Cp.2-3 She's Stoming(5)

 迸る意志を乗せて注がれる拓矢の視線に、魔女は険悪な声を返す。

「ちっ。ずいぶんと気に障る目をするようになったわね。胸がむかついてたまらないわ。やっぱり、あなた達は二度と治らないほどに引き千切った方がよさそうね」

 嫌悪も露わに吐き捨てる言葉と共に、魔女の体から濃い闇色の霊気が膨れあがる。

 臨戦を悟った拓矢は、戦気を研ぎ澄ませ、剣を構えて魔女に対峙した。

『行動方針については、私が判断します。拓矢は行動に集中してください』

「わかった。指示は任せるよ、瑠水」

 相手の出方を待っている暇はなかった。

 言葉と共に、拓矢は瑠水と考速の思惟を交わし、すぐさま動き出す。

 地を蹴り、その背に青白い光翼を広げ、重力を抜けて上空へ飛翔。中空に浮かぶ翠光の太陽に向かい、空を翔け一気に接近する。その手に携えた剣には、既に卵殻を貫かんとする青い錬気が込められていた。

 刹那の間に動き出した戦況に、魔女もまた刹那の間に対応する。

 魔女が手を振り上げると共に周囲の地面に出現した漆黒の方陣から、無数の黒い荊の蔓が空を裂く勢いでその視線に導かれるように伸び、上空を翔ける拓矢を捕えようと迫る。

『拓矢、回避を!』

 意識の奥に響く瑠水の警告の意味を瞬時に奥まで察し、拓矢は加速の勢いを殺さないまま飛翔の方向を転換し、地より伸びる荊から逃れようとする。空を走る拓矢を、無数の荊の蔓が獲物に迫る毒蛇の如くにうねりながら追跡する。

 螺旋を描き、不規則な機動で逃走の飛翔を続け、翠莉の『卵』の上空まで至った所で、拓矢は飛行の間に瑠水と示し合わせていた行動に出た。

 上空まで逃げてきた自分達に、真下から荊の蔓が寸分の遅れで迫ってきている。

 その逃走の間に、瑠水は剣に青の光の力を溜めていた。

 拓矢は青い光を強く纏う剣を上段に振りかぶり、

「はあっ!」

 気合一声、寸時の間もなく一気に真下に向けて振り下ろす。

 途端、剣に纏われていた青い熱波の如き揺光が、巨大な刃の姿となって放たれた。

「『纏剣の姿(フォルマ・ブレイド)・力の形相(エイドス・ゲブラ)――《蒼破の波刃(エオネス・メイル)》!』」

 振るわれた青き光刃が、真下に迫っていた荊の蛇の群れを圧倒的な光の圧で押し潰し、さらに真下にある翠莉の卵殻まで迫る。

 地上にいる魔女の視界と追跡から脱し、迎撃と貫通を同時に狙う策。

「へぇ。急場の策にしてはやるじゃない。ルミナ」

 瑠水のこの策を、黒の魔女はすっかり読んでいた。

 青の光刃の走る先、翠莉の卵殻の上空には、既に大きな黒の方陣が現れていた。大量の荊を薙ぎ払うほどの存在の熱量と質量を持っていたはずの青の光刃が、まるでブラックホールに飲み込まれるかのようにあっけなく黒の方陣の中に吸い込まれて消える。

 さらに、拓矢の放った青の光刃が黒の方陣に飲み込まれるその間、つまり拓矢が力を放出したその一瞬の隙に、上空にいる拓矢の周囲の空間から突如、無数の黒い荊が襲いかかった。

「ッ!」

 一瞬の集中力の弛緩を狙われた拓矢が身を強張らせる。

 奇策の成功を誘引した隙を狙った奇襲の返し――そして瑠水もその魔女の策を読んでいた。

『《水衣(フルヴェール)》知恵の形相(エイドス・コクマ)――《奔流の暴壁(アルディジブラ)》!』

 瑠水の思念速の詠唱と共に、荒れ狂う水流の如き青の光が中空の拓矢を囲うように展開され、その水流の勢いが衝突した荊の蛇を弾き飛ばし引きちぎる。近付くものをその奔流の勢いに阻ませる、瑠水の力の応用の一つ――「水」の「渦」を模倣した「守護」の力だった。

