五章
すれ違う二人
土下座して楓姉さんに学校まで送ってもらうと、机に見覚えのある鍵が置かれていた。どうやら苑浦が返してくれたらしいが、その姿は見当たらない。
「あれ、睦。朝っぱらからそんなキョドってどうしたの? 」
席に座ってるのも落ち着かないので、適当に廊下を往復していると、能天気な瀬雄に肩を叩かれた。
「もしかしてアレ、彼女と逢引の真っ最中とかだったりする? 見せ付けてくれるねぇ」
「彼女? 」
何となく想像つくのだが、渋々俺は振り返る。すると、瀬雄が得意満面の笑みを浮かべていた。
「われらが貴良さんに決まってるだろう。ここだけの話、入部したいって奴も結構いるぜ」
「馬鹿馬鹿しい。何だよそれ」
いや、俺はそんな渦中の中にいるわけだけど。
「掲示板の情報だともうそろそろ登校してくるはず……。お、車が駐車場に入っていったみたいだ」
「いやもうそれファンクラブじゃないよね!」
立派なストーカー行為だろうが。ていうか、誰がそんな情報掴んでるんだろう。案外校長先生だったりして。
とはいえそのストーカー、もといファンクラブの情報は正しかったらしく、窓に近づいて外を眺めていると、無愛想な表情の苑浦が玄関に向かっているところだった。無意識のうちに心臓の鼓動が早くなり、妙に胸が苦しくなる。
「いや~遠くから見てもやっぱ美人だねぇ。あれ、どこ行くの? 」
バカの独り言が終わるよりも前に、俺は飛び出していた。階段を飛び降りて、廊下を駆け抜け一階のラウンジへ。ここまで来ればもう、
「苑浦」
いた。俺の呼びかけに、彼女は少し意外そうな顔をして立ち止まった。だが、そこから先の言葉が見つからない。ただ、一秒一秒がむやみに過ぎ去っていく。
「もう行くわ」
俺が口を開くよりも先に、彼女は踵を返すと、静かに立ち去り始めていた。
「待てよ。まだ何も話しちゃいねぇぞ」
返事はないが、ここで終わるわけにはいかない。
「頼む!話さなきゃいけないことがあるんだ」
廊下の先に消えかけていた姿を追い求めて、俺は再び駆け出した。まわりはもう野次馬騒ぎとなっていたが知ったことじゃない。突き当りを曲がった先にいた肩を掴み、振り向かせようとして、
「しつこい」
急に視界が反転する。遅れて届く彼女の声。腕を捻られた拍子に、バランスを崩しよろけた。だが、彼女の肩に手を掛けたままだったので、
「うおっやべぇ!」
「ちょっ、キャッ」
引き込まれる形で彼女もリノリウムの床に倒れた。背中に衝撃が走ると同時に、偶然にも彼女が俺の上に覆いかぶさる。
「え? 」
その場で静止すること約五秒。状況を認識するには十分すぎる時間だ。俺は仰向けになって倒れ、顔面を柔らかい何かが圧迫している。これってもしかして……? 「っつ!」
彼女の方も状況がわかったらしい、ガバッと起き上がると、俺を親の敵のように睨みつけた。羞恥と怒りで頬が赤く染まっているが、意外にも瞳は冷静さを帯びている。クソ、どうすりゃいいんだ。しかし、何を言おうとしても喉元でせき止められて声にならない。
「二度と話しかけないで」
動けない俺の耳元でそう囁くと、今度こそ彼女は静かに去って行く。
ダメだ、もうこれ以上は追いかけられない。
立ち尽くす俺に、見知らぬ同級生が侮蔑の視線を投げかけていた。
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