第34話 追撃の巨人

 小太りの青年が背を丸めた後ろ姿で、ラーメンを食べ終え店を出た。


「店主……、今の客って……戦車の砲身にくくり付けられてた人ですよね?」


「そういえば……彼がこの町に来たのは、つい最近みたいですねぇ……。数分前に、お役所の人に住民登録を頼まれてましたから」


 周防の返答を受けたフレッドに電流が走り、脳天まで流れ込んでいく。

「今の客は……、まさかッ!?」


 目の色を変えたフレッドは途中で食事をなげだし、一目散に店を飛び出す。


「フレディー! ……急にどうしたのさッ!?」

「フレッドさん、わたくしもお供しますわッ!」

 ダフネも長い髪をかき上げて、フレッドの後ろに走ってついていく。店に残されたトラヴィスとルイーズは顔を見合わせ、しばし茫然ぼうぜんとしたのち、二人で退席する。



 その男のわき腹は寸胴にふくらんでおり、青紫色のパーカーを着て、すそが擦り切れて白い糸がほつれているジーパンを履いていた。


「さっきのお客に……スパイ疑惑があるということですかッ?」


「民間人を人質にとり、解放させたと見せ掛けて、実は救出された中に『内通者』を潜り込ませる。……テロリストがよくやる手口さ!」

 保安官としてやしなわれた直感が、磐石ばんじゃくの自信を持って揺るがない。


「あいつッ! あの黒い車に乗り込んだぞ!?」

 小太りの青年は、オフロード用にカスタマイズされた屈強なBMWに搭乗した。

「このままでは逃げられてしまいますわッ!」


 フレッドは正面に置いてあった、赤いバイクに勢いよくまたがる。

「よしッ、鍵が付いている。ダフネちゃんも早く後ろに!」


 ダフネはフレッドの背中に胸を密着させて、両腕をまわしダンデムする。そして、彼女から漂う薔薇ばらのめくるめくあわい香りが、フレッドをその色気に誘い込む。

(……おほーっ、おっぱいの感触が伝わってくるー!!)


 煩悩とのせめぎ合いを理性で抑え、フレッドはそのバイクで内通者を追う。


 町の中を漂う霧はとても薄いが、遠くを見渡すとなると障害になってくる。

「しっかりつかまってろよッ、ダフネちゃん!!」

 急カーブに差し掛かったところで、思いっきりハンドルを切るフレッド。すると、リアタイヤが激しく摩擦まさつされ、円を描くように車体がスライドし曲がった。


「キャアーッ! あっ…………運転お上手なんですね……」

 旋回したバイクは滑りながらもスピードを殺さずに、目標の車を追い詰める。


「……どうやって車を止めるのですかッ!?」

「ヘッヘヘ……要は防壁内じゃ致命傷を与える武器が使えないってことでしょ?」


 なんと、フレッドは胸元のポケットから取り出した『閃光手榴弾』を追跡中の車の真ん前に投げつけた。これは、ルイーズが昼間のライノストーカー戦で使用した特別製のフラッシュ・バンと同一のモノだ。


「ダフネちゃん目を閉じて!!」


――――強烈な光りが逃走する相手の視野を真っ白にさえぎり、その目をくらまし眼界を奪う。そして、撹乱かくらんされた内通者とBMWは道路からはみ出し木に衝突した。


「こんな小型の閃光弾なんて、ゲームならではのご都合主義だよな~」


「セーフティエリア内で網膜もうまくを狙うなんて、まさに盲点でしたわ……」

 バイクを降りたダフネは目から鱗が落ちる思いをする。


「車はお釈迦になっても、運転手は無事のはずだぜ? ……出て来いよ内通者!」

 ひょっこり顔を出した小太りの青年は、衣服が破れていたが外傷はなさそうだ。


「お前は〈パペット・マスター〉の命令で、スパイしていたんだな?」


(もしかすると、アップルさんが不在だと敵にバレているかもしれませんね……)

