Cp.3-3 Assault of Disaster(4)
「御機嫌よう、ルミナ。せっかくの会敵中に、お邪魔だったかしら?」
磨理と呼ばれた彩姫は、不遜な笑みを浮かべながら、傲然とこちらを見下してくる。
悠然と構える余裕すら見せるその二人を目に、拓矢は瑠水に言葉をかけた。
「瑠水。奈美達は無事?」
「一応は。かなり心を乱されていたので、落ち着くにはもうしばらく治癒をしたい所ですが」
「そっか……ユキ達は、大丈夫かな」
「ここが聖域化されていることだけが、せめてもの救いです。この領域内であれば身体への損傷は全て霊魂へのそれと同質化するので、まだ私の力でも施しようがあるかと」
拓矢の問いに答え、瑠水は、ただ、と緊張した面持ちで首を振った。
「傷の度合いは二人とも深刻です。今から私は処置を施したいのですが……」
そう言う瑠水が、現れた新たな彩姫と命士を警戒しているのは、拓矢にもわかった。だからこそ、拓矢は自分のすべき行動に迷うことはなかった。
「わかった。瑠水は皆の治療に専念して。あの人達の相手は、僕がするから」
「ですが……」
「大丈夫。少し話をして、時間を稼ぐだけだから」
そう言う拓矢の言葉に、静かに燃えるかつてない激情が秘められているのを瑠水は感じ取り、その意志を汲むように、決然とした面持ちで頷いた。
「わかりました。皆さんの処置が終わったらすぐに合流します。それまで時間を稼いでください。磨理は比較的好戦的な性格です。気を付けて」
瑠水の助言に頷きを返し、拓矢は立ち上がると、上空に坐す黄金色の二人を見上げた。その視線に秘められた感情を見て取った二人――磨理とその命士が反応を返す。
「ルミナのお相手というからどんな葦のような者かと思っていましたが、随分と血気盛んな目をする方ですのね。正直少し意外ですわ」
「君の下着でも見えてるんじゃないかな、マリィ。この角度で僕だったら凝視しちゃうね」
「戯言はおよしなさいな、イザーク」
イザークと呼ばれた命士の冗句を一蹴すると、磨理は猊下の拓矢を見下ろしながら呟く。
「ですが、このまま睨み合っていても埒が開きませんわね。紳士淑女の礼儀として、最初の挨拶くらいは同じ高さに立ちましょうか」
「そうだね。君のそういう
言葉を交わすと、二人の足元にあった光の三点が二人の体を取り囲むように広がり、高所にいた二人はゆっくりと漂いながら降下、拓矢の前にすたりと優雅に着地し、挨拶の一礼を贈った。
「《
「そしてその騎士の名はイザーク・アステリヒト。儚きこの世を流離う詩歌いさ。僕の麗しのマリィ共々、末永くお見知りおきを、
慇懃なその言葉を受け、拓矢は背に瑠水と、魂に傷を負わされた四人――奈美、由果那、幸紀、そして永琉がいることを意識しながら、挑みかかるような目を磨理とイザークに向けた。それを受けた磨理とイザークが鷹揚に返してみせる。
「そんな怖い目を向けないでくださいませ。何も喧嘩を売りに来たわけでもありませんわ」
「そうそう。あんまり怖い目ばかりしていると、彼女にも怖がられるよ、親友?」
悠然たる余裕を崩さない磨理とイザークに相対し、拓矢は意を決して静かに口を開いた。
「君達は……ここには、何をしに来たんだ」
「この町に因縁が集まっているのを感じたものですから、視察がてらほんのご挨拶に。そのついでに貴方達がイェルに襲われているのを見つけたものですから、ほんの少し助太刀をさせていただいただけですわ。お連れ様共々危ない所でしたわね」
言って、磨理は地に倒れた永琉を弔うような哀れみの目で眺めた。
「命士と別れたとは風の噂で耳にしていましたが……哀れなものですわね。自分や愛する人の心すら見失って狂気に走った末、その報いによって滅びることになるなんて」
憐れみを込めた目で永琉を一瞥し、磨理は黄金に爛々と煌く瞳を拓矢に向けた。
「私からも、貴方様が何をしようとなさっていたか、訊いてもよろしくて?」
磨理のその問いに、拓矢は胸を締め付けられるような思いを感じながら言った。
