Cp.2-2 Fuzzy Sky Color(1)
「拓くん……どういうこと?」
「えっと……タク。一応どういうことか説明してもらえるかな?」
帰り道でいきなり出逢った二人――真事と翠莉を連れ帰った拓矢は、家で待っていた奈美と乙姫に当然のようにそう訊かれた。
拓矢は二人に必要なことを説明した。幸い二人とも瑠水を通じて幻想界の存在を理解していたので、翠莉の存在を説明するのはそこまで困難ではなかった。
「なるほどね……だいたい事情はわかったわ。いいわよ、泊まっていきなさい」
あらかた話を聞くと、乙姫は特に苦も無く、二人を泊めることを承諾した。あまりにもあっさりとした了承に、真事はかえって驚いた。
「いいんですか? こんな急に、それも、見ず知らずの人間を……」
「タクの言う通り、こんな子供達を行き場もないまま夜の街に放っておくわけにもいかないでしょ。それに、私から見ても君は人の寝込みを襲うような危ない人間には見えないしね」
「それって、なんだかなめられてるような……」
「大丈夫よ。もしも危ない子だってわかったら叩き出してあげるから。安心しなさい」
ためらいを見せる真事に、乙姫は任せなさい、とばかりにあっさりと笑んでみせた。
その間に拓矢は、一応見届けについて来てくれた由果那を玄関先で見送りに出ていた。
「ありがとう、由果那。わざわざついて来てくれて」
「別に。あんたのことが心配だっただけよ。ったく……不用心なんだから」
由果那は呆れたように言うと、奈美の方を見た。
「奈美は、帰らないの? 帰るんなら一緒に行こ」
由果那の言葉に、奈美は少し困ったような微笑を浮かべて、答えた。
「ううん、ごめんね、由果那ちゃん。今日はもう少しここにいる。いいかな、拓くん?」
「ん? ああ、もちろん。夕飯食べてくよね?」
「うん。ありがとう」
いつものように言葉を交わす拓矢と奈美。その表情の綾を由果那は見取り、
「ふーん……ちょっと拓矢」
由果那は少しきつい目で拓矢をぐいと引き寄せ、奈美に聞こえないように小声で釘を刺した。
「いい? 綺麗どころが増えたからって、間違っても何か間違いを起こすんじゃないわよ」
「え?」
普段ならない由果那の警告めいた言葉を、拓矢は怪訝に思った。
「間違いって……何を心配してるのさ。あと、その言い方変じゃない?」
「細かいことはいいの。ま、あんたのことだからそんなのないと思ってるんだけどね……あの子のことがあったから、また何か急にとんでもないことをやらかさないか、少し心配なだけよ」
由果那の姉心めいた心配を和らげるように、拓矢は笑んでみせた。
「大丈夫だよ。そんなことはしない。できそうにもないしね」
「そうね……あたしの考え過ぎならいいんだけど。それじゃ、また明日ね」
拓矢の冗談めいた返しに、由果那は呆れたように薄く笑むと、小さく息を吐き出して帰っていった。拓矢は手を振って由果那の細い後姿を見送る。彼女の身を挺した忠告に今までどれだけ救われてきたかを想うと、その華奢な背中はずっと大きく、頼もしく見えた。
「由果那ちゃん、何て言ってたの、拓くん?」
「ああ、うん……綺麗どころには気をつけろってさ」
「……何それ」
ぼかすように言った拓矢の言葉に、奈美は気になるように頬を小さく膨らませていた。
こうして、緑組――翠莉と真事は一晩、白崎家に世話になることになった。
「ご機嫌ね、スィリ」
「うん! だってやっとルミィに会えたんだもん。今日はいっぱいお話しようね」
風呂場に向かう瑠水と翠莉の朗らかな話し声が廊下から聞こえて来ていた。
翠莉は瑠水に再会できたこともあってすっかり喜んでいたが、真事は見知らぬ場所と人に接することですっかり畏縮してしまっていた。携帯電話で何やら揉めながら実家に「今日は友人の家に泊まる」と連絡を入れた真事は、家主であろう乙姫にすまなさそうに詫びる。
「本当に、すみません……こんな急に厄介になって」
