第八曲 はしごを足す

(一)

 ジャスティン・ラドクリフって人がぼくの町にやってきたのは、五年前。ぼくがまだ三年生の時だった。その頃町はどんどんさびれてきてて、大人はみんなぶつくさ言ってた。おもしろいことなんか何もないって。


 みんな町を出て行くばっかで、空っぽの家だけがあちこちにぽけっと残されてて。ぼくの家の周りも、いつの間にか『空き家』の看板だらけになった。

 ぼくのおばさん、ベスおばさんがやってる町でたった一軒の不動産屋さんは、売り物件ばっかりで商売にならないって困ってた。どんなに二束三文の値段でも買い手がつかないから、このままならあたしゃ夜逃げだって。最初のうち笑って言ってたベスおばさんは、いつの間にか笑わなくなった。


 ぼくんちだってそう。お父さんは町役場に勤めてるけど、近いうちに町役場の仕事がなくなるって、暗い顔してた。ママにはさっさと逃げられちゃってたし。

 ぼくだってつまんなかったよ。友だちは町から出て行くばかりで、どんどん減ってく。学校にいるのがぼく一人になったらどうしよう。そしたらパパが寂しそうに笑った。


「生徒がいなくなるより、学校がなくなる方が早いよ」


 ええー? じゃあ、ぼくはどうしたらいいの?


 みんなが困ってて、寂しがってて、でもどうしようもなかったんだ。ジャスがこの町に来るまでは。


 ジャスが来た時のことを、ぼくははっきり覚えてる。だって。ベスおばさんがすっごいうれしそうな顔でうちに駆け込んできたんだもん。


「ニール! ニール、いるかい?」

「なあに、ベスおばさん」

「ひっさしぶりに家が売れた! あたしゃうれしいよ」


 ベスおばさんは、よっぽどうれしかったんだと思う。すぐうちを駆け出していって、知り合いみんなにそのニュースをしゃべりまくったんだ。

 こんなさびれた町に興味を示すやつなんているのか? 住みたいなんて思うやつが本当にいるのか? 町の人たちはみんな、半分あきれ顔だったと思う。ぼくは単純にうれしかったけど。

 そして、ジャスが買った家はうちからそんなに離れていなかった。パパが車を出さなくてもぼくの足でなんとかたどりつけるところ。ベスおばさんが扱ってた売り家の中で、一番古くておんぼろの家だった。

 ベスおばさんは、最初ただでいいよって言ったみたい。あたしが払う税金が減るから、住んでくれればそれだけでいいって。でも、ジャスはちゃんとお金を払ったらしい。ベスおばさんが大喜びしたのがよくわかった。


 最初ジャスを見た時、おじいさんかなと思ったんだ。背が低くて、顔はひげもじゃで、目が細くて、髪の毛が薄い。でも、パパは違うよって言った。


「パパより若い。三十前半だってさ」


 そんなに若いなんて、全然思えなかった。


「そのジャスっていう人、何やってる人なの」


 ぼくがそう聞いたら、パパが顔をしかめた。


「なにもやってない」

「ええー?」

「ここに来る前に、しっかり働いて金を貯めたらしい。ここでは、しばらく好きなことをしたいんだってさ。ベスがそう言ってた」


 ぼくは、ちょっとだけ残念だった。好きなことをし終わったら、ジャスはきっとこの町を出て行っちゃうんだろう。いつまでいてくれるのか、わかんないんだなあって。


◇ ◇ ◇


 ジャスは陽気な人じゃなかったけど、気難しい人でもなかった。おとなしい、控えめな人。いつも深緑色のピックアップトラックに乗ってて、なんか木材みたいのを集めて載せてた。それを見て、ぼくだけでなくみんなが思ったんだ。家がおんぼろだから自分で直すんだろうって。


 でも、家はずーっとおんぼろのまま。その代わり、ジャスの家の周りがだんだんすごいことになってきた。おんぼろの家を取り囲むようにして、いっぱい木のくいが打たれてた。そんな、何本て数えられるような数じゃない。どんだけあるか確かめられないくらいいっぱい。

 ぼくは、学校から帰ってきたらすぐにジャスの作業を見に行くようになったんだ。


 最初のうちは、ジャスのことが何もわかんないから遠くから見てるだけだった。でも、ジャスが適当にくいを打ってるわけじゃないのがわかってきた。図面を見て、ちゃんとなわを張って、そこに目印をつけて、くいをそこに運んで。一人でやってるからゆっくりとしか進まないけど、くいが打たれた形がだんだんわかるようになってきたんだ。


 ぼくは、ジャスの作業を近くで見たくなった。だから、だんだん近くまで行くようになった。近くまで行ったら、ジャスが鼻歌まじりで楽しそうに作業してるのがわかった。作業場所から少し離れたところにポータブルラジオが置いてあって、そこからカントリーソングがじゃんじゃか流れて来る。なんか、学校より楽しいかも。そう思っちゃった。


 ジャスは、ぼくが見てるのを前から知ってたんだろう。ジャスの作業を見に行くようになって何日かしてから声をかけられた。


「よう、ぼんず。見てておもしろいか?」

「うん、すっごくおもしろい! ねえ、ジャスは何を作ってるの?」

「はっはあ! そらあ俺にもわからん」


 なにそれー。あきれちゃった。でも、ちゃんと図面があるってことは、なにかできてくってことだよね。


「くいを打ったら、次はどうするの?」

「そいつぁ杭打ちが終わってからのお楽しみさ。基礎作りにはまだまだかかるからな」


 うわ! まだくいを打つのかあ。ぼくがびっくりしてたら、ジャスがひょいと右手を挙げた。


「いつでも遊びに来な。俺はずっとここで作業してっからよ」

「ありがとー」


◇ ◇ ◇


 楽しくなっちゃったぼくは、友だちを誘ってジャスの作業を見に行くようになった。さびれてくばっかだから、学校で遊んでもおもしろくなくなってきてたんだ。友だちは、ぼく以上にジャスの作業を見てこうふんしてた。


「すっげえ!」

「だろ? 何ができるんかなあ」

「秘密基地ちゃうの?」

「宇宙人呼ぶとか?」

「ありえるありえる!」


 ジャスの作業場は、ものすごーくにぎやかになった。作業をじゃましない限りは好きにしていいぞ。ジャスがそう言ってくれたから、ぼくらはジャスの家の近くで遊ぶようになった。時々はジャスの作業を手伝ったりしながら。ぼくらの手伝いなんか半分遊びみたいなものだったけど、ジャスがそれを怒ることはなかった。いつもにこにこしてた。


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