10話 挑戦

『アリスの花嫁』のオーディションから約一か月が経ったある日、私はいつものように、事務所でレッスンをしていた。


「愛流~いるか~~!?」

 滑舌の練習をしていると、突然マネージャーの相羽あいばさんが部屋に入ってきた。

「は、はい…‼」

 名前を呼ばれた私は、ドアを開けたところで立っている相羽さんの元へ駆け寄る。


「なんでしょうか?」

 いったい、レッスン室にまで呼びに来るなんてなんの用だろうか。

「朗報だ!ちょっと来てくれ」

 私は言われるがままに、相羽さんのデスクへと連れて行かれる。

 朗報ってことだけど、この時期に朗報って……まさかっ!

「相羽さん、もしかして私!」

「あぁ、アリスの花嫁のオーディションに受かったわけじゃないからな」

 ズコーッ!えぇ~違うの!?手ごたえもあったし、もしかしたらッて思ったンだけど…。

 やっぱり、この業界は甘くないんだ。


「じゃあ、朗報って?」

「アリスのオーディションに立ち会っていた、梅津うめづ音響監督を覚えてるか?」

 音響監督っていうと、キューランプを送ってくれていたあの人か。

「はい。でも、その人がどうかしたんですか?」

「その梅津さんの知り合いが担当をしてる番組のナレーターが、病気でしばらく休まなくちゃいけなくなったらしい。そこで梅津さんに、知り合いで良い声優さんはいないかっていう話が持ち込まれて、オーディションでえらく気に入ったあんたを起用したいらしい」


 それって、テレビ番組のナレーションをさせてもらえるってこと!?

 それは、ありがたいし、これからの声優人生にも良い経験になるだろうけど…

「でも、私で大丈夫なんでしょうか?」

 なんせ、私はアニメにほとんど出演したことがないし、ましてテレビのナレーションなんて、養成所の練習で何度かやっただけだ。養成所の練習と、本当のナレーションではわけが違う。

「んー。そんな、考えなくていいんじゃない?梅津さんもあんたのこと気に入ってくれてるんだから」

「で、でも…」

「それに、あんたプロになって何年経ってるの?」

「よ、4年です…」

「そうだろ。その間にいろんな練習をしてきたはずだ。それにあんたは、初めてのメインキャラも、経験がないからって辞退するのか?」

「そ、それは…」

「あんたには、何か夢があるんだろ?どうせ旦那絡みで」

「えっ?どうして…」

「見てれば分かるよ。あんたの努力は並みのものじゃない。どんな新人声優よりも、どんな一流声優よりも努力してる。そんなの、何か目標を持っている人間にしかできない」

 そうだ。私には、ゆうくんとの約束がある。絶対にヒロインにならなくちゃいけないんだ。

 そのためには、ナレーションで色んな人に認めてもらって、どんどん経験を積んでいかなくちゃいけない。

「わたし、やります!やらせてください!」

「ん。じゃあ、梅津さんには私から連絡しとくから、詳細が決まったらまた知らせる」


 この日から、私の声優人生は大きく動き出すことになる。

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