避けられない結末
「そう約束したのに、心配かけて……!」
涙ぐむ楓姉さんを見て、思わず胸が痛くなる。賢さんを失って、その上俺まで失ったとなると、彼女の辛さはどれほどの物か。
「ごめんよ姉さん、もうあんな真似は二度としない」
「約束してくれるか? 」
「うん。バイトの時給百円上げてくれたら」
ゴツン。
返事とばかりにゲンコツが飛んできた。い、痛ぇ。
「バカ。しばらくタダ働きさせんぞ」
絡んでいた腕が解け、楓姉さんはお盆を持ってつかつかと下へ降りていった。あ、今のは割と本気で怒ってるかもしれない。
さて、どう機嫌を取り戻そうかと思いあぐねていると、それに合わせたように電話が突然鳴った。誰だろ、閑古鳥かな?
「はい、カフェ・アズテックですが。ええ、そうです」
顔は見えないが、応対している楓姉さんの声はいつになく低い。会話は楓姉さんが一方的に相槌を打つ形で数分続き、電話が切れると、彼女はとても神妙な面持ちで戻ってきた。
「病院からだ。手術が終わったらしい」
「それで、どうでした? 」
結末を聞くのは怖い。それでも、とおそるおそる顔を上げる俺を見て、楓姉さんは優しく微笑んだ。
「一命は取り留めたよ」
「そう、ですか」
それを聞いて、フッと体の力が抜けた。ずっと緊張していたせいだろう、喜びよりも、安堵の気持ちのほうが勝っていた。
しかし、ハッピーエンドの結末とは行かなかった。
「……大事なのはここからだ、よく聞いてくれ。次発症したら彼女の命はない」
「え? 」
聞くところによると、今回の症状はかなり危険なものだったらしく、手術が後少し遅れていたら最悪の事態も十分あり得たそうだ。結果、体には深刻な傷跡が残った以上、今後再び発症させるわけにはいかない。つまりそれは、
「もう二度と走れないって事か」
―私の、私の生き甲斐はこれしかないの!
彼女がサーキットで叫んだ一言が頭に響く。命こそ無事だったものの、その生き甲斐を失った今、本当にこれでよかったのかと思わずにはいられない。
「何暗い顔してんの、これが最高のシナリオじゃない」
やり切れない思いを胸に項垂れていると、いつのまにか楓姉さんが背中にもたれ掛かっていた。
「別に。ただ、もっと他の方法もあったんじゃないかって」
「バカね」
そこで楓姉さんは下を向いていた俺の顔を両手で挟むと、一気にまくしたてた。
「睦、終わったことはもう取り戻せないよ。けどね、お前はあの娘を救ったの。立派じゃない、賢もきっと喜んでるわ」
目の前には向日葵のような笑顔。ああ全く、だから俺はこの人のことを嫌いになれないんだな。その一言に励まされた俺は、気分転換に部屋でも片付けようと腰を上げたところで、机の上にあった鞄をひっくり返してしまった。文具や教科書に混じって、中から一枚のポスターが落ちる。
「……そうだ!」
拾った“それ”が、俺を閃かせた。
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