第30話 おっさんと少女

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 子供が何か言っている。ごめんよ、少し考え事をしていたんだ。


『どうした?何かあったのか』婆さんから対象を切替える。

『お兄ちゃん、帰れなくて困ってるの?』

 こんな子供にまで心配を掛けていることに、苦笑が漏れた。

『あぁ暫くは帰れそうにないな』

 残滓がもう少し収束するまではここで待機だな、話せる人間がいるってだけで寂しくないしな。

『じゃあ、帰れるようになるまでお話してくれる?』

『ああいいよ、いっぱいお話しようか』

 昔から子供と動物には好かれるんだよな、俺。


『それじゃあ、悪いがこの辺でプラプラさせてもらうことになる』

 婆さんに切替えて、話を通しておく。

『わかりました。家の方でなくてよろしいのですか?』

『構わんさ。こんな体だしな、何の問題もない。暫くよろしく頼む』

 婆さんは、とても柔らかい笑顔でお辞儀をした。俺の方がお辞儀したいよ、ありがとう。


 特に話すことも無くなった婆さんは、家に戻って行った。


 この少女、誰かに似てる気がするんだよな? 青い瞳が俺を見詰めてくる。

『お兄ちゃん、お話して』

 早速だな、おい。お兄ちゃんと呼ばれるのもだいぶ慣れたな…アンバーのお陰といったところか。

『どんなお話がいい?』

『お兄ちゃんのお話がいい!』


『俺の話か…そうだな、今から話すのはお伽噺だ。遥か未来のお伽噺、いいかい?』

 少女は、それはもう大きく頷いた。


『男はただ普通の人間だ、普通に暮らしているただの人間。

 ある日彼は、夢を見た。自分の寝姿を見つめる夢を見たんだ、所詮は夢だ。だから、気にしないことにした。

 しかし、現実はそうではなかった……………………』

 俺は、神になったことを受け入れた頃までの話を少女に語って聞かせた。

 なるべく他人事のように、少女の中で夢物語で済むように。



 少女は静かに話を聞いてくれた。

『お兄ちゃん、私みたいな人間から神様になっちゃったの?』

 早くもボロが出たようだ、慣れないことをするからだ。俺は目を細めて少女を見てから、小さく頷いた。

 少女は不思議そうに、首を左右に捻っている。いや~俺は今でも不思議なんだよ、なんで俺なの?ってね。


『さあ、もうかなり暗くなってきた。続きは明日にしようか』

 今度は少女が頷いた。ずっと薄暗いのに更に闇が深くなってきた、まさに深淵といったところだ。

「また明日な」

 俺は手を振り少女を見送った。



 さて、新たに情報を得たところで状況を整理しよう。

 婆さんの話の通りならば、時代は神聖ローマ帝国が躍動している頃だ。ずっと使用することの無かった、世界史の知識を引っ張り出さないと。

 神聖ローマ帝国って、結構長い年月に渡ってヨーロッパ中域を支配していたはずだ、たぶん。

 それで、婆さんはここから南へ行き海を渡ると言ったか?てことは、スカンジナビア半島か? ここ。じゃああれか、ずっと夜なのは、白夜の反対の何ていったけな、う~ん。



 ここがどこか? なんてのは正直どうでもいい、問題は時代だ。そして、どうやって帰るかだ。

 まず確実にイメージ出来るのは、俺の実家や先ぱいの屋敷だ。いやでもな、下手すると千年くらい未来になるから、届かない気がする。途中で力尽きてまた何かが作用して、妙なところに飛ばされたら目も当てられない。


 一気に跳んでいくのは無理だな、刻むか? 五十年くらいずつ刻んでみるか。いや、そもそも刻めるのか? どうイメージするかが問題だ。

 木造の掘っ立て小屋は、こう気温の低い地域だと何年くらい保つのだろうか?どう見ても表面処理はされていない、持って二十年程か? なら少し前に見付けたあばら家を真似て、婆さんたちの家を当て嵌めてみるとする。

 う~んどうだろう、出来そうではあるが二十年単位で刻むというのもな……ちがう、そうじゃない。最長で何年まで刻めるのか、試さないといけない。


 それと次に問題なのは、神の力とやらだが人口が少ない故に収束が遅いのだろう。刻んで進む内に改善されるとは思うが、どうだろうか?これに関しては、自分自身でどうしようもないからな、記憶に留めておくだけいいか。

 

 状況の整理と考察は延々と続く、全く終わる気配がない。

 ぐるぐる同じようなことを考えては否定して、はたまた肯定しては時間が過ぎ去っていく。



『おはようお兄ちゃん、よく眠れた?』

 どうやらいつの間にか朝になっていたようだ。

『おはよう、俺は眠らなくても良いんだ。でも、ありがとう』

『お昼までお勉強があるから、終わったらまた来るねー』

『あぁ、しっかり勉強しておいで』

 少女は手を振りながら去って行った。


 こんな時代の、しかもこんな森の中で、あの少女は何の勉強をしているのだろう?少し興味がわいた。

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