「いいよ、気にしないの。それに、そんなふうに言ってくれる子なら泊めても間違いはないわ。どのみち今日は行く当てもないんでしょう。一晩の宿だと思って私達に任せなさい。タクの周りが賑やかになるのは私も嬉しいからね。今夜は気楽にしていいわよ、真事君」
からっと笑む乙姫に、真事は一瞬固まった後、ためらいがちに感謝を表した。
「ありがとう、ございます」
「マコト、一緒にお風呂入ろー! 体洗ってあげる♡ あ、ルミィも一緒に入ろうよ!」
「翠莉。頼むから君が一番遠慮を覚えてくれ」
無邪気な翠莉に振り回され困惑する真事。傍から見ていれば何とも微笑ましい光景だった。
「姉さん、オリーブオイルあったかな?」
「調味料棚の中にないかしら? なければ買い足しておきましょ。麺はあったわよ」
「手伝おうか、拓くん?」
「いや、こっちはいいよ。簡単だし。奈美はそっちの方、お願い」
真事達に風呂を貸している間に、拓矢は乙姫と共に家にあった食材で急に増えた人数分の追加の夕食の準備をする。検討した結果、簡単で時間もそこまでかからない上に、まあ外れないだろうということで、即席でスパゲッティを茹でることにした。奈美が用意してくれていたのもパンに合わせてか洋風の食事だったので、そこまで食卓の色にズレは出ない。
魚を焼く奈美の横で鍋に湯を沸かしている間に、乙姫が拓矢に話しかける。
「それにしても、奇妙な縁もあったものね。彼、知り合いでも何でもなかったんでしょ?」
「うん。全く知らなかった。あの子の中にいる子が、瑠水の知り合いだったみたいで」
答えながら、拓矢は慣れた手つきで野菜を洗い、細かく切る。
「瑠水が言ってたんだけど、あの翠莉って子は、人の善し悪しを感じる力が優れてるんだって。だから、きっと大丈夫だと思う」
「そうね。私が見た感じでも、あの子、真事君は悪さができるような子には見えなかったわ。タクもタクで、結構人の縁には恵まれてるみたいだしね」
乙姫はそう言うと、面白そうな口調でさらに言った。
「それに、何だかあの子、タクと少し似てる感じがするしね」
「え……そう?」
拓矢はフライパンに火を入れながら油を取り出す。意外な意見だった。
乙姫も大鍋の蓋を開け、沸騰した湯の中にスパゲッティをパラパラと入れる。
「何だか、一人じゃ危なっかしい感じがね。守りたくなるの、あなたと同じだよ」
「そう、かな」
何だか姉の関心が取られているようで、拓矢は少々複雑な気分で微妙な苦笑いになった。
そのままスパゲッティを茹でている間に拓矢はフライパンにざく切りにしたキャベツと人参、さらに缶詰のツナとコーン、そして丸切りにしてある鷹の爪を放り込み手早く炒める。茹で上がったパスタを湯切りしてそのフライパンに放り込み、火を通した具材と絡めて出来上がり。即席で簡素ながら出来は悪くない。亡き母優子の料理センスは拓矢の中に強く生きている。
程なくして風呂から上がった真事と翠莉がリビングに戻り、四人(と彩姫二人)は食卓に就いた。乙姫はちゃんと六人分の盛り付けをしてある。取ってあった家族分の食器が役に立った。
「ふえぇ~、いい匂い! おいしそう! いつものごはんと全然違うね、マコト」
「どういう意味? まあ、手料理なんて確かにうちじゃめったに食べないけどさ」
目の前のほかほかの料理に目を輝かせる翠莉に、少々の気後れを見せている真事。
乙姫はタイミングを計れない彼をリードするように言葉をかけた。
「さ、どうぞ召し上がれ。タクの料理はおいしいわよ。世の女の子顔負けなんだから」
「姉さん、その言い方って……世の女の子に失礼じゃないかな」
「それじゃあ……いただきます」
「いただきまーす!」
翠莉の相手をしつつ、真事は小さく頭を下げてフォークを不器用に持ち、パスタを絡めて口に運ぶ。控えめな塩味が彼の舌にしみ込んだ途端、真事の目が小さく見開かれた。
「おいしい、です」
小さな声だったが、その言葉は明らかに先程までの固さが少し和らいでいた。拓矢はそれを聞いて、まるで自分が人を安心させることができたようで、何だか嬉しくなった。
