第78話 保護
「保護するとはいっても、それだけで済む話ではないのだろう?」
従者に世界に管理を丸投げしているとはいえ、そこの溢れる思念や残滓は従者では手に負えないはず。
「はい、こちらへと通えるようにしていただければ幸いでございます」
「通うのか? 保護と意味合いでは矛盾するだろ」
「はい、それは重々承知しております。ただ、緊急的に避難できる場所があるというだけでも安心なのです」
確かにうちは他者に介入されるほど緩いセキュリティーではない。アーリマンには浸食されつつあるが、あれは一応許可を与えたものだ。
「世界を創れるほどの神なのだから、転移くらい容易いはず。幾らでも通えるし、避難も可能だろうよ」
「大変申し上げにくい事なのですが、主は真なる神の力の使い方をも封印しておりまして……」
「教えろということか、構わんよ」
円四郎に教えていることとそう変わらない、生徒が一人増えるだけのことだ。
「しかし、どうやって保護するつもりだ?」
転移が出来ない相手なら、拉致するという手もある。だが、それをやると感情的には最悪だろう。
「私共で用意したカバーストーリーを演じていただきたく思います。
こちらの方で話を通しますので、口裏を合わせてもらえれば結構です」
騙すのか、とんだ詐欺師集団だな。俺も含まれるのは言うまでもないが。
「引き受けると言ったろ。そのくらい付き合うさ」
さて、こいつらがどんなカバーストーリーをでっち上げるのか楽しみだ。
「それと一つ訊いておきたい。避難するとはいえ、迫害されているという状況は悪化する一方だと思うのだ?」
「それはとても難しいお話しでござます。
干渉している者が人間であるならば、口を封じてしまえば済む話ではあります。ですが、相手が神となるとそうもいきません」
「神は生物ではないから、排除できんということか」
生きてすらいないから殺しようがない、か。
「まずは避難されることを第一の目標と定めております。その上で、神の力の扱い方をご教授願えれば」
こいつらの策では何の解決にもならない。しかし俺が答えを持っている訳ではない以上、何が言えるということも無い。
何か良い案はないものかと、おっさんを見たが何も考えていないようだった。
「しっかりとした計画があるようだな。ならば、それに従うとするよ」
打開策がない以上、従者たちの導き出した方法を執るより他ない。
「それでは主の元へご案内いたします。
主は現状、田や池に住むような名も無き小さな水神として過ごしています。
また私たちも紛いものに偽装している状態にあります」
人間の存在しない神の国らしいから、そんなものなのかもしれない。
「それじゃあ、精神体のままに見えるそれは器なのか」
「器と謂うよりは、この世界の理により維持されていると表現した方がよろしいかもしれませんね」
まだ俺の知らないやり方があるのだろう。おっさんがここへ俺を誘った以上、学べという意図があるのかも。
「そんなことが出来る神なら、結構な力を有してるのだろうな」
「いえ、欲望の神やまして王とは比べるのも烏滸がましい限りでございます」
「まあ、そう言うな。俺は未だ神の一年生に過ぎん、色々と足らん部分がある。
お前たちの主はその名からして、かなり古い神のように思えるのだが」
「発生は私共も存じておりませんが、知る限りで三千年ほど前には存在しておりました」
途方もないな、理解の範疇を越えている。アーリマンと良い勝負か?
