第46話 プレゼント
あの話し合いから十日ほど過ぎただろうか、夫婦の営み的な話も一段落といったところだ。
俺は再びフヨフヨ生活へと戻り、肉体は寝たきりの生活へと戻って行った。
やはり俺の精神と肉体の齟齬はそうそう埋まるものでは無く、半日以上眠っている日もあったのだ。どちらかといえば、齟齬が大きくなっているような気もする。
ソフィーは渋ったが、俺は分離生活を選んだ。今まで通り、週一で肉体に戻ることには変わらないのだがね。
そんなある日のこと、俺は訓練として物質の固定化と消去を繰り返していた。そこに先ぱいからの念話が飛んでくる。
『例のアレに連絡がついたわ』
『想像していたより早かったな、百年くらい掛かるかと思ったぜ』
『そんな訳ないでしょう。これでも急いだのだからね』
『で、いつ会える?』
『最短でオリジナル時間での明後日、それ以降はわからないわ』
『オリジナル? なんだそれ?』
『神の創った世界は時間がグチャグチャなのよ、だから地球の時間ということね』
『あー、そういうこと。なら最短で頼むよ』
『そういう風に打ち合わせているわ。時間は私が把握しているから、あなたはいつも通りでいいわ』
『自慢じゃないが時間の感覚は殆ど無いからな、お願いするよ』
冗談ではなく本当に早い対応で助かる、百年とは言わずも数年掛かるのかと思ってはいたのだ。
これで道が開ければ幸いなのだが、ね。
それにしても、オリジナル時間ね。懐中時計のひとつでも買っておくか、その程度の大きさなら保持ておいても問題あるまい。
この世界の時間を細かく把握するのは無理だ、明るいか暗いかで判断するしか無い。せめて地球の時間くらい押えておこう。
傍らに居るソフィーに声を掛ける、ソフィーは何かの本を読んでいるようだ。
「ソフィー、デート行くか?」
「はい! 喜んでお供します」
硬いなー、もう少し砕けてもいいと思うんだけどな。
デートという言葉で誘ったが、時計買いに行くだけなんだよね。それだけってのも可哀そうだよな…、声を掛けてからどこにいくか迷う。
まあいいか、甘いものでも食わせておけば何とかなるだろう。俺が考えあぐねている間に彼女は着替えを済ませていたようだ。
「それじゃ行くか」
「はい」
彼女は俺に身を重ねる、例え話ではなく俺の精神体を頭から被ったような姿だ。ここ最近の彼女のブームらしい。
暗転すると次の瞬間、繁華街の裏路地、しかも更に暗い建物の陰に出た。俺だけならどこにでも出られるけど、ソフィーを連れているのでいきなり現れたら一大事だ。
ここから表通りに出れば百貨店がある、そこで買い物をしつつ、ソフィーを愉しませてやれれば文句なしだ。道を示しながら彼女と共に歩みを進めていく。
百貨店に着いて正面から入っていく、入り口付近はやはり女性をターゲットにしている商品が多いよな。ソフィーを適当に遊ばせよう。
しかし、あれだよね。女の子がこういった店で商品を物色している時間って暇だ、暇で暇でしょうがない。
小物を手に取っては色がどうとか、デザインがイマイチとか、何でもいいよと言いたくなるのけど言わない、絶対に言えない。
ここは心を広く持ち、彼女の笑顔で癒される時間にしよう。今の俺は『心』そのものなんだけどなー。
かなりの時間を浪費しただろうか、俺には正直わからない。ソフィーは何かを買ったのか、小さな包みを持っていた。
エレベーターにの乗る、俺は別に乗らなくてもどこにでも行けるけど、置いて行くと彼女が拗ねそうなので一緒に行く。というより、彼女が居ないと買い物が出来ないのだ。
目的の宝飾品の階で降りる。俺は時計さえ買えれば良いのだが、宝飾品も並んでいるから恐らく彼女の目を引くだろう。諦めにも似た感情が湧いてきた。
「ちょっと懐中時計が欲しくてな、適当に眺めてみるよ」
「私も一緒に見て廻りますね」
傍目には一人なのだが、二人で色々と見て廻る。凛とした北欧系の美女がブツブツと独り言を日本語で呟きながら、練り歩く姿は奇妙に映ることだろう。
もし俺がこの光景を目撃したら絶対に近寄らない、遠巻きに観察するかもしれない。
流石に宝飾品の階なので高そうな装飾の施されたものばかりだ、質実なのは腕時計ばっかりで懐中時計だと難しいのか…。