真事の気分が和らいだのを見取り、拓矢達も食事に取り掛かる。
「真事君だっけ。君、お家はどこの辺り?」
食事時は交流の場とばかりに、乙姫が真事に話しかけていく。拓矢にしても、彼の――彼らのことを知りたいのは同じだったので、その話に瑠水共々耳を傾ける。
真事は乙姫の視線を受けて一瞬硬直し、少し迷いを見せた後に、おずおずと口を開いた。
「茅辺町っていう、埼玉と東京の境らへんの町です」
「へぇ……彌原は東京と神奈川の間みたいな場所だから……結構遠くから来たのね」
「まあ、電車で来れないこともないでしょうけど……普通なら来るような所じゃないですね」
現状を思い気が重くなる真事。そこに翠莉が不思議そうに割って入る。
「でもでも、マコトはいつもわたしといろんな所に出かけてるよ?」
「翠莉、それは正確に言えば、君がいろんな所に出かけたいって言うのに僕が付き合ってる、っていうことだよ。別に僕が自分からいろんな所に出かけたがってるわけじゃない」
「えー? なあに、マコト、出かけたくないの? そんなのだめだよ」
「なんで」
渋る様子を見せる真事に、翠莉はたしなめるように言葉を流す。
「だって、わたしが来る前のマコトって、本当にほとんど部屋から出てなかったじゃない。ずーっとぱそこんとげーむの中の女の子としかお話してなかったし、部屋の空気もなんだか濁ってたし、あのままあそこにずっと籠ってたら腐っちゃいそうだったんだもん。わたし、ずっと心配だったんだよ? もっとお日様の光と新鮮な風を浴びたほうがいいよ」
「悪かったね。でも他に何をする気にもならなかったんだから仕方ないだろ」
「でもでも、別にあれをやりたかったってわけでもなさそうだったよ? マコト」
翠莉のその言葉に真事の手が止まる。目が伏せられ、思考が深みに沈む。
ややあって、真事は不服そうに小さくため息を吐いた。
「まあ、実際そうなんだけどさ。他にやることもなかった、っていうのが一番正しいのかな。本当に……何にも、なかったからさ」
つまらなさそうに、虚無の深みを吐くように呟く真事の言葉には、彼が経験してきた日々の空虚が滲み出ているようだった。拓矢達はその言葉に彼の心の奥の一端を見た気がした。
翠莉は真事と共に胸を痛めたような表情になると食器を置き、席からふわりと浮遊して真事の背中に回り、細く白い両腕を沈鬱に沈む彼の首に回して、顔を寄り添わせながら耳元でそっと囁いた。
「マコト、もうそんな悲しそうな顔しないで。わたしがいるでしょ?」
「うん……そうだね。そうだ……」
そっと笑む翠莉の慰めの抱擁を真事は拒みはしない。しかしその声は浮かなかった。
真事の内から滲み出た暗い空気に、夕食の卓の賑わいがわずかに陰る。
「今は、それだけではないのではないのですか?」
「え?」
彼を、そしてその場の空気を救い上げるように口を開いたのは瑠水だった。
初めてかけられた言葉に、真事は顔を上げる。瑠水はやわらかな調子で続けた。
「今のあなたは、ただ過去の虚無に支配されているわけではないように私には見えます。あなたの心の中には光がある。傍に愛する人がいるということを信じられる、そんな光が」
心の存在である瑠水には、彼の心の在り様が見えていたらしい。
自分の奥を見透かされるような言葉に、真事は複雑な表情を見せた。
「翠莉もそうだけど……本当に彩姫って変わった人だね。心を覗き見られるのは嫌なんだけど」
「それは失礼しました。けれど、あなたの心にある光……スィリの存在による希望の光がとても美しい色だったもので、つい心が解れてしまって」
瑠水は申し訳なさそうに小さく笑んで素直に謝った。それを見た真事も申し訳なさそうな顔になった。
「いいですよ、別に。あなたは別に悪気があったわけじゃないんだろうし。ただ、僕の心なんて誰にもわかるものじゃないだろうって、そう思ってたってだけです」
