第105話 数年後の日常

 数年の刻が過ぎていった。


 相も変わらずソフィーは若々しいまま、一度リセットをしたので更に若返ってさえいる。

 呪いの打開策は未だに見つかっていない。


 風花は五歳となり、サラも四歳となった。

 今は魔女の修行とやらで、城の周囲を元気に走り回っている。前庭・裏庭を問わず、周囲の林の中までもが彼女たちの遊び場であるようだ。

 綺麗に伸ばした髪が揺れている。風花は銀髪で、サラは金髪だ。

 ソフィーの銀髪は後天的な要素に依るもの、幼い頃のような美しい金髪はサラが受け継いでくれた。風花が今のソフィーと同様に銀髪であるため、羨んでいるのだという話をお豊から聞かされてもいる。


 他の住人にも従者にも特に変わりはない。ウサオもなんだかんだとまだ生き続けているしな。

 変わったのは俺の肉体くらいなものだろう。

 近い内に死ぬということはなさそうだが、かなり痩せて衰弱しているのがわかる。

 週一か週二程度にしか動かず、眠るだけの肉体だ。流れた時を鑑みれば、衰弱したという事実にも頷けてしまう。

 あれだけ肉体の維持に固執した俺自身とは思えない程に、あっさりと現実を受け入れることが出来た。残念だが仕方がないのだ。

 ひとつだけ、本当に一つだけ惜しむとすれば、男児を産みたいというソフィーの願いを成就できそうにないことだろうか。


「何をしておられる?」

「おまえか、スカル」

 頭蓋骨のような名は骨馬の名前だ。このスカル、ここへ来て一年ほど経過した後にいきなり喋るようになった。なんでもその一年間で言語を学習していたらしい。

 賢いのだろうとは考えていたが、まさかそこまでとはね。どことも知れぬ宇宙を漂っていただけの奴が地球の、日本語を解していることの異常性には目を見張らざるを得ない。そして今のこいつの姿を見れば、その異常性が更に増すことになる。

 人間の姿をしている。はっきり言えば、今の俺よりもずっと人間らしい姿をしている。勿論透けてなどいないし、服も着用している。

 叡智のおっさんの話では、地球に現存する魔術の形態とは異なる方式で実現されたものらしい。そこに事実がある、なら受け入れるしかあるまい。

 俺はそれこそがソフィーの呪いを解く鍵であると見出した。スカルではなく、地球に魔術の基礎を齎したであろう高次生命体。そいつに会う必要があるのだと。



「何もしてはいない、ただボーっとしているのさ」

「兄者は暇なのだな」

 俺のことを兄と呼ぶ。どう考えてもお前の方が年上だろうに!

 暇を持て余した円四郎と文字通り馬が合い、そこから学習したのだと思われる言葉遣い。

 渋いおっさんの姿をしたスカルは、本人曰く二億年以上は生きているらしい。時間という概念を今まで持っていなかった為に、詳しいことはわからないそうだがその年数がおかしすぎる。

 アーリマンが言うには地球の奴も同じような歳月を生き続けているそうな。


「お前だって暇だろ」

「兄者ほどではない」

 こいつの生活スタイルはかなり変わった、今では人間のように城で暮らしている。

 時々ここに戻り、元の骨馬の姿で昼寝をしていることはあるけども。

 そして何より、言葉を覚えたスカルはよく喋るようになった。口の減らない奴だ。


「スカル、ご飯だって」

「お父さんはご飯食べれないでしょ?」

 娘たちが呼びに来る。俺はついでか? 最近蔑ろにされている気がするよ。

「ウサオも一緒に行くよ」

 俺が抱き上げると暴れる癖に、娘たちが抱くと大人しいウサオ。酷くない?


「風花ちゃん、僕もお邪魔して良いかな?」

 おまえ、どこから湧いた? 爽太。

「出来れば、拙者も」

「お豊さん、おじちゃんたちの分を用意してないよ?」

「そうだよ、薫さんに怒られるよ?」

 旧鈴木さんこと薫はあの後、すぐに落ち着きを取り戻した。今では円四郎一門を支える立派な従者である。

「薫さん、螭お姉ちゃんと喧嘩しているから今は……」

「拙者も帰りとうない」

「総菜でも買って来させるか、とりあえず行くぞ」

 螭もまた変わらない。まあ、神だからなあれでも。


「マーマ、私がお買い物に行く」

「風花、偉いわね。でも一人ではダメよ、誰か大人を連れて行きなさい」

 最近は物騒だからな、近所とはいえ独り歩きさせる訳にもいかないか。

「スカルと行くー」

「お父さんとスカルは駄目なの、残念でした」

 俺とスカルは地上に降りられない。俺は何が起こるか予想できないからであり、スカルの場合は地球が他の高次生命体の縄張りだからだ。

「拙者しか居らぬな」

「おじちゃん、お酒の所から動かなくなるから嫌だー」

「あたしが行くさね」

「行こう、サラ、お豊さん」

 ぷっ、円四郎の奴、フラれてやんの。

 子供たちだけでは転移扉は動作しないように改良した。勝手に遊びに行かれても困るので、安全の為に改善したのだ。

「荷物持ちだ、爽太。行ってこい」

 爽太の器は休眠明け毎に創り変えてある。疑似的にだが円四郎の幼少期から成長しているように見せ掛けてあるのだ。

 総菜を買いに行くスーパーには、爽太の母親の姿がある。爽太本人の姿でないなら会わせてやることも出来る。何かあってもいいように、半自立型の分体を付けておく。


「円四郎、酒が呑みたいのか?」

「いや、今はいい」

 柄にもなくショックを受けている。

「数日前にこっそり実家から持ち出した俺のコレクションがあるんだが……」

「これくしょん?」

「ちょっとあなた、また勝手にお家に行ったのですか?」

 円四郎のノリが悪いからソフィーに勘付かれたじゃないか。

 父は仕事と遊びで忙しく、家では食って寝るだけ。故に俺が生活していた名残がまだ残っていた。

「まあ、そう怒るなよ。元々、俺のもんなんだから」

「行くなとは申しませんから、事前に報告をしてください」

 何をそんなに気にしているのか、わからんな。

「それでその酒は?」

「ああ、ちょっと待て。……これだ。これはもう生産してないヤツでな、新樽で熟成させたコニャックなんだが、これがまた美味いんだよ」

 ソフィーがいつかやったように、何もない空間に手を突っ込み一本の酒を取り出す。俺は今のこの姿では飲むことは適わないのだが、少しくらいなら分けるのも吝かではない。

「私にも」

 サラが育った以上授乳する子供もいない為、ソフィーも酒が飲める。

「これはまた芳醇な」

「ブランデーにしては辛いですね」

 かなりの辛口なのでショットグラスで供している。普通のブランデーとは趣が異ななり、ウイスキーに近い味と香りを持つからだ。

 コルクの栓をきっちりと閉めたから空間へと戻しつつ、他の酒を取り出した。この空間は勝手に飲まれないための俺専用の貯蔵庫なのだ。

「お替りを」

「拙者ももう一杯」

「あれは一杯しかやらんぞ。これはあと数本あるし、気軽に手に入るだろうから、これを飲め」

 渡したのはモルト。決して安くはないが、ソフィーなら簡単に手に入れられるだろう代物。

 昼飯時だというのに、酒しか飲んでない。皆一緒に食事を摂る為に、子供たちの帰りを待っているのだ。

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