ぐるぐると見廻りやっとのことで見付ける、リューズ巻きで日付も付いた懐中時計を。だが、問題が発生した俺のお財布ではとても買えない。
俺のお財布の中身の優に三倍はする、ショーケースの前で愕然と固まる俺を見兼ねたのかソフィーが口を開いた。
「私から旦那様へのプレゼントにしますね」
「…いや、だがなあ」
「私は旦那様から素敵な指輪を頂きました、これはお返しです」
「まてまてまて、その指輪は俺の結晶でタダだぞ?」
「だからこそ、世界にたった一つだけの大切なものです」
時計は流石に構造とか複雑すぎて創れないんだよな…、ちがうちがう逃避するな俺。
「ありがとう、甘えさせて貰うよ」
「はい」
やられた、この笑顔には勝てない。
ソフィーはそう言うと店員を捕まえて会計に向かっていった。俺は呆然と彼女の後姿を眺めながら立ち尽くした。浮いてるんだけど。
この流れはマズい非常にマズい、住居は居候で生活費は嫁持ちとくれば、ヒモまっしぐらだ。
なんとか生計を立てる手を考えねば!神になっても金を稼がねばならないとは…。
俺が今後の方針に金銭を稼ぐことを盛り込んでいる間に、ソフィーは会計を済ませて戻って来た。
「お待たせしました、屋敷に戻るまで私が持っておきますね」
「あ、ああ、ありがとう。そうだソフィー、何か軽く食べていきなよ」
礼を述べながら、咄嗟に気を利かせてみる。
「私一人でですか?」
「うん、俺、お前の食べている姿見るの好きなんだよ。だから甘いものでもどうかな?」
これは嘘偽りのない言葉だ、彼女の食事風景は本当に好きなのだ。変質的?
「本当に良いのですね、それでは一人で美味しいもの食べちゃいますよ」
彼女は顔を赤く染めながらも、ウキウキしているように見える。俺の気まずさも少しだが落ち着いてきた。
俺は大きく頷く素振りをして、彼女の言葉を肯定してあげた。
彼女は歩き出す、てっきりこの階にあるカフェにでも入るのかと思いきや、エレベーターに乗って地下で降りた。
「旦那様が見ているとはいえ、一人で食べても美味しくありません。お土産に買って帰りましょう」
たまに一人で旨いもの見付けるのも面白いと思うのだが、彼女が望むのなら聞かぬわけにはいくまい。
結局彼女はケーキや団子などをこれでもかと買い漁り、それを持って帰ることにしたらしい。
彼女に促され人通りの少ない場所へ移動し、屋敷へと転移した。いつもの応接室だ。
一度隣の部屋に他の荷物を置き、食堂へ向かう。食堂にはリタちゃんとお豊が居た、先ぱいは風呂か?
「お土産を買ってきましたよ、お茶にしませんか?」
ソフィーの掛け声で従者二人組は歓声を上げ、ティータイムに突入するようだ。
俺も甘いもの好きなんだが、寝て起きた時にはもう残ってはいないだろう。悔しいが我慢しよう。
お豊は初めて目にする洋菓子に夢中だ、リタちゃんとソフィーは団子などの和菓子を中心に貪っている、減っていくペースが早い。
「あーっと、お前ら先ぱい呼ばなくていいのか?」
「良いんですよ、大好きなお風呂を堪能しているんです、邪魔したら悪いじゃないですか」
「リタそれ従者として大丈夫なのかい?」
お豊と同じように俺も心配になった。
「もうだいぶ減ってしまいましたね。旦那様呼んであげてください」
やはりソフィーは優しいね、早く呼んでやるとしよう。
『おーい、早く食堂に来ないとリタが土産の菓子全部食っちまうぞ』
『なんですってー! 急いで戻るから止めておきなさい』
十秒と掛からず、転移でやってきた先ぱい。
「ちぃ、もう戻ってきたのですか」
今、舌打ちしなかったかコイツ。
「ソフィーリア、お土産ありがとう。私もいただくわ、リタお茶」
この主従の遣り取りは毎回こんなもんなのか? 嫌々お茶の用意をするリタちゃんを横目に菓子を物色する先ぱい。
「まだたくさんありますから、仲良く食べましょう」
以前リタちゃんを天使かと思ったが勘違いだったようだ、ソフィーこそ天使だな。
「ちょっとそのもんぶらん? あたしのだよ」
「いいじゃない一個くらい」
この騒ぎはいつまで続くのだろう、俺はウサオと並んで様子を見守ることにした。
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