「僕は、彼女を助けようとしていたんだ。彼女は僕の友達の大切な人だったから」
唇を噛みながらためらうように答えた拓矢に、磨理の後ろに控えていたイザークが飄々とした調子を崩さずに言った。
「へぇ、そうだったのか。だとしたら、僕らは余計なことをしてしまったかな?」
「そうかもしれませんわね。決着はご自分の手で付けたかったでしょうに。事情も知らず、失礼を働きましたわ」
そう語る磨理の態度にもイザークの言葉にも、自らが手を下したことに対する悔悛の念は欠片もなかった。それが拓矢を、沸々と湧き上がる激情に駆り立てた。
「君達は……自分が何をしたか、わかっているんだね」
「当然ですわ。そして、間違ったことをしたとも一片も思っておりません」
一切の揺れのない磨理の言葉に、拓矢は胸の内にある思いが沸々と高まるのを感じた。
「だろうね。だとしたら僕はなおさら、君達を……許すわけにはいかない」
「そう……でしたら如何と致しますの? 見た所、貴方様はご自分の身勝手な激情を他人にぶつけることが虚無を生じるに過ぎないということを自覚されるだけの『善』の器をお持ちのようにお見受けしますけれど」
「ああ、そうだね……自分の中のイライラを誰かにぶつけることは、ただ誰かを傷付けるだけだ。でも……今僕が怒っているのは、そういうことじゃない」
噛み締める言葉と共に、拓矢の握り締めた手に再び水晶の剣が光と共に現れる。
「彼女は……永琉は、ユキを大切に思う心を失くしたわけじゃなかった。あと少しで、ユキと一緒にいた頃のように戻れたかもしれなかったんだ。それを……」
「私達が邪魔をした、というわけですのね……事情は十分、了知させて頂きましたわ」
直後、瞳の煌きと共に、磨理の体から黄金色に輝く霊気が迸った。
「気に入りませんわね。私達が正しいと感じて行ったことを『邪魔』と扱われるというのは。私達の『善』を否定するというのがどういうことか、教えて差し上げる必要がありますわね」
そこにあったのは非道でも義憤でもない、言葉通りの「気に入らない」という純粋な感情だった。霊気を溢れさせる磨理の隣に並び、イザークが詫びるような調子で言った。
「ごめんね、君達。マリィは扱いにくいんだ。何分、気位が高いからさ」
言葉とは裏腹に詫びる様子の欠片も無いイザークの言葉に、拓矢は憮然としながら返した。
「こっちの知ったことじゃない。それに、君も彼女を止めないの?」
「止める理由も止める気も無いしねえ。どの道ぶつかるつもりの相手なら、初戦にはちょうどいい機会なんじゃない?」
おどけるように言うイザークの瞳は、磨理の霊気と同じ、輝く金色に染まっている。
(この人達……最初から戦うつもりでここに……?)
磨理の放つ霊気に気圧され身構える中、磨理は倒れた永琉を一瞥し、言った。
「と言っても、脅威という意味で見れば、どちらを先に狩るかは一目瞭然ですわね……寝込みを襲うというのも少し気が引けますけれど」
冷然と呟く磨理の言葉に、イザークが軽い調子で後押しを添えた。
「いいんじゃない? 彼女だってそれ相応のことをしてきたんだろうしさ。こういう結末を迎えるとしても、文句は言えないんじゃないかな?」
「貴方はどこぞの堅物剣士と違って軽いですわね、イザーク。それでは、その助言に甘えさせてもらいましょうか。――《射よ、星よ(Shtenphe O'laste)》」
磨理の視線の向いた先、倒れた永琉に向かい、光の点が彗星のように走る。
光速で永琉の身を穿たんと迫るそれを、拓矢の手にした水晶の剣が、まるで雨水の一滴を払うように一閃で弾き飛ばした。拓矢の鋭い視線が、磨理を糾弾するように注がれる。
「本気で言ってるのか?」
「それはこちらの台詞ですわ。貴方は彼女の襲撃から大切な人達を守るために戦っていたのでしょう? 今更襲っていた敵を庇うような真似をするなど、矛盾していますわよ」
拓矢の向けてくる感情を押し返すようなきつい視線を返し、磨理は蕭然と語る。
