第十二曲 つまらない

(一)

 おまえはつまらない生き方をしてるな。そう言われたら、すぐさま頷く。その通りだよって。確かに、自分でもつまらないなと思うもの。もうちょっとましな生き方があるんだろうし、そっちの方がいいこともよくわかる。


 だけど、そのましな生き方にするためには、ましにするのなんかめんどくさいと思ってしまうほどの奇妙な努力が求められるんだ。学ぶことも、働くことも、人に合わせることも。何もかも努力っていう言葉の中に窮屈に押し込められて、僕の目の前にででんと積まれる。これを背負って死ぬまで歩けってね。

 冗談じゃない。そんな荷物を背負わされるのなんかまっぴらごめんだ。喜んで背負いたいって言うマゾがいっぱいいるんだから、そいつらが背負えばいいじゃないか。


 僕は楽をして生きたいんだ。背負いたくないものを背負わなくても、ふらふらと流されるように生きられればそれでいいんだ。流されたところにとどまって、そこにあるものをちょこちょこついばんで、居ずらくなったらまた他のところに流れる。そういう生き方でいい。

 それじゃあ僕の自由にできるものは何一つもらえないから、僕の生き方はずーっとつまらないままだ。だけど、重苦しい生き方とつまらない生き方とどっちがまし? 僕はつまらない方がずーっとましだと思うんだよ。だから、ふらふら生きてる。つまらないままで。


 勉強したいと思ったことなんか生まれてこの方一度もないから、僕は筋金入りのバカだ。バカが働かなくてもいいっていう国があったら、間違いなく王様になれると思う。でも働かない限り、僕が食べられるものはなに一つ当たらない。仕方ないから、バカでもできる仕事をいやいややってる。もちろん、バカでやる気のない僕ができる仕事はうんと限られる。そして、僕ができる仕事にまともなやつなんか一つもない。

 僕はちんぴらに使われていて、ちんぴら以下の仕事をさせられてるんだ。それしかできることがないからね。


◇ ◇ ◇


 その日も僕は、つまらないことをつまらなそうにこなしてた。ちんぴらたちが泥棒に入った家で、裏口の見張りをしてたんだ。人の役に立つことをするのはすっごく大変だから、こんなしょうもないことばかりやってる。でも悪いことを本気でやろうっていうのは、僕にはとてもしんどい。度胸も腕力も根性もまるっきりないからね。その上どうしようもないバカだし。せいぜいこんな風に見張りするくらいがいいとこ。


 早く終わんないかなあと思いながらぼけっと突っ立っていたら、家の中で何かがばんばん弾けるような音がして、急に騒がしくなった。誰もいないと思い込んでいたのに、住人がいたんだろう。面倒なことになるからさっさと逃げなきゃと思ったら。いきなりドアがばんと開いて。ものすごくごっついおっさんが、ものすごくごっつい銃を持って飛び出してきた。おっさんは何も言わなかった。いきなりその銃を僕に向けてぶっ放したんだ。


 どん!


 背中が焼けるように熱くなって。僕は、つまらないなと思いながら意識を失った。


◇ ◇ ◇


 つまらないなと思いながら生きていて、つまらないなと思いながら死ぬ。でも、それはきっと僕だけじゃない。あの時盗みに入った連中は全員そうだったと思う。

 僕やそいつらがみんな同じってわけじゃない。誰かはまあまあマシで、誰かはとびきりあくどくかったんだろう。でも、銃を持ったおっさんにとってはみんな同じだ。そろって箸にも棒にもかからないろくでなしで、そんなのをわざわざ生かしておく意味はない。つまらない連中は残らずぶっ殺してやる。きっと、そう思ったんじゃないかな。

 そうだね。つまらない僕らは虫けらと同じだ。だから虫けらのように撃たれてしまったんだ。


 だけど。僕は虫けらと変わらないから、反省もしなかったし高望みもしなかった。ただ退屈だなと思いながら、まるで映画のワンシーンのように撃たれた瞬間だけを繰り返し巻き戻して脳裏に映し出していた。つまらない日常と違うのは、そこだけだったから。

 まるで泥の中に浸けられているような鈍い不自由感。僕はその中に居る。何もできないし、何もしたくない。でもつまらないなと思っている間に、僕はゆるゆると再構築されていたんだ。


 視界が少しずつ鮮明になってきて、汚れた窓ガラス越しみたいな光が差し込んで来た。もしかして、ここは病院? 中途半端に生き返らせるのはやめてほしいな。どうせ、またつまらない生き方の繰り返しになるだけだよ。

 うんざりしていた僕の気分を置き去りにして、体が窓ガラスに押し付けられ、どんどん窮屈になっていく。僕は何も食べてないのに太ってる? やだなあ。


 僕の意識とは裏腹に膨れ上がって行く体は、とうとう窓ガラスを突き破って僕を外に放り出した。あーあ、もっとだらだら過ごしたかったのになあ……。体が重い。全身が濡れそぼっていて、自由に動けない。僕は、しばらくじっとしていなければならないんだろう。

 体の湿りが乾いた大気にすっかり持ち去られるまでの間。僕はずっと冷たいオレンジジュースのことを考えていた。氷をぷかぷか浮かべた搾りたてのオレンジジュースが飲みたいなって。


 何もかもがつまらないから、そのことばかり考えていた。

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