第35話 トラヴィスの宿敵

 トラヴィスとルイーズは過疎化した繁華街を抜け、西方の防壁へと向かう。


「オレのいた町は防壁とは別に、物理的なバリケードを張っていたな……」


「ボクのいた所は緊急用の食料確保のために、家畜と野菜を育ててたでヨ」


「なるほど……、もしバグで供給が絶たれた時にためにか!」

 お互いに自分の滞在していた町について、それぞれ意見交換をしているようだ。


 現在、新規で加入したふたりはエリュトロスの町を下見している最中である。


「住人の防衛意識は低いが、治安がかなり良いのは彼のおかげだろうな……」

 保安官であるフレッドの功績こうせきをしっかり称えるトラヴィス。リーダーとしての資質がフレッドに十分あると認識しての事だろう。


「フレディすっごい熱血バカっぽいよねー……、勘は鋭い方だと思うケド」

 逆にルイーズは少し辛辣しんらつ気味に、フレッドを評価している感じである。


「あの客が本当にスパイなら……今頃は自白させているかもしれないが……」


 ルイーズは憂鬱な顔をし、先ほど彼女の眼前で起きた爆発騒ぎを思い起こす。

「トラトラの仲間も操られたのなら、ボクも死んだら兵隊にされちゃうのか……」


 ゲーム内で死ぬだけならともかく、リスポーンできずに自分の身体を悪用されたのでは、いわゆる傷口に塩を塗られるというものだ。

 そして、仲間を利用された苛立いらだちが、トラヴィスの腹の底で憎しみの渦を巻く。


「仲間は必ずオレが解放してみせる……、キミも死なせたりしないさ……!」

 しかし、それ以上に彼をき動かすのは、負の感情を超えた使命感である。


 それを聞いたルイーズは少し照れくさそうに、人差し指で鼻の下をこすった。

「キミって結構くさいセリフ平気で言っちゃう系だよね、別に嫌いじゃないケド」

「うっ…………すまないな」


 フレッドとトラヴィスの相似している点は、何よりも清々しい性格だという事。

 ただ、楽天家で能天気なフレッドを陽とするなら、冷静沈着で内向的なトラヴィスは陰寄りといったところだろうか。


「おやっ、見ない顔だけど新入りさんかい?」

「あぁ、この角材はオレが運こぼう……」

 トラヴィス達は民間人に挨拶をしながら、この町の地形を飲み込んでおく。

 

 この世界では曇り以外の天候はない。それは雨が降らないという事で――、住処すみかに屋根が無くても、崩れかかっても、野ざらしにされる心配はいらない事となる。


「見栄えって大事だからねー、ゲームだからこそ人が住みやすくしなきゃネ!」

 

 それでもエリュトロスの民度を維持するために、やはり家は修繕することが大事であるとルイーズも考えているようだ。


「フゥ……、人手がいくらあっても足らないな……」

「ボクなにか飲み物もらってくるおー……!」

 連日戦った所労のためか、せわしく息遣いするトラヴィスを思いやるルイーズ。


 自分たちの町を追いやられても、新たなスタートを切ろうとする二人。だが――――……。


「よぉ……トラヴィス! さっきの可愛い子は彼女か……?」


――――平穏に暮らそうとする町に、さらなる悪意が深淵から手を伸ばしていた。


「ウィリアム……? ウィリアム・アイボリーかッ!?」

 

 トラヴィスの眼前に現れた男は30前後の年齢で、がっしりとした体格に、金髪は赤色のメッシュがかかっていて、サイドを刈り上げた白人だった。そして、荒々しい足取りでのっしのっしと彼のそばまで歩み寄っていく。


「2週間ぶりだな……、オーティスの件は聞いたぜ? お前も大変だったなぁ」

 トラヴィスは不用意に近寄ってきたウィルアムに対して、必然的に身構える。


「オレに……何の用だ?」


 なぜならば、この二人はかつてオーティスの町を守るべく、リーダーの座をかけて争い合った仲であるからに他ならない。挙げ句の果てに、このウィリアムという男は狼藉ろうぜきを働きオーティスの町から追放されているのだ。