「そこの彼女を狩れば、貴方様方を襲っている危険は消え去り、あなたの大切な人達が傷を負うこともなくなりますのよ。危険は消え、代わりのリスクも発生しない……こちらに非があるとは思われませんけれど、何か不都合がありまして?」
「違う!」
たとえ道理が通っているようでも、それを認めてしまっては、自分は大事なものを守れなくなる――その時、そう拓矢は感じていた。
断と否定を返し、抗いの眼を向ける拓矢に、磨理は呆れたような目を向ける。
「理解に苦しみますわね。貴方の大切な人達がそこの彼女のせいで危険に晒され続けたのは事実でしょう。貴方が庇い立てするような理由がありますの?」
不可解とばかりに問う磨理に、拓矢は絡みつく迷いを振り切り、答えを返した。
「彼女は……僕の友達の大切な人だ。死なせるわけにはいかない」
「そう……人が好いのですわね、貴方は。ルミナが好みそうな方ですわ」
納得したような言葉と共に、磨理の瞳に黄金の光が灯り、その身からまるで戦意の発現のように黄金色の霊気が溢れ、虚無に染められていた周囲の空間を圧倒的な生命感を宿した色に塗り替えていく。その瞳で拓矢を見据え、磨理は宣告するように言った。
「では、貴方を私の『善』を邪魔する敵と認識してもよろしいのですわね?」
その圧倒的な霊圧に、拓矢はしかし屈せず、勇気を以てそれに応えた。
「構わない。ユキの大切な人を失わせるつもりなら、僕は君達に刃向かう。瑠水」
拓矢の呼びかけに瑠水が反応し傍へ寄る。その二人の姿を目に、磨理は不敵に笑った。
「出逢って1年も経たない貴方達が、私達に刃向かうと……面白いですわね」
そして、傲然と小ぶりな胸を張り、進軍の合図のように腕を横へと振り抜いた。
「来なさい、イザーク。彼らに身の程を教えて差し上げましょう」
「やれやれ……まだ若そうだし、少しは手加減してあげようね?」
振り抜いたその手をイザークが取る。同時、二人の体が黄金色の覇気に包まれる。その尋常でない濃密さを肌で感じながら、拓矢は傍に来た瑠水に訊いた。
「瑠水……皆は無事?」
「応急処置程度にはなりましたが、皆、予断を許さない状態です。ここで磨理達との戦いに巻き込むのは危険です。場所を移した方が良いでしょう」
「そっか……わかった」
瑠水の言葉を受け、拓矢は眼前の相手を見据え、戦いへと心を向ける。
その最中、拓矢は背後にいる瑠水に、瑠水、と、顔を向けないまま言った。
「この戦いを切り抜けたら、全部話してもらうよ。君が隠していたこと、全部」
辛辣な色をした拓矢の言葉に、瑠水は息を呑むと、ややあって観念したように言った。
「わかりました。ですが今は、現状を切り抜けましょう。力をお貸しします」
瑠水の言葉に拓矢は頷きを返し、戦闘準備をすべく、精神を集中させていく。その身から、空間を染めていく青い霊気が渦のように溢れ出す。
戦意を充溢させる目を向けてくる拓矢を捉える瞳を光らせながら、磨理が言った。
「どうやら、お仲間を巻き込むのは忍びないようですわね。でしたら、少し場所を移しましょうか。私、無闇に犠牲を増やすような無粋な真似は嫌いですので」
「そうだね、それじゃあ場所を移そうか。誰の邪魔にもならない
イザークがそう言った直後、彼の体を中心に、黄金の霊気が爆発的に膨れ上がり、拓矢と瑠水のいた空間をショッピングモール一帯ごと飲み込んだ。
夢幻の中に巻き込まれていくような感覚に襲われる中、拓矢はその中に黒い色をした気配が混ざっていたのを感じていた。
それは、抜け殻のようにひどく衰弱した黒だった。哀れみをすら覚えさせるその姿に、拓矢は焦燥にも似た思いが渦巻くのを感じる。
知るべきことが知られていない、そのせいで大切な人達が苦しんでいるのなら。
(この戦いを切り抜ける……そして全部明らかにするんだ。僕が知るべきだったことを)
胸に湧き上がる決意と共に、拓矢は黄金の満ちる夢幻の霊界へと飛び込んだ。
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