第6話 残滓

 客室に案内してもらったら、最初に居た部屋の隣だった。リタちゃんに俺を述べて部屋に入る。

 大きめベッドに物書き用の机と椅子、壁際に棚が幾つか置いてある。それ以外のスペースがやたら広い、俺なんて六畳くらいあれば十分なんだけどね。

 一息つこうとベッドに座り部屋を見渡すと、棚の上に水差しが置いてあった、気配りが嬉しい。


 俺はどうなったんだ? という問題は、とりあえず神になったという回答が為された訳だけど。もっと適任がいるだろう?とか思わなくもない。

 数回深呼吸をして、心を落ち着かせる。否、落ち着いたフリをする。

 

 まずはおっぱいヒントを元に、検証してみよう。

 おっぱいは「聴いてみろ」を言ったはずだ。目を瞑り耳を澄ませ、意識を周囲の歪みに集中する。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・い・・・』

『・・・・・・ょ・・・・・・・さ・・・・・・・・・・・・・・』

 何か聞こえた。しかし、微か過ぎて言葉にすらなってない。

 一段と集中して、研ぎ澄ます。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たい・・・』

『・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・い・・・・・・』

『・・・・た・・・・れ・・・・・・・・・・・・・・う・・・・』

 駄目だ、何言ってるのかさっぱり聞き取れない。ただ、一人ではないようだ声色が異なる気がする。

 何度か繰り返したが一向に改善する気配がない、疲れたので横になることにした。

 気分転換に幽体離脱をしたみると、あっさりと抜け出ることが出来た。くるりと振り返ると疲れたおっさんが転がっている、まさかこうも客観的に自分を眺めることになるんてな。


『・・・こども・・・・・た・けて・だ・さ・・・・・・・・・・』

 ふと、先程よりも鮮明に聞こえた。右側だ!集中する。

 

『・・・こどものいのちをたすけてください』

 聞こえた! 聞こえたけど、どうすればいい? 急ぎ、おっさんの中に入り、部屋を出た。おっぱいを探してどうすれば良いか訊かないと。


 何とか食堂に辿りついた、何やら音がするので誰か居るのだろう。中に入るとリタちゃんが野菜を刻んでいるところだった。

「リタちゃん、あの…えーと…おっぱいの神様はどの部屋に行けば会えるかな?」

 そういえば、名前を訊いていなかった。俺自身が名乗りたくないから尋ね辛かったってのもあるが、失敗した。

「ご主人様ですか、今お呼びします。少々お待ちください」

 唐突な質問にも柔らかく対応してくれる、本当にいい子だなこの子。リタちゃんは割烹着の裾で手を拭った後、食堂を出て行った。



「どうしたのかしら、何か急いでるようだと聞いたのだけど」

 数分と待たずにおっぱいがやってきた。

「子供を助けてくれって聞こえるんだ!」

 自分の右側を指さして言う。

「安心しなさい。それは残滓だから。あなたがどうこうする必要は無いのよ」

 おっぱいは何だか悲しそうな目をして教えてくれた。

「残滓?」

 俺は首を傾げる。

「そう、それは祈りや願いの残滓。人の思いの搾りかす」

「そうか……、良かった。俺に助けを求めている訳ではなかったのか、そうか……ハッ」

 安心したら涙が出てきた、鼻で笑った風を装い上を向いて軽く指で眼尻を拭い誤魔化した。


「それで?他には何か聴けたの?」と訊かれたが、首を振り「疲れたから、明日にするよ」と礼を述べ部屋に戻ることにした。

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