 瑠水の展開した障壁の中、危機を一髪の差で避けた拓矢は、内心大いに息を呑んでいた。

《拓矢、彼女――イェル、いえ……魔女は、時間と空間の力を司っています。彼女はあらゆる空間を自在に移動・滞在することができ、またその神装である黒の荊も、あらゆる空間から伸ばすことができます。一度でも捕われれば危険です。奇襲には常に警戒しなければなりません》

 初動、飛翔の直前、拓矢は瑠水から魔女の能力についてそう警告を受けた。

 どうやら、瑠水は黒の魔女の能力についてある程度の知識を持っているようだった。故に彼女は今の奇襲を事前に警戒し、適切な対応策を取ることができた。

 周囲から迫った黒の荊を弾き飛ばした中、黒の魔女の声が空気を伝って響く。

「ふふ。なかなかやるじゃない、ルミナ」

 空気を伝う声と共に、拓矢の下方、卵殻の真上、先程青の光刃を飲み込んだ黒の方陣の上に、地上にいたはずの黒の魔女が姿を現していた。足をつく地面もなく滞空できる翼もないまま、魔女はまるでそこに見えない床でもあるかのように、平然と空中に佇んでいた。

「あなた達は他の子達に比べたらそんなに経験がない方だと思ってたけど。お淑やかなくせしてやる時はやるのね。それはそれで虐めがいがあるわ」

 独り呟き、魔女は上方に滞空する瑠水を見上げ、悪辣な笑みを浮かべた。

「けれど、あなたはもうわかっているみたいね。今のあなた達の力じゃ、この子を――スィリの闇を消し去れないってことを、ねぇ?」

「……ッ!」

 あまりにもあっさりと思惑を見抜かれ、瑠水が唇を引き結ぶ。

 翠莉の中にある黒の狂気が彼女の根源的な闇と同化してしまい、瑠水の浄化の力のみでは正せないことは、すでに拓矢も聞いていた。彼女の闇を払うには、「彼」が必要であることを。

 その状況を把握した上で、瑠水はそれらの状況を打開する二つの策を既に打っていた。一つは、「彼」をここに呼び寄せるための手段。そしてもう一つは、彼が到着するまでの時間稼ぎである。だが、その思惑はあっけなく見抜かれてしまった。

「そんな……一言も、何かを察せるようなことは言っていないのに」

『空間を司るイェルは、その特質上、とてつもない《把握能力》を持っています。やはり、この程度の策は隠し通せませんでしたか』

 拓矢が魔女の底知れなさに戦慄を覚える傍ら、瑠水が言葉に悔しそうな色を滲ませる。

 それを見取った魔女が、愉快気な笑みを口元に浮かべながら、冷たい声で告げた。

「ああ、それともう一つ教えておいてあげましょうか。あなた達の待ってるその彼だけれど、私の《分身》を迎えに行かせてるから、たぶん今頃は棘だらけになってると思うわよ。これで、望みは繋がらなくなったわね」

