どしゃ降り模様
結局授業には間に合わなかったが、荷物を取りに部室へ行かなければならない。スピードウェイ周辺は結構な過疎地だが、幸いにも市街地方面へ向かうバスがある。最寄の停留所で待っていると、やがて天城高校方面のバスが見つかったので、それに乗って俺は学校に戻ることにした。
カビ臭い車内で揺られること小一時間、バスは天城高校の正門に着いた。降りて時計を見ると四時を過ぎたところ。ちょうど放課後の始まりだ。
とにかく荷物荷物、と向かった先の第二会議室には、画用紙に丁寧な字で「自動車部」と書かれた即席の看板がかかっている。発足した時、苑浦が作ってくれたものだ。
「……」
それを見て、抱えた葛藤がさらに増幅した。いるわけないのに、中に入るのを躊躇ってしまう。
「何やってんの、アンタ」
「せ、先輩っ!」
突然ドアが開き、牧島先輩がひょこっと顔を覗かせた。それでも一瞬だけ、苑浦かと思ってしまう自分が虚しい。
「どうしているとわかったんですか? 」
「気配がしたのよ。ていうか、そんだけ突っ立ってたら気づくでしょ」
どこぞのスナイパーか、この人は。ともあれ通されて中に入ると、長机には書類の束と文房具が並べられ、事務作業の体をなしていた。そうそう、元々は生徒が使う車の管理や手続きがメインの活動だったんだっけ。
「瀬雄はいないんですか? 」
「生徒会本部の方で忙しいみたい。ってちょっと、ビショビショじゃない」
「え? 」
言われて初めて気づいた。傘も差さず雨空の下にいたため、あたりに水たまりが出来るほど、俺は濡れていた。シャツがベッタリと絡みつく感覚が今になって気持ち悪い。
「ホントどうしちゃったのよ。ああもう、これでいいや」
手近にタオルがなかったからか、牧島先輩がブレザーの袖で俺の全身を拭き始めた。年上の女の子にこんなことされるなんて、と普段なら思うだろうが、今はそれどころではなかった。
喪失感。
もう苑浦が部活に来ないかもしれない。その可能性が、俺の心にポッカリと穴を開けていた。しかし、同時進行である疑問も沸いてくる。
彼女は何をしたかったんだろう?
喧嘩別れとなったが、なぜアイツはそこまで走ることにこだわるのかがひっかかる。せめて、その理由を聞くべきだった。力になれなくても、話を聞いてやることくらいは出来たのかもしれないのに。
「どうしたの、随分悲しそうじゃない」
拭き終わった牧島先輩が、いつの間にか俺の隣に座っていた。
「何でもないっすよ」
本心からだった。面倒事に巻き込まれる奴は少ない方がいい。ましてや、牧島先輩なんかに余計な心配をかけたくない。
だが通じなかった。
「いいえ、違うわ。男の子がそう言う時は大抵何かあんのよ」
おそるおそる彼女の方を向くと、そこには得意そうな顔した童顔が約一名。
「アタシでいいなら話聞くよ」
それがトドメだった。意思よりも唇が勝手に動き始める。
「実は……」
自分の無力感に苛まれつつ、俺は今までの出来事を話し始めた。
「フンフン、大体のことはわかった」
数分後、ここまでの話を聞き終えた牧島先輩が一息ついた。てっきり非難か軽蔑でもされるかと思いきや、その顔は平然を保っている。
「そりゃ、正直変だなって思うわ」
「でしょ? どうしてそこまでスピードにこだわるんでしょね」
「貴良じゃないわよ。アンタのほう」
「え、俺? 」
どういうこと? という顔をしていると、彼女はふぅ、と一呼吸置く。
「あの子の言う通りね。いいクルマに乗ってて、知識だって色々ありそうなのに、睦って妙なトコでネガティブじゃない? まあ、瀬雄のバカに騙されたってのもあるんでしょうけど、それだけじゃない気がする」
鋭い。まともに口きき始めたのはつい最近のことなのに、彼女は、牧島先輩は見抜いていた。
俺の車に対する感情を。
「本当は何があったの? 」
向けられた視線を見て、しんみりと俺は思ってしまった。
いい先輩だ。
初めて見たときは凶暴なガキかと思ったが、ここまで真っ直ぐに向き合ってくれる人は珍しい。多分、この人ならわかってくれるはず。
「別に無理に話さなくてもいいのよ? 人には色々あるだろうし」
押し黙った俺を見て彼女がフォローに入るが、もう決めたことだ。
「先輩。ちょっと話したいことがあるんだけど」
「ん、いいよ」
俺の顔を見て察したのだろう、牧島先輩は対面に座ると話を聞く姿勢をとった。
「俺は、大切な人を交通事故で亡くしたんだ」
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