8話 オーディション

 ゆうくんと、夢について再び誓い合って4日後の水曜日、私はとあるオーディション会場に来ていた。

 今日のオーディションでは『アリスの花嫁』というファンタジアーアニメのリリィという女の子を受ける。彼女は物語のヒロイン、アリスの妹で、幼い女の子だ。

 私の時間は13時からで現在は11時だ。開始まで時間があるが、オーディション会場以外の場所にいても緊張してしまうだけなので、いつも早めに着いて台本のチェックをしている。


 自分の役のセリフを確認していると、ズボンのポケットに入れていたスマホが振動する。

「あっ…!ゆうくん」

 ゆうくんからのメッセージだった。

『今日、頑張って!』

 メッセージの内容はそれだけだった。

 しかしそれだけで、私には勇気がわいてきた。

 ゆうくんは口下手で、普段オーディションの前に送ってきてくれる応援メッセージは今回のように簡素なものだ。でも、それがゆうくんの魅力だったりする。


 その後、練習をしてうがいなどを済ませ、のどを整えると、あっという間に私の番になった。


 重い重い防音扉を開けて、レコーディングスタジオに入る。

 スタジオの中には一本のマイクとその向かい側、ガラスを挟んだ先に音響監督とアニメ監督、原作者と思しき人たちが座っていた。


「トレスポンド所属、愛流美佳です!本日は、よろしくお願いします」

 私は深々と頭を下げて、監督たちに挨拶する。

『はい、よろしくお願いします。じゃあ、キューランプが光ったらしゃべりだしてください』

「…はい」

 音響監督からの指示通り、キューランプを待つ。

 はぁ…、慣れないなぁ、これ。4年間オーディションを受けてきたけど、このキューランプ待ちの時間は本当に慣れない。この後しゃべりだしたら、チャンスは一回きり。それですべてが決まっちゃうんだから。


『では、お願いしまーす』

 音響監督の指示の後まもなく、キューランプが点灯した。

 鼻から息を吸い込み、話し出す。


「お姉ちゃん、どうして戦うの!?お姉ちゃんが戦う必要はないのに!____。」

 その後いくつかのセリフを撮り終えて、キューランプが消える。


『はい、ありがとうございます。少し、そのままで待っていてください』

 そう言って、監督たちが話し合い始めた。おそらく、使えるかどうかを話しているのだろう。


「ふぅ…」

 一息、ため息をつく。

 今回はいつもより、しっかりと演技できたはず。深見さんに教えてえもらった若妻ではないけど、新しい気持ちでリリィも練習できた……はず。


『はい、お疲れ様です愛流さん。監督の永田ながたです』

「あ、ありがとうございました」

 あれ?なんだろう?普段のオーディションなら、お疲れ様って言われるだけで、解散になるのに今日は何か違う。

『さっきのリリィの演技ですが、少し大人びていますね。リリィは無邪気にお姉ちゃんのことが大好きな小学生ですので、もう少し幼くできますか?』

「えっ?えっと…」

 これって、どういうこと?もう一回、取り直すってことか…?

 私が突然のことであたふたしていると、音響監督がミキサーをいじって、私を見つめてきた。


「で、出来ます!よ、よろしくお願いします」

『はい。では、撮ります』

 台本を握り直し、キューランプが点灯すると、さっき演じたセリフを少し幼くして演じなおした。


『はい。ありがとうございます。もう少し、そのままでお願いします』

 さっきのように監督たちがガラスの向こうで何かを話し合う。


 今まで、オーディションで撮り直しをしたことはない。

 これって、私の演技が良かったってことかな?だから、可能性を見出して撮り直しを行ってくれたんだろうか。


『はい。ありがとうございました。お疲れさまでした』

 どうやら、今日のオーディションはここまでのようだ。

「は、はい。ありがとうございました!」


 オーディションを終え、家への帰路に立つ。

 今日の結果は、受かっていた場合は1か月後に事務所に連絡が来るらしい。


「でも今日は、特別な日になった気がする」

 今までのオーディションでは、一回しゃべったらそれで終わりになっていた。でも今日は、取り直ししてもらえた。

 これはちょっと期待してもいいのかな。

 でも、この業界、そう甘い話はない。これかからもしっかり練習しなくちゃ。


 かくして『アリスの花嫁』のオーディションは終了した____。

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