「そうですか……そう言っていただけると幸いです」
瑠水は綺麗な微笑みを見せ、真事はそれに堪え切れないとばかりに目を逸らす。瑠水に真事が気を取られていると思ったのか、翠莉がむっと頬を膨らませていた。
おそらく、彼女の曇りのない笑顔が眩しいのだろう。拓矢はそれを見て、彼女の綺麗な心――自分の好きな彼女の美しさが証明されたような気がして、微かに朗らかな気分になった。
同時に、真事が悪い人間でないことも、これまでのやり取りで見えた気がした。態度は不器用だが、人を無遠慮に突っぱねたり、傷付けることをしない。根は優しい性格なのだろう。
気分が解れてきたのか、今度は真事の方から口を開いた。
「あの……拓矢さん」
「拓矢でいいよ。って言っても、僕も真事君って呼んでるけどね」
呼ばれた拓矢はそう言って小さく笑う。真事は少しためらった末に、話を続けた。
「その……二人は、どんなふうに出逢ったんですか?」
真事のその問いに、拓矢と瑠水は顔を見合わせた。
目の前の真事は、ただじっと拓矢を見つめている。何気ない物言いと共に注がれる、静かな好奇心に燃えるその眼差しは、実に彼らしい関心の表し方をした目だった。
自分の話が、彼に何か光を与えられるかもしれない――拓矢はふとそんなことを思い、瑠水もそれを支えた。
「夢を、見たんだ。それで、彼女と出逢った」
拓矢は、はじまりの記憶を思い返すように、出逢いの夢を話した。
「とても、悲しくて怖い夢だった。だけど、彼女は僕を救ってくれた。僕は、彼女のことが忘れられなくなって、そうしたら、その夢を見た日に、彼女が現れたんだ。最初はびっくりしたけど……今では、出逢えてよかったって思ってるよ」
拓矢の想いの込められた言葉に、瑠水は嬉しそうにクスリと笑った。
「本当は、あの夢よりもっと前に私はあなたを知っていたんですけどね」
「え……そうなの?」
「それについては、いずれちゃんとお話しましょう」
瑠水は悪戯っぽく、ふふ、と笑ってみせる。
真事は拓矢のその話を聞いて、少し胸の内の曇りが晴れたような顔になった。
「そうか……それじゃあ、僕と同じようなものなのかな」
「そうだね……マコトも、ずっと寂しがってたよね。誰にも逢えないって思ってて、ずっと一人で狭くて暗い場所に自分を閉じ込めてて。マコトが壊れそうになってたの、今でも覚えてる」
翠莉は真事に背中から寄り添いながら、彼への想いを注ぎ込むように語る。
「マコトは、ずっと心の奥でわたしを求めてくれていた。わたしにいてほしいって、ずっと心の奥で思ってくれていた。わたしはずっとマコトの声を聞いて、マコトに求められる想いで生まれたの。だから、わたしはマコトが大好き。マコトの他にはどこにも行くところなんてない。マコトのそばにいて、マコトをもうあんなふうに寂しがらせないのが、わたしの役目なの」
瞳に光を湛えて決然と語る翠莉。そこに真事が複雑そうな表情で口を挟んだ。
「行くところないって言う割には、いろんな所に連れ出すよね」
「だからー、あれはマコトが塞ぎこんで腐らないようにするのも兼ねてるの! マコトももうちょっと空気の力を食べようよ。元気がないと何にもできないよ?」
「努力するよ。でも元気がないのは元からだから」
「もー! マコトのそういうのがさみしいの! もっと元気出してよぉ」
無気力に聞こえる真事の言葉に、翠莉は不服そうに頬を膨らませる。しかし、彼らが互いを快く思っていることは、そのやり取りの様子からも推察することができた。
温度差はあれど、互いに小さく温かい想いを抱き合う二人。
いいカップルだ、と、乙姫は人間的な目線から、拓矢と瑠水は彩姫と命士の関係という彼らなりの目線から、そんな二人の関係を微笑ましく見ていた。
「そうだ! ねえ、ルミィ! ルミィはタクヤにいつもどんなことしてあげてるの?」
翠莉がふいに顔を向け、自然な関心から話題を差し替える。瑠水の隣で拓矢は固まった。
「どんなこと?」