「あちらにございます。では、ご協力をお願いいたします」
俺を案内している従者が指し示す先では、実体を持たない薄く透けた女性と人間にしか見えない女性が仲良く歓談している。
「あれは人間だよな」
「はい、いつも主と仲良くなさっています」
「俺の所に避難させたら、暫くは訓練漬けだ。姿が見えんと不審がるのではないか?」
些細なことだが、放置する訳にもいかないだろう。
「彼女は外から雇い入れている者達の一人ですので、一緒に連れていかれても問題はありません。こちらで諸問題は対処可能です」
「連れて行けと? いや、本人が認めるのなら構わないが……、誘拐という訳にはいかんからな」
いきなり方針を捻じ曲げるとは、随分と遊びのある策を用意したものだ。
「ミズチ、ここに居たのですね」
従者は合図もなく特攻していってしまった。俺とおっさんは対応に困り、その場に立ち尽くす。
それにミズチね、確かに田んぼや用水に潜んでそうな名ではある。
「これは弁天様、ご無沙汰しております」
「弁天、何しに来た? オレはちゃんと仕事してるぞ」
随分とまあ男勝りな喋り方だ。
そしてあの女性、完全に神を認識している。ということは、俺達をも認識し得るということになる。
「真面目に働くのは非常に素晴らしいですが、今日はお客様をお連れしたのです」
さてと、どのように話を持っていくのか拝見させてもらおう。
「あの後ろに控えている男たち、神なのか?」
「とても強大な神です。外から態々お越しいただいたのです、あなたの為に」
騙すというより、そのまま説明しているだけじゃないか、これ。
「そんな風には見えないけどな」
「駄目だよミズチ、人を見掛けで判断しちゃって神だけど」
「でもよー、ヒナ。普通のおっさんにしか見えないぞ」
どちらも年齢的には十代後半から二十代前半といった感じ。若干失礼な科白が聞こえたがスルーだ、スルー。
「それであの方たちがミズチのお客さんというのは?」
「そう、それですよヒナさんは話が早くて助かります。
実はここだけの話なのですが、ミズチのお父様でいらっしゃいます」
は? おい! 言うに事欠いて父親だと?
口裏を合わせろとはこういうことか、大嘘じゃねえか! 騙されたのは俺の方だ。
「でも、お二方いらっしゃいますよね?」
「はい、手前にいらっしゃる若い方の方です」
俺とおっさんの二体が居るが、従者は俺を差して答えている。完全に父親役になってしまった。
おかしいだろ、数千年前から存在する神の父親が俺なんて……。
端の方で隠れるようにしていた残る二名の従者を睨む。彼らは目を逸らし、こちらを見ようともしない。
「あれがオレの親父なのか? 強大って何の神なんだ?」
「お父様はただでさえ強力な欲望の神、しかもその王なのです」
王の話って秘密にされているんじゃないの? それともただの誇大妄想として放置されているだけなのか。おっさんが黙っているので、問題は無いのだろう。
「神様にも王なんてものがあるんですね」
「お隣にいらっしゃる方は叡智の王、世界に三方しか存在しない王のお二方にお越しいただけているのです」
この従者、古い神付きだけあってよく知ってんな。王の存在自体、眉唾だと思っている連中の方が多いらしいのに。
「なんで今頃、現れたんだ?」
「あなたを迎えにいらしたのですよ。神としての力の使い方を伝授するために」
少し強引過ぎやしないか? こじつけも良いところだろ。
「でもよー、オレ水神だぜ。欲望の神から水神なんか生まれんのか?」
「そんなこと私は知りませんよ、お父様に訊いてください」
ボロが出そうになって、俺に丸投げしやがった。
他の従者共はまだ目を逸らしたまま。こいつらには後でお仕置きが必要だな。
「迎えに来たってんなら、行くけどよ。ヒナにはしばらく会えなくなるよな」
「でもほら、お父さんだよ。会いたかったんじゃないの?」
「いや、別に」
そりゃそうだろ、ミズチも極めて疑わしいと睨んでいるはず。しかも事実、大嘘でしかない。
「大丈夫です。ヒナさんもご一緒して良いと伺っていますから、我が社の福利厚生の一環だと考えてください」
こいつ、とことん投げてくる奴だな。
「でも、どの位の期間が必要か分からない訳ですよね」
「そんなことは気にしなくても結構ですよ。旅行ではなく、研修ということにしておきますからね」
「研修ならお給料は出るんですね? それなら行きます、行かせてください」
ああ、なんと現金な娘なんだろう。神ですら生活にお金が掛かるのだ、人間なら猶更か。
「ヒナ、ノリノリだね。ヒナが良いならオレは行くよ」
「そうですか、それは良かった。お父様の面子を潰すことがなく、何よりです」
上手い事纏めたつもりだろうがそうはいくか、お前ら覚悟しておけよ。
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