「ッ⁉ そんな……!」

 希望を繋ぐ策が絶たれ、瑠水が思わず息を呑み、集中が途切れる。

 その一瞬の揺れに生じた力の緩みをすり抜け、黒の荊が水の障壁を抜けた。

「しまっ……!」

「拓矢、っうッ⁉」

 不覚を悔いる間すらなく、二人は見る間に黒の荊に雁字搦めにされる。

 真下の空中からそれを見上げながら、魔女は喜悦の笑みを浮かべる。

「捕まえた。ちょっと揺さぶるだけですぐ隙を見せちゃうんだから。本当に初物らしくていいわねぇ、あなた。遊びがいがあるわぁ、ふふふ、そぉれ!」

 弄ぶような魔女の言葉と共に、拓矢の体から蔓に絡めとられた瑠水が引きはがされる。

「瑠水!」

「拓矢……!」

 拓矢から引き離され荊に囚われた瑠水に、魔女が狂悦の視線を注ぐ。

「さぁて、せっかく捕まえたことだし、思う存分にいたぶってあげようかしら。前とは状況も違うし、今度はどんな声で鳴いてくれるのかしらねぇ」

 彼女の邪念に呼応するように、瑠水の体を縛る荊の蔓が彼女を嬲るように蠢いている。

 魔女の愉悦――その先に待っている惨憺たる光景に、拓矢の全身が総毛立つ。

「っ……やめろっ……やめろぉぉぉぉッ!」

「うるさいわね。あなたはもうちょっと待ってなさい。今はあなたのお姫様を目の前でグジュグジュに犯してあげるわ。こんなくすみのない真っ白な純潔な天使が血の色の滲みに身も心も染められる痴態なんて、そそられるんじゃない?」

 魔女の言葉に拓矢は必死で心の耳を閉じる。耳を貸せば心が汚され、魔女の思うが儘になる。

 拓矢の心理をも嘲笑い弄ぶように、魔女は悪魔のような笑みを浮かべ、刑の執行を開始する。

「それじゃあ、来ない子を待っている間にもう一料理しちゃおうかしら。次はどんな風に調理してあげちゃおうかしらねぇ。うふふふふふ……さあ、悶えなさい!」

 魔女の号令と同時、瑠水を縛っている荊から毒蛇の牙のように棘が伸びて、瑠水の白い肌に突き刺さる。ずぶりと食い込んだ棘の牙から、心を黒く染める毒の思念が再び瑠水に流し込まれていく。

「っ……ぅあ、あっ……あ、あぁっ、あぁぅあぁぁ……っ!」

「くっふふふふふ! イイわイイわイイわぁっ! ほら、もっともっと鳴きなさぁい! その綺麗な魂が犯される声、ゾクゾクするわぁ、うふふふふふ!」

 悪意に心を蝕まれ魂を塗り潰される責め苦に、瑠水の口から激しい苦悶の声が溢れ、それを魔女が喜悦に嗤う。悪夢の世界に囚われた瑠水の姿を思い出し、拓矢の全身が髄から震える。

(く、っ……くそ! この荊を解かなきゃ、また瑠水が……ッ!)

 拓矢は焦りに囚われながら自らを縛り付ける荊を必死で振り解こうとする。だが魔女もそれを想定済みらしく、全身に食い込んだ棘から流れ込む毒により体の力が奪われてしまっていた。だがそれでも拓矢は足搔く。体に力が入らないことなど、瑠水を守れない言い訳にはならない。

 瑠水を助けなければ――その想いの熱が拓矢を支配するほどに高まったその時。

 拓矢は、瑠水の声を聞いた。

「『っ、あ、いやぁ、っ……たく、や、ッ……拓矢ぁっ!』」

「‼」

 瑠水の、光の消えゆく地獄の中に救けを求めて、自分の名を呼ぶ声。

 その声を耳にし、拓矢の中の衝動が――瑠水を想う心の力が、炸裂した。

「う、おぉぉぉぉぉォォォォォォァァァァァッ‼」

 魂の奥から湧きあがる衝動の力を叫びと共に吐き出しながら、拓矢は全身全霊の力をその身に呼び起こし、意志の流れに乗せて全身にそれを行き渡らせていた。全身に食い込む棘の牙からその「正」の想いの力が逆流して流れ込み、荊は、まるで違う色の血液を流し込まれた血管のように不全をきたし、ぼろぼろに千切れた。

「な、ッ……⁉」

「瑠水ッ!」

 魔女の驚愕もすっ飛ばして、拓矢は崩れ落ちていく荊を足場に、瑠水の囚われている荊まで一息に大きく跳躍した。瑠水と引き離されている影響で、今、飛行の能力は発現していない。そしてここは地上から高く離れた上空であり、なおかつ現在界である。落下すれば死を免れないような状況だった。

