第35話
※グロ&血の表現に注意 (一応念のためですのでそこまで重いものではありません)
身を低くし獲物を狙う蛇のごとく、鋭く、素早く、私を一直線に狙ってくる。手には石が二つしかないがなんとかするしかない。最後に隠し持っていたナイフはまだ使いたくない。ナイフで余計な警戒心を生やしたくはない。
ヨインは走りながらも懐から札を出す。目をこらすと火爆の札だ。それを私では無く、地面に向かって勢いよく投げる。すぐに炎と爆風が押し寄せて、土埃を舞い上がらせる。視界が土埃で遮られ、ヨインの姿が隠れる。
目を細めて動かずに気配を探る。
すぐに横から気配がして何かが体に向かう。体を動かし、それを避ける。よく見るとそれはヨインではなく司書さん。
通り過ぎざまに司書さんの背中に打撃を一発。息を詰めるような音が司書さんの喉から出る。その司書さんの手には火爆の札。
どうやら本気で手足を吹っ飛ばすつもりらしい。手か足にでも貼られてしまえば爆発で飛ばされるのは想像に難くない。血が出ても火傷で塞げばいいとでも思っているのだろう。
もう一度拳を振り上げるのを待っていたかのように、今度は真正面から影が襲いかかる。今度は間違いなくヨイン。その手には司書さんと同じく火爆の札と大きめのナイフ。
体にグッと力を入れると、地面を蹴って高くジャンプをする。そのまま身を低くして突っ込んで来るヨインの頭に片手を置き、側転の容量で躱す。
ヨインはすぐに足を止め向きを変えると、手に持っていた札を投げそれに続くように自身の体を突っ込ませる。私は火爆の札を手に持っている石を投げて、空中で爆破させる。ヨインはてっきり私が避けると思っていたのか、驚いたように爆発を後ろに飛んで躱しながら、手を交差させて体を防御している。火爆が空中で爆破したことで土埃がまた舞う。
今度は私がヨインたちの元へ走り込んだ。今は、スカートから隠していたナイフを取り出して手に握っている。
土煙の中、気配のする方へと石を前にナイフを逆手に持って走る。すぐに人影が見える。同じようにこちらに向かっているように見える。
その陰に向かって、背を低くし、スピードをグンと上げる。人影も私に気がついて持っているものを振りかざした。
懐に入り込んで相手の振り下ろして来る手を手首で防ぐ。重い感覚がして、攻撃を防いだのを確認する。
顔を上げると、憎々しげにこちらを睨みつけて来るのはあのひょろ長い男。
「このっ! クソガキがっ!」
手首には男の手首と私の手首が重なっており、男のナイフが私の元に届くのを防いでいる。
男は両手でナイフを押し込もうとしてくるが、そうなる前に足を振り上げ男の腹を蹴り上げる。
流石に男の全力に勝てる気はしない。
「ぐっ!?」
うまく鳩尾に入ったらしい。息が詰まった音が男からした。男が膝をつく。
それに間髪入れず、後ろから気配がしてそちらに向かって回し蹴りを放つが防がれた感覚がして足を掴まれる。
「捕まえました」
司書さんが私の足をしっかりと捕まえている。
まずいっ!
思いっきり片足で地を蹴ると、体を捻り残った足で蹴りを放つ。だがそれもやすやすと防がれてしまう。それどころか両足とも掴まれてしまう。
足首の部分だけを囚われているせいか上半身がバランスを保つことができずに、地面へと叩きつけられる。頭がクラリと揺れた。視界をちゃんと保つことができない。
頭を強く打ち付けすぎたのか。
抵抗ができずに、ついに足をしっかりと拘束されてしまった。