甘い痛み1

満咲(Masaki)

第1話


そろそろ夏服でもいいんじゃないか、と誰もが思っている昼下がり。源翔(みなもとかける)は学食のデザートであるマンゴー味のゼリーをゆっくり舌に滑らせた。



 いたい。いたい。いたい・・・・っ。



 本当は何も食べたくなかった。何もしたくなかった。ただ、特待生としては簡単に学校を休むわけにはいかないので全く頭に入らない授業とクラスメイト達の喧騒をとにかく昼休みまでは、と思いこなした。


 まだ、何かが尻の中に入っているような気がしてならなくて何度ももじもじとし、その度に鈍痛に襲われて顔をしかめざるを得なかった。



 どうして、こうなった。



 どうしても何も、負けたのは自分だ。あいつ・・・校内一のモテ男、佐倉雅空(さくらがく)と委員会予算を巡ってのしょうもない賭けに自分が負けたからだ。



「いってぇよ・・・。」


 誰も側にいない事をいいことに、小さく呟く。







 密かに、憧れていたのに。入学式の後の部活紹介でめちゃめちゃ目立っていた、ひとつ上の先輩、雅空。硬式テニスで第二の錦織か、とスポーツ雑誌やら新聞やらで取り上げられていたのは記憶に新しいし翔自身もなんとなく知っていた。が、まさかそんなすぐに接点ができるとは思ってもみなかった。


 


 この男子高校にはスポーツ特待生と英語進学特待生、あとは普通に受験し入学してくる普通科生徒と三つに分類されている。佐倉雅空はスポーツ特進科、硬式テニス部時期部長、そして体育委員会委員長というまるでチートな高校2年生だ。制服に包まれていても筋肉質体躯は隠しきれず、艶めく少し長めの黒髪に180cm超えの長身、そして名前通り雅な雰囲気の背中に牡丹や芍薬を背負っているかのようなキラキラとした存在であった。取り巻きは数知れず。寮生活の為、試合以外ではめったに学校外へは出ないが、出たらそれはもう。まるで芸能人かのように人が群がるらしい。



 対して翔は。



 「モテ期」なんてものは一生来ないであろう163cmにぼんやりとした雰囲気の人畜無害そうな平凡なふんわり顔。強いて言えば英語進学科の特待生で入学式で新入生挨拶をしたくらい。寮住まい、英会話部。クラス委員を断ったら図書委員長の座についてしまったという不運の持ち主である。1年生なのに。



 そんな所からの雅空との接点。たいして図書委員会にも文化部にも思い入れはないはずなのに、負けず嫌いな性格が幸いして文化部と図書購入費用の予算を削って外部から優秀な体育講師を招きたい、だの体育祭にもっと予算をかけたいだの意見があまりにも横暴だったために文化部、図書委員代表として体育委員長と毎委員会集合ごとに対立してしまった。



 堂々と意見交換をする優雅な姿。自分とはまるで違う容姿や物言い。こんなカッコいい人はこれまで見たことが無い。翔にとっての雅空という人物は15年間生きてきた中で格別で。「憧れ」、が「恋情」に変わるまでそう時間はかからなかった。



 だがしかし。いくら憧れの先輩=好きな人、であっても文化部予算の話は納得できるものではない。他の文化部である吹奏楽部や美術部部長や保健委員会も立ち向かったが、体育会系の人間は脳ミソまで筋肉で出来ているのか、お前ら文化部はたいして活躍も活動もしていないだろう、ましてや内部の委員会は年に数回も集まってはいない。予算が減ってもやりくりできるだろうが、と一歩も引かない。確かに体育会系の部活に比べれば活躍も活動もしていないが、今年折れたらこの先もずっと予算は減ったまま戻らないであろう。



 次々と内向的な文化部部長たちが体育会系の生徒に凄まれて萎んで倒れて行ってしまう中、翔だけがガンとして譲らなかった。雅空は、お前らの意見は一応聞いてやるが聞くだけだ。というスタンスを崩さず他の筋肉ばかとは違い凄むことは無かったが返ってその寡黙さが怖かった。


 


 そして一歩も譲らない翔に一言こう言った。


「じゃ、お前・・・1年図書委員長だっけ?が、俺と今度の身体能力測定3種と中間テスト3教科で勝負して4勝できたら考え直してやる。」



 まだ1年の翔はこの高校のイロハがわかっていないのでハンデをつけてもらい、3種目3教科は翔が選んで良い、とのことであった。


 勉強では・・・学年違えど教科ごとに上位10名は貼り出されるのでそこに名前が無ければ負け確定だが勉強しか取り柄がない自分にとっては運動部の先輩よりは勉強に励む時間があるので勝ったも同然だ。問題は、身体能力測定。



 実は翔の両親、共にかつて体操オリンピック選手であった。3歳下の妹も体操でめきめきと頭角を現してきている。そして翔自身は、両親の経営している体操クラブチームで小さい頃から中学2年生までは頑張った。が、自分には向いてないと早々に気が付き自分で見切りをつけ、両親にめちゃくちゃ反対されたが辞めてしまった。行く行くはグローバルな視野を持って得意な英語を学びたい、という理由を付けてこの高校に願書を提出した。本当はいちいちうるさい家族と離れたかっただけだった。寮生活もホームシックにかかる生徒を横目にのびのびと過ごしている。


 なので・・・体育会系の先輩方が知らないだけで実は体力も柔軟性もそこそこにはある。さすがに身長ではかなり分が悪いのでひとつ、跳躍力は捨てた。



「いいですよ。その言葉、忘れないで下さいね、佐倉先輩。」


 自分でも随分生意気な口調だったと思う。あまりにも挑発的な物言いに、諸先輩方がざわついた。


 


「ふ・・・お前、いい目してんな。予算だけじゃ面白くないからなんかもうひとつ条件付けようか。負けた方が今年度だけ、勝った方の言う事をひとつだけ聞く。どうだ?お前にとってはこの俺を下僕扱いできるかもしれないんだぜ。ま、逆もあるがな。」


どやぁ、と言わんばかりの表情で雅空が言い放ったので思わず「了解です。」と頷いてしまった。自信があったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る