 だが、そんなものは一切、拓矢の思考の中には存在していなかった。

 彼に見えていたのは、ただ、自分を求め叫んだ瑠水のことだけだった。

「瑠水――ッ!」

 想いを乗せた叫びと共に、拓矢は瑠水に手を伸ばし、不安定な足場から一気に踏み切る。

 その時、小さな奇跡めいたことが起きた。

 身体能力に関してはまるで誇れるところのなかった拓矢が、

 空中で、それも荊の蔓という不安定な足場から、自らの足で、

 瑠水の捕まっている場所まで十メートルほどの距離を、一足で飛んだのである。

 その時、拓矢の中には一切の迷いがなく、瑠水への想いに全身全霊が満たされていた。その想いの力が、彼の中に残されていた瑠水の力を引き出し、身体能力を強化したのである。それは、迷いのない純粋な想いにより発揮される、言うなれば――命士の「善」の力だった。

 魔女の一瞬の驚愕の内に、拓矢は空中に捕まっていた瑠水にどうにか飛びつき、左手で瑠水の手を強く握ると、右手で瑠水を縛っている荊の蔓の一端を掴んだ。

 何をすればいいかはもはや考えもしなかった。何が必要かはもうわかっていた。

 それは、正なる思い。悪意の血管たる黒の荊を崩壊させる、「善」の心の力。

 先の瑠水救出の折、そして今さっきのことからこの荊の弱点を見抜き、そしてその力の使役を体で覚えた拓矢にとっては、もはやこの悪意の荊は恐れるに足らなかった。

 拓矢は繋いだ左の手から瑠水に、掴んだ右の手から荊に、同じ想いを出力する。

《瑠水……今、助ける!》

 条文化すら通り越した、純粋なる光の思念。

 それが、両の手から瑠水と荊に流れ込んだ途端、黒の荊は見る間に朽ちて砕け散り、瑠水は荊の呪縛から解き放たれた。拓矢は拘束を解かれた瑠水を空中で抱きとめる。

 瑠水は無事のようだったが、毒の影響か気を失ってしまっていた。拓矢は一時的に瑠水の発揮できる力を失い、翼を、剣を、防壁を展開することができない。

 つまり、魔女の追撃を防ぐ手立てもなく、回避すらままならず、さらに高所からの落下。降りかかるあらゆる危機を防ぐことができない、絶望的な状況だった。

「ちっ……目障りな真似をしてくれるわね、青の命士!」

 魔女の吐き捨てるような憎悪の言葉と共にその手が鋭く横に振るわれ、拓矢の周囲の空間から再度、全方位から黒の荊が襲いかかる。

 防ぐ手立てはありそうになかった。それでも。

(もう……瑠水は、やらせない!)

