも一目置かれるようになってからは、随分とたくましく育っていた…………。近頃は甘やかそうとしてもかわされる事が多くなるばかり…………。
「私はいつでも、リリ様のお側におりますよ!!」
そういう意味ではなかったのだけれど…………
まっすぐなマリーの瞳に私が映っていた。
「うっ、あ、ありがとう」
——マリーってば、もうっ!! あぁ…………甘やかしたい…………。
「ところでリリ様!!お醤油を熟成させてから一年以上経っておりますが、いつ完成するのですか?」
マリーがそわそわしながら私に問いかけてきた。
「そうねー。ほんとはもう少し熟成させたいんだけど、一つくらい味見をしてみましょう」
「本当ですか!? 塩味や味噌味も美味しいのにエリック様をも虜にする醤油味とは一体…………ゴクリ」
マリーには、昔どこかで食べたお醤油を忘れられないということにして兄と口裏を合わせていた。
——嘘は言ってませんわ! 昔(前世で)は食べてましたし!
私は棚からきれいな布を取り出し、木でできた箱の中から熟成させた大豆を布の上に広げ大豆を包むようにして持ち、容器の上で硬く絞る。
艶がある濃い紫色の液体が容器に注がれていった。
「マリー…………ついに、完成したわ!!」
私は少量を小皿にとり、口に少量を含むと歓喜した。
「これよ!! これこそお醤油よー!!マリーも少し舐めてみて?」
興奮気味にマリーを呼び、醤油の余韻に浸りながらマリーにも勧める。
マリーはお醤油が入った容器を除くとみるみる真っ青になった。
「色が黒いです!! まさか毒!?
リリ様大丈夫ですか!? お気を確かに!!
ああ…………私が毒味をしていれば…………誰かー!!!!」
マリーは余韻に浸っていた私を見て具合を悪くしたと思い込み、他の使用人を呼ぼうとする。
「大丈夫!! 大丈夫よ!!
お醤油はこういう色なんですの!! 毒は入っておりません!!」
——少しは余韻に浸らせてマリー…………。
◇◇◇◇◇◇◇◇
とある日の昼下がり。
あれから数日、兄を通して箱に小分けにして詰めたお煎餅を販売していた。
「エリック兄様!!お煎餅の利益がなんだかすごいことになっているみたいです…………」
私は売り上げの書いてある用紙を両手に持ち、数字を凝視しながら兄に口を開く。
「それはそうだろう!お煎餅はなくてはならない存在なのだからなっ」
兄はさも当然のように述べる。
「皆をエリック兄様の基準で考えるのはお辞めください…………
「いや、そうでもないぞ!あそこにもいるではないか」
兄は作業部屋でちょこんと椅子に座り、両手でお煎餅を持ち大きな口を開けている人物を指差しそう言った。
彼女は醤油煎餅をいたく気に入ったらしい…………。
「マリー…………。
いえ、マリーとエリック兄様は別です!」
「最近、私の扱いが雑ではないか?」
「いたって普通ですわ。
さてさて、お煎餅の利益何に使いましょう〜。
やはりここは13歳未満の労働と怪我人の労働の撤廃を!!!」
私は兄の言葉を華麗に流すと、拳に力を入れ、天に向かってつき上げ宣言した。
「リリが心配しなくてもその件ならとうの昔に解決しているぞ」
と、いつの間にかお煎餅をもぐもぐと食べながら、兄が口を挟んできた。
「え?どういうことですかエリック兄様!?」
兄は説明をしようとお煎餅を一気に口に放り込む。
「ゴクリ…………。
だから、今は13歳未満は読み書きやちょっとした計算ができるように学校に通うことになっているし、危険な仕事にはそれなりの手当てがついていて怪我をした際も保障する制度を作ってある。農業や鉱業や商業が盛んになってきて利益も出ているし、領民の生活水準も二年前とはかなり変わっているんだぞ?リリは知らないと思うけど…………」
——そんなの、聞いていませんわ…………。
私はこの二年ほとんど外に出ずに食品の開発に勤しんできた。それは早く結果を出して、食品を売ったお金で様々な施設を作り領のみんなの生活を少しでも良くしようと思っていたからだ。
そしてあわよくば、
——可愛い女の子に尊敬されたい!ちやほやされたい!と少なからず思っていた…………。
「そんな…………、私の夢のハーレム生活が…………」
私は夢を兄によって壊され、崩れ落ちるように座り込んだ。
「エリック兄様…………お一人でそこまで…………?」
「一人じゃ無理だぞ…………領民みんなで力を合わせたからだ!
みんなが頑張ったからこんなに早く発展できたんだ!
リリも協力してくれてありがとう」
兄様は爽やかな笑顔で言った。
——負けた。
というより全然敵わない。
——むしろハーレムなんて言っていた数秒前の私を殴りたい…………
——一人で対抗意識を燃やして…………恥ずかしい…………
やっぱりすごいよ…………お兄ちゃん…………。
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