Cp.2-1 Brand New Day With Bright Bride(2)

 制服に着替えて、瑠水と一緒にリビングに出る。

 テーブルでコーヒーを飲んでいた従姉の名草乙姫が、二人に気付くと薄く微笑んだ。

「おはよ、タク。瑠水ちゃん」

「おはよう、姉さん」

「おはようございます、お姉様」

 拓矢と瑠水が乙姫と挨拶を交わしテーブルにつくと、トーストとコーヒーが用意してあった。拓矢と、ちゃんと瑠水の分も。

「私の分まで……ありがとうございます」

「何言ってるのよ。同居人にご飯も出さないと思った?」

 乙姫は当たり前のこととばかりに苦笑する。瑠水はそれに嬉しそうに頬を染めてはにかんだ。

 瑠水にはこの現在界における実体がないため、現実にある物そのものには触れることができず、食べ物を物として食べることができない(物の霊質には触れることができるので、霊体となった物を食べることはできるのだが)。瑠水はそれを言っていたのだが、要らぬ心配だったようである。家族に食事を作るというのと同じことで、乙姫にそれについての疑念はなかった。

 瑠水はテーブルの拓矢の隣に設えられた椅子に腰かけ、コーヒーカップの取っ手に細い指をかけた。そのままカップの幻影を手に取り、中にある霊質のブラックコーヒーを口にする。熱かったのか、瑠水は少し顔をこわばらせたが、すぐにほっとしたような表情で息を吐いた。

「温かい……そして香り高いですね」

「苦いの、嫌い?」

 乙姫の言葉に、瑠水は小さく微笑みながら、首を横に振った。

「いいえ。これは苦ではなく、舌に沁みる心地よい味覚です。それに、お姉様の心遣いが伝わってきて、とても心が温まります」

「ふふ、そう。嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 嬉しそうに笑む瑠水に、乙姫も小さく笑って返した。拓矢は二人のそんなやり取りを横目に見ながらコーヒーを啜った。いつも以上に優しく温かい味がした。