 ただ一つの、強靱な意志だけを盾に、拓矢は落下しながら瑠水を庇うように強く抱きしめた。

 無数の荊の蛇が落ち行く二人を喰らい尽そうとするかのように襲う。

 そこに、全ての視界を塗り潰すような朱い熱風が轟と駆け抜け、二人を攫った。

「!」

 魔女が目を瞠る。

 天空を駆けるその朱い飛影は、落ち行く拓矢達を回収し、大回りの軌跡を描いて烈火の勢いで魔女に殺到し、やがて滑るように地に降りた。

 寸での所で火鳥の突進を回避した魔女が、その姿を再度目にし、不愉快の表情を露わにする。

「ふん……ずいぶんとお早い登場ね。エルシアに、赤の命士」

 魔女は忌々しげな目も露わに、翼を収めた火の鳥の降り立った場所を見下ろす。

 そこには、火光の鱗粉の中、覇気の如き威風を従えて傲然と立つ灼蘭エルシアと。

 その後ろ、炎翼の残り香の中、拓矢ともう一人を抱えるティム・クランローズの姿があった。

「ティム……?」

 助けられた拓矢もまた、突然のことに頭が追いつかなかった。

 茫然としている拓矢に、ティムはため息を一つ吐くと、

「まったく……我が主ながら、エルシア様も本当に人が良い。美点には間違いないのだが」

 独り言ちるように呟き、次いで拓矢の目を見据えて、言った。

「遠くからだが、見せてもらった。少しはやるようになったな、拓矢」

 あまりにも唐突な、そして意外な相手からの、意外な褒め言葉。

 呆気にとられる拓矢に、前に出ている灼蘭が背中越しに声をかける。

「ご苦労様、ルミナ、それにタクヤ。ちょっとしたごたごたで駆けつけるのがちょっと遅くなっちゃったわ。あとは、あたし達に任せなさい」

 言いながら、灼蘭は紅玉のように赤く煌めく瞳に燃える熱情を湛えて、上空から見下ろす黒の魔女を逃さないように見据えていた。

「また逢ったわね、イェル。降りて来なさいよ。そんなとこだと話しづらいの」

 灼蘭は熱い視線を注ぎながら、指で魔女を挑発する。

 相変わらずの堂々たる気勢に感心しながら、拓矢はティムに現状を説明しようとする。

「ティム……」

「状況はルミナ様から聞いている。お前は姫を守ることに徹しろ。あとは我々に任せておけ」

 拓矢が言おうとしたことを先読みして、ティムが拓矢を地に降ろす。ふらつく頭と体を立て直しながら、ティムに状況を説明しようとした。

「違うんだ。相手はあの魔女じゃない。それに、翠莉ちゃんが」

「わかっていると言っているだろう。そのための鍵もちゃんと連れてきてやった」

「え……」

 拓矢がその言葉の意味を理解する前に、ティムが拓矢を抱えていた方のもう一方の腕に抱えていた何か、人を、地面に乱暴に投げ捨てた。

 投げ捨てられた小柄な姿の少年が、言葉もなく立ち上がる。黒い制服。細いフレームの眼鏡。頼りなさげな背格好。見覚えのある姿。

「真事君……」

「すみません、拓矢さん。遅くなって」

 重い返事を返した真事は、悔恨と自責、そして覚悟が混ざり合ったような、複雑な表情をしていた。頼りなげなその瞳にはしかし、先程、病院で最後に見た時まであった迷いが消えているように拓矢には見えた。

 何がどうなっているのか、状況が掴めない拓矢に、ティムが道筋を立てる。

「こ奴をここに連れてくるまでに、少々ひと悶着あってな」

 そして、拓矢の腕の中で苦悶の色を浮かべている瑠水の様子を見やり、言った。

「丁度いい。おい、貴様。あれをルミナ様に使って差し上げろ」

 貴様と呼ばれた真事は素直に頷き、拓矢の腕の中に眠っていた瑠水の傍に屈み込むと、握っていた掌を開いた。

「これは……?」

 そこにあった見慣れないものに、拓矢は思わず息を呑む。

 そこには、淡い白桜色の光を放つ、花の蕾のようなものがあった。小さいながら一個の実のようなそれは、果実の中味を連想させるような不思議な存在感を放っていた。

 真事は花弁の一枚をはがし、瑠水の額に押し当てた。淡い光を放つその花弁は瑠水の額の何かに呼応するように強く発光し、やがて光となって溶け、瑠水の額に沁み渡っていった。

 程なくして、その光が目覚めの薬になったかのように、瑠水は目を覚ました。

「ん……拓矢、無事ですか?」

 目覚めてすぐ、意識の定まらない中で、視界に入った拓矢を気遣う瑠水。

 拓矢は瑠水を安心させるように、努めて平静な言葉を返した。

「うん。僕は大丈夫。瑠水こそ、大丈夫?」

「ええ……荊の悪念は浄化されています。ご心配をおかけしました」

 拓矢に感謝を告げながら、瑠水はどこか切れの悪い表情をしていた。怪訝に思った拓矢が、瑠水の顔色を見ながら、

「瑠水……どうしたの? まだ、悪いところがある?」

「えっ? あ、いえ……ちょっとだけ、気になることがあって」

 瑠水はそう言うと、一人その事実を確かめようとするかのように零していた。

「この光の色は……サクヤの……」

「サクヤ?」

 聞き慣れない言葉と、瑠水の様子に、拓矢は奇妙なものを感じる。

 それを受けるように、ティムが口を開いた。

「鍵は揃った。思わぬ助力もあってな」

 その言葉に応えるように、真事の掌の中にある白色の花が、淡く光を放った。


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