第18話 呪い。


・・・さ・・・ん


「何だい・・・?」


む・・・ば・・さ・・ん


「よく聞こえないよぉ・・・」


ムルナは少し安心していた、昔を思い出す暖かい声が自分を呼んでいる

もう自分の命も終わりに近づき始めたのかと思ったその時だった。


「・・・やっと見つけた!ムルナおばさん!」


カズトは炎の中で小さく震えている老婆を発見した。

「大丈夫ですか!?・・・火傷は酷くはない・・・立てますか!?」


そして老婆の体が煙によってほとんど動けないことにも気付いてしまった。


「く・・・っそ!」

老婆の肩を持ち一緒に炎の中から抜け出そうとする・・・が、カズトは人の持ち方がわからない。

完全に自分の力で立てなくなった人を持ち運ぶにはそれなりに訓練と知識を詰め込まなければ人は人を簡単には持てない、人と人は寄り添いあって「人」と言うがたいていの「人」は動けなくなった一人すら満足に寄り添えないのである。


「強化魔法を使えばムルナおばさんの体を支えることはできる、でもおばさんはお年寄りだ、加減がわからずどこかの骨を折ってしまうかもしれない。手足ならまだいい、が首や腰でも折ってしまうと・・・糞っ!」


考えているうちにどんどん火の手は上がってくる、煙もひどい

そして、カズトが今来た安全な道も、もう安全とは程遠かった。

リビングだった所を見渡す、窓もドアも台所も工房も炎にまみれて見えなくなっている。


「・・・終わったか」


ふとつぶやく絶望の言葉、しかし彼はめげない、まだ何か考える、彼はあきらめない。あきらめた瞬間、自分が終わる瞬間、大切な人が地球という宇宙から世界から居なくなる。


「いや、手はある・・・俺は死なない、死んではいけない」


彼女を思い出す、彼女のために、あの絶望の未来を救うために------


「僕は生きているーーーー!!!」


「生きなければならない」そう思った時カズトは魔力を心の底からひり出していた。


ーーー途端、魔力が吹き上がりその場を炎よりも早いスピードで飲み込んでいく。


「あの石を動かそうと思った時をーーーイメージ!!」


周囲を魔力が覆い炎がうねる、床や壁がミシミシと鳴き始め屋根が吹き飛びそうになる。


「飛べぇぇええええ!!!」


天井と壁と床と物が炎を引き連れて辺り一面に舞った。


カズトの一帯の「燃えるもの」と「炎」が吹き飛び火の勢いは静かになった。





_____________________________________






屋根も床も壁もない家だった物の焼け跡は1週間は立つが誰も片付けようとする者はいない、町中の連中は口ずさむ。


「あのキメラ作りのばあさんとどこからか来た恩知らずはまだ見つかってないんだっけ?」


人はそれを少し楽しそうに下卑た笑いで同意の意を示す。


「ああ、どうやって逃げたんだろうねあの厄介者2人は、誰か町の物が手引きして逃がしたんじゃあないだろうねぇ・・・」


ムルナの家が燃え、カズトが魔力を開放し助けたあの日から一週間後なのだが、撥ね退けた火くずが風に乗り家が燃える様子を見ていた人や外出していた人やらが火傷したり風に乗った火により家の一部が焼けるなどの被害を受けた、幸いムルナの家が町から離れていたからなのか、小火騒ぎ程度で終わったものの町の人の怒りは一週間ほどではとても収まりがつかなかった。


それで町中がそんな話ばかりだ、この男の家もそうだった。


「まったく本当に誰が助けたんだろうねぇ・・・この町の物じゃないだろうね?」


「いやいやそんな・・・この町の誰がよそ者を助けるかね?あの人のいい町長でもそんなことはしな・・・」


朝の日課のコーヒー片手に飲みながら情報誌を見て軽々と喋っていた男の手が止まる。「そういえば今日はとんでもない特報がある」と情報誌を届けに来た気のいい青年が鼻息を上げ意気揚々と話していたことを彼は思い出した。そして手に持っていたコーヒーを震える手でテーブルに置き母親にこう言う。