 三人でささやかな温かい朝食を済ませ、コーヒーを啜っていた拓矢に、乙姫が訊ねた。

「タク、今日は由果那ちゃんとバイトだっけ?」

「あ、うん。夕飯どうしようか。僕は帰り八時過ぎ頃になると思うけど」

「私もそれより少し遅いだろうからなぁ。まあ、ある食材で何か作りましょ。それでいい?」

「いいよ。わかった。僕もパン貰ってこようか?」

「ん……できたらでいいわ。お世話になってるんだからあんまり無理言っちゃだめよ」

「うん。わかった」

 乙姫の言葉に拓矢が頷くとほぼ同時に、呼び鈴が鳴った。

「奈美だ……じゃあ、行ってきます」

「ん、行ってらっしゃい。気をつけてね」

 拓矢は席を立ち、玄関に向かった。瑠水も当たり前のように彼の後に続いてくる。

「やっぱり、一緒に来るんだね」

「つれないことを言わないでください。あなたと共にいることが、私の望みなのですから」

 今更のように問う拓矢に、瑠水は少しいじけたように言いながら、笑みを浮かべて拓矢を見つめた。拓矢はすまなさそうに頭を掻くと、胸を満たされる思いと共に薄く微笑んだ。

「そうだね、ごめん。行こう、瑠水」

「はい。行きましょう、拓矢」

 瑠水の笑顔に背中を押されるように、拓矢は扉を開け、光溢れる新しい朝の中へと出た。


 玄関を出ると、いつものように奈美が弁当箱を提げて待っていた。奈美は拓矢と一緒に出てきた瑠水を見て一瞬たじろいだ様子を見せたが、すぐに気を取り直して、

「おはよう、拓くん。はい、お弁当」

「あ、ああ。おはよう、奈美」

 ずい、と強気に弁当箱を突き出す奈美に気圧される拓矢。次いで、

「おはよう、瑠水ちゃん」

 奈美は瑠水の目を強い視線で真っ直ぐに見つめて言った。気合が入りすぎているようにも思えたが、彼女にしてはこれ位の気合を入れないわけにはいかなかった。

 彼女にとって、瑠水はれっきとした恋敵なのだ。先日、拓矢の前で宣戦布告もした。奈美の気質と想いからしても、力が入ってしまうのは必然ともいえた。

「ええ、おはよう奈美。よく眠れましたか?」

 対した瑠水は風が吹いたように涼しい様子でさらりと微笑みを返した。全くプレッシャーを感じていないようである。まるで意にも介されていないようで、奈美は少し悔しい思いをした。

 静かに睨み合う、涼しげな瑠水と熱する奈美。張りつめた空気がその場に漂い始める。

「あー……行こう、二人とも。そんなに時間もないし」

 気まずい沈黙を破るように拓矢は言って、二人が矛を収める様子を確認してから歩き出した。玄関を出る所まで来た所で、奈美は彼の右隣に並んで歩調を合わせる中、瑠水は左隣に並んで拓矢の腕にするりと腕を絡めてきた。突然の行動に拓矢の心臓がビクンと跳ね上がる。

「うわっと、る、瑠水?」

「恋人同士はこうするのでしょう? 一度やってみたかったのです」

 瑠水はそう言って拓矢に身を寄せ、悪戯っぽく、嬉しそうに、ふふ、と笑った。ぴっとりと密着する瑠水の肌と胸の滑らかな感触が腕を伝わり、拓矢の心臓が動揺にドクドクと鳴る。瑠水の行動自体についての動揺もあったが、それ以上に、

「~~~~~~~~~~ッ」

 隣に立つそれを見た奈美の体から何やら、憤懣にも焦りにもためらいにも似た熱い空気が発せられていた。拓矢はその熱に当てられているように全身が冷や汗をかくのを感じた。

「た、拓くん、私もっ!」

「うわっ!」

 逡巡の末負けるわけにはいかないと思ったのか、奈美も勢い任せに拓矢の右腕に飛びついた。勢い余って奈美の胸が腕に押し付けられ、弾力のあるむにゅりとした感触が拓矢の胸をざわつかせる。内心大いにドギマギしながら、拓矢は不思議な実感を覚えていた。

(奈美……こんなに、胸、大きくなってたんだな)

 ずっと、当たり前のように感じていた幼馴染。今までは女性としてそんなに意識したこともなかったうえ、それにその年頃には、彼には大きすぎる事件のせいでそんなことを思える余裕もなかったから、その体の感触と彼女の気持ちは拓矢にとって困惑するほどに新鮮だった。

 そんなことを思っている内に、拓矢は自分がやけに奈美の気持ちをひしひしと感じていることに気付いた。感触や体温を通じて、奈美の火照るような気持ちが伝わってくるような感覚を感じていた。まるで、魂を結んでいる瑠水の心の熱を感じているのと同じように。

(これも、何か、瑠水の影響なのかな……?)

 拓矢はそう思って、左腕に寄り添う瑠水の方を見た。

 瑠水が気付いて拓矢の顔を見上げ、蕩けるような笑みを浮かべる。するとそれに対抗するように右腕の奈美がぎゅっと力を込めて抱きついてくる。それで奈美の方を向けば奈美は瞳を潤ませて顔を赤く染め、今度は瑠水が再び対岸でそっと腕に絡める力を強くする。

 まるで両腕に燃える花を抱えているようで、拓矢はほとほと対応に困った。

 ちなみに、実際には二人に奪い合われている拓矢だったが、瑠水は一般の人間には姿が見えないため、傍から見れば奈美だけがかなり激しく拓矢の腕に抱きついている、という絵面である。そして奈美は瑠水と張り合っているという意識から周囲にまで意識が回らず、結果世間にはかなり積極的な女の子とその積極さに困っている男、というように映っていたのだった。


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