「まぁ……なんだ、救済しに来てやったんだよ。この平和ボケした町をな」


「…………お前が……改心したとは思えない」


 そこに戻ってきたルイーズが血相を変えて、オレンジジュースの入った紙コップを落として慌てふためく。

「ああッ! ソイツ! そいつが〈デスイレイサー〉のボスだよ、トラトラ!!」


 ルイーズは右手にハンドガンを取り出し、発砲できないのを分かりつつも銃口をウィリアムに向ける。これは、今し方のフレッドと同じ思考だと見ていいだろう。


「パペット・マスターと名乗る男と通じているな? 何を企んでいるんだ!?」

 トラヴィスもルイーズに合わせて、ウィリアムに日本刀の抜き身をさらす。


「……これから数時間後に襲撃がある。そんな訳だからよ……、この町に無条件降伏を勧めに来てやったって訳だぜ? ドゥーユーアンダァ~スターン!? 」


「ふざけるなッ! ボクはオマエに殺されるとこだったんだゾ……!!」

 普段はダウナー気味の彼女も怒りをあらわにして、ウィリアムに突っかかる。

「わざわざ乗り込んで来て忠告までしてやったのによぉ、礼の一つもなしかい?」


「……襲撃といったな? 人海戦術でこの町を乗っ取ろうとでもいう事か!?」

 

 餓えたトラが獲物を求めるように、ウィリアムはそのデカい図体を前かがみにしてトラヴィスと目線を合わせ、敵意をむきだしにしている彼の目をのぞき込む。

 

「クックックッ……、パペット・マスターの力を甘く見ない方がいいぜ? すでに7~8か所の市町を占領して戦力も増大しているからなぁ……」


「ここも同じように……、略奪する腹積もりという訳か……?」

 はらわたの煮え返るような怒りに駆られ、トラヴィスは日本刀を投げ捨てた。


「トラトラー!?」

 ウィリアムの強く張った頬骨ほおばねを思いっきり右ストレートでぶっ飛ばす。面食らったウィリアムもトラヴィスの心理を見透かし、狡猾こうかつな笑いを見せながら反撃した。

「オマエは見た目に反して短気な性格だよなぁ……、トラヴィス!!」


 あろうことか泥臭い殴り合いが勃発ぼっぱつしてしまったのだ。男同士の私怨の混合する戦いに、ルイーズもこれには手が出せずにただまごまごするだけであった。


「うおおおぉーッ!!」

 逆上したトラヴィスは恐れることなくウィリアムと相対する。しかし、両者の体格差がモノを言い強襲した甲斐かいもなく、結局は返り討ちにされてしまう。


「オラァ! どうした……さっきまでの威勢はよォ!?」


 さすがに周囲でその様子をながめていた見物人達が、その喧嘩を止めに入ろうとする。しかしウィリアムの側近らしき3人がにらみを利かし、それを強引にはばむ。


「ズルいぞッ! 部下を引き連れてくるなんて!!」

 ルイーズは歯を食いしばりウィリアム達にヤジを飛ばす。そして、トラヴィスの傷ついた体を心配し、彼に近寄り手持ちの包帯を巻き始める。


「ハッ……わかってねぇな! ズルをしてるのはコイツの方なんだよ!!」

 ウィリアムはごつごつした右手の人差し指を、弱っているトラヴィスに向ける。


「……こいつは倒してもいないアンデッドの能力を吸収してやがった。最初期の時点で不死物危険度B+だぞ!? 不正したに決まってんだろッ!!」

 弓のように体を反らせて、偉そうにふんぞり返るウィリアム。


「お前は薄汚いNPCなんだよ……、そうだろ? トラヴィス・レイカー!!」







 

 





 



 


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