「おい、話は変わるが・・・キメラはもう出ないそうだ」


「は・・・?何を言って・・・」


震える手を握りしめ、男は情報誌をまじまじと見ながらこう言った。


「キメラを作っていたのは、この町の町長だとさ・・・僕たち町民から徴収してる「対魔獣防衛税」の費用を、税を増やすためにキメラを作っていた・・・とさ・・・は、はははは。馬鹿なこともあるもんだ・・・・」


母親と男は引き攣り共に笑った。



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「船の用意はできたぜカズト!ちゃんと守ってくれよ!」

「ああ、条件だからな、賊が来たら守れって話だろ?だから乗せてもらえる、この貨物船に」


港の船乗り場、大きな船の乗り口に2人の男と1人の老婆が話し合っている。


「・・・久しぶりに町の外に出るとするかぁ・・・よろしくのぉ、カズトちゃん」

老婆は不安だがどこか楽しそうに言う。


「お前ちゃん付けされてんのか!?柄にもねぇなぁ!わははは!」

「ムルナおばさん、こいつにもちゃん付けしてやってください、喜びますよ」

「ケンちゃん❤」

「うおおおお、何だか懐かしい響きだ」

「一回表、試合が始まりそうだな」


そんなことより、とケンは話を持ち出す


「お前はどうしてキメラ作ってんのが町長ってのをわかったんだ?焼け跡から助けたお礼に教えてくれよぉ」

カズトは、別に秘密にしていたわけではないが。と、ひと置きして


「楽しい話は無いよ、僕がこの町に来てムルナおばさんの話を聞いた後の1週間、やけにおばさんを敵視している男がいると思って金と「呪い」を使って取り入ってみたらそいつは工房の場所を知っていた。火事の後は、おばあさんを探し出して罪を擦り付けて殺して、さあ次はどいつを「命を扱う魔法使い」に仕立て上げようか?と身内でごたごたしていたところを突けば・・・後はあっさり、まさか町ぐるみとは思わなかったが」


「呪い・・・?」


ケンが顔をゆがめ胡散臭そうに言う。


「ああ、魔術属性「闇」が得意な魔力を使った呪いだ」


「・・・聞いたことがあるよ」

カズトが話す最中にムルナが口をはさむ。

「「呪い」・・・その場に飛散する負の魔力を使って相手の魂を削る行為・・・」


「それを使った・・・と?それで相手を、町長を破滅させられたのか?カズト、お前魔術を習って1年も経っていないんだろ?そんな簡単にそこまで相手を呪えるもんなのか?」


だったらこの世は自分の知らずの内に呪いだらけの世界になってしまっているんじゃないか?というケンの心配をムルナがかき消す。


「さっきも言ったが呪いには「負のエネルギー」、自身の魔力の大きさも必要だけど、その場の「負」を取り込まなければ大したことはできないはずだよ・・・どこに、どんな場所に、相手をそこまで追い詰める負のエネルギーがあったんだい?」


少し黙ってカズトは苦しそうに話した。


「呪いは2回ほど使いました、初めての1回はさっき言った、おばさんを敵視している男に使いました、男がムルナおばさんに向ける「負」の感情と後ろめたさ、そして僕が懐柔して女の子の部屋で遊んで渡す「金」の力で一回」


続けてカズトは苦しさと怒りと憎しみと悪意すべてを混ぜたような顔でこう言った。


「次の町長に掛けた二回目は・・・呪いには苦労しませんでした・・・いっぱいありましたよ、キメラの工房に「負のエネルギー」が・・・何匹の命を奪ったんでしょうね?呪いと血と臓物と肉がありました、いや、ただそれだけだった。あの場所は。」



「・・・カズト、もういい。苦しかったな。」

ケンが肩を掴み言った。


「すまなかったねぇ、そんな話をさせて」

ムルナは申し訳なさそうに言う。



「ははは、・・・さて、どんな呪いをかけられて自首まで追い込まれたんでしょうね町長は。」



冗談交じりにカズトはそう言った。




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