 フレッドとダフネは左右から二手に分かれて、内通者に少しずつにじり寄る。


「あんたら……このままだと町が壊滅するって理解できねぇのか……?」

 逃走する意思を失っている様子の内通者が、ぎこちない口調でしゃべり出す。


「壊滅……? 防壁を消してアンデッドをけしかけるって事を言ってるのか?」

 フレッドはホルスターからハンドガンを取り出し、敢えてその小太りの青年に銃を構える。相手に威圧感を与えるだけでも十分との判断なのだろう。


「…………良いことを教えてやる。町の防壁を壊しまわったNPCはな、偶然の産物で作られたイレギュラーなんだよ。パペット・マスターの制御下じゃなかったのさ」 

「じゃあ……ネクロ・キメラの正体は突然変異した非プレイヤーなのか!?」

 内心ほっとするフレッドであったが、厳重に内通者を問い詰める。


「パペット・マスターはどうやって、そんな能力を得る事が出来たんだ?」


「……噂だと『管理者』をひとり拉致しているらしい。俺も……無理やりこんな事をさせられているんだ……逆らったりしたら、死ぬより恐ろしい目に合わされる」


 その男の全身からは汗が吹き出し、恐怖心のあまり固く眼を閉じていた。


「管理者……まさか『ゲームマスター』を捕縛しているという事ですかッ!?」

「そりゃねぇわ……、マジで反則じゃねーか……!」


 フレッドとダフネは濁流だくりゅうに飲み込まれたような焦燥感しょうそうかんにかられた。身近にいる『ナビゲーター』のせいで、その存在がどれほど万能かを実感しているからである。


「……アップルが確かめに戻ったのは、このことだったのか……」


――――その瞬間、黒いムチがその小太りの男に巻き付いた。同時にその男の肉体がきしみ、むちを放った白いコートを着た女性の方へ引きづられていく。


「おしゃべりが過ぎるわよ……、この駄犬がッ」


 その黒髪の長い女性はパペット・マスターのかたわらに居た『ヴェルナ』だった。

「なッ!? この女もスパイだっていうのか……?」

「フレッドさん!! みッ……、右をご覧くださいッ…………!」


 さらに大きな地鳴りと共に、鞭を打ったヴェルナの背後から9メートルある巨人が現れた。その風体は手先の爪が伸び、裸足ではあったが人間そのものであった。


「馬鹿なッ…………!? ここはまだ防壁の内側なんだぞ?!?」

 バリアが顕在けんざいしている中で、まさかの化け物の襲来による切迫せっぱくした状況。


「フフッ、こいつは図体こそ規格外だが、れっきとした人間ベースのNPCだよ」


 ヴェルナが唐突に、怯えている小太りの青年を左指で示す。すると、彼女の後ろで待ち構えていた巨人が、内通者の身体を右手で鷲掴わしづかみ、自分の口元まで運ぶ。

「うわぁアアァーーー…………!!!」


 なんと間者であるはずのその男は、その巨人によって丸呑みにされてしまった。


「こいつは新作のオートマトン12号さ。特技は『大食い』……驚いたかい?」

 ヴェルナはその巨人の左の掌の上に乗り、仰天ぎょうてんしているフレッド達を見下ろす。


「まずいッ、ダフネちゃん! 早くバイクに乗るんだ!!」

 危険を察知したフレッドは赤いバイクで、その場からの逃走を図る。


「殺さずに済むなら、いくらでも抜け道があるって事さね! 覚悟しなッ!!」


 ここからバリアが張ってる境界線まで約850メートル。追うものと追われるもの――、バイクと巨人による前代未聞のチェイスが始まったのである。


「ド畜生ーッ! 防壁内じゃあんな化け物に勝てる訳ないじゃねぇーか!!」


 窮地きゅうちおちいるものの、ダフネは冷静にふところから丸い眼鏡を取り出す。

「やはり〈寄宿者〉、レベルは31で……名前はヴェルナ・ロウズ……!」

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