「うん。あたしたちは
無邪気そのものの態度で翠莉は訊いてくる。
瑠水の方を伺うように見ると、彼女は「大丈夫」というような視線を返してきた。
事は難しい。単純な事実の告白というだけでなく、今、隣には奈美がいる。
(瑠水、お願い。頼むから、下手な話は出さないで)
拓矢の緊張をよそに、瑠水は朗らかな笑みを浮かべて、さらりと答えた。
「そうね。毎晩一緒に、一つの床で寝起きを共にしているわ」
光り輝く笑顔で口にされた爆弾発言に、拓矢の時間が停止した。乙姫が「あら」と口を開け、翠莉は目を輝かせる。奈美の座る隣で、ピシリ、と何かに罅が入る音がした気がした。
「うんうん、それから?」
「拓矢が起きてから眠るまで、私はいつでも彼のそばに付き従っているわ。食事も湯浴みもベッドも皆一緒よ」
「ふーん……でもそれってわたしもだなあ。ねね、タクヤはルミィの体を欲しがったりするの?」
「なッ……?」「翠莉……」
返す翠莉の言葉に男性陣が揃って固まる。彼らを横目に見かねた瑠水が翠莉をたしなめた。
「スィリ、あなたの無邪気な所はよく承知しているし、それがあなたの魅力だということもよく知っているわ。けれどね、物事には時と場合というものがあるの。今の問いは、私は別に構わないのだけれど、拓矢や真事達は困ってしまうわ」
「えー、だって気になるんだもん。マコトはいっつもわたしのこと欲しがってくれるから、毎晩むぎゅーって一緒に抱き合ってるし、それってとっても気持ちいいんだよ。ルミィたちは抱き合ったりしないの? 体を欲しがったりするのって、あいじょうひょうげんでしょ?」
なるほど無邪気そのものの翠莉の言葉に、真事は完全に立つ瀬がなくなっていた。
うなだれる真事を傍らに、瑠水は哀れみの息を小さく吐くと、余裕の笑みでそれに答えた。
「拓矢は心の優しい紳士だからあまり私に手を出してはくれないのだけれど、心の内でいつも私を大切にしてくれているわ。私はそれだけでも幸せよ。それに――」
瑠水はそう言って、隣に座る拓矢を潤みを帯びた深い青色の瞳で見つめると、言葉を続けた。
「拓矢は私を、たった一人で囚われた絶望の中から救ってくれた。命を懸けて私を選んでくれたその想いを、私は忘れられない。だから私は、この人が愛しくて仕方がないの」
そう語る瑠水の深海のような深青の瞳の奥には、心の底を満たすような愛が湛えられていた。その想いは交わされる瞳を通して、拓矢の心の底まで流れ込んでくるようだった。
二人の絆に押し負けたように感じた翠莉が拗ねたように口を尖らせる。
「そっかぁ、いいなぁ。何だかわたし達とは違うんだねぇ。好きならむぎゅーとかちゅーとかすればいいのに。さみしくならないの?」
「そんなことはないわ。それに、言い忘れていたけれど、私達だって触れ合っているわ。外を歩く時はいつも手を繋いでいるし、キスもしているわよ。今日も彼の働いて手に入れてくれたパンを頂いたわ。温かくてとってもおいしいの」
「みゃー、うらやましい! でもでも、わたしだってマコトと一緒にいる時間なら負けてないもん! いっつもいろんな所にふたりっきりでデートに行くんだから!」
「あら、それはこちらも顔負けね。どんなデートをしてきたのかしら。聞かせてもらいたいわ」
「むぅー、何でそんなに余裕なのルミィ! くーやーしーいー!」
押され気味な翠莉と余裕の瑠水。
その後も、彩姫二人の純粋な愛トークはどんどん熱を帯びていく。その傍らで、
「…………」
無言の視線で何かを訴えてくる奈美と、
「…………」
その注がれる視線に痛覚を感じる拓矢、
「…………」
そして、その視線の痛みを無言で「わかります」と語ってくる真事。
拓矢と真事は互いに気恥ずかしいやら何やらで気まずげな目線を交わし合い、その様子を乙姫は何やら面白そうにニヤニヤしながら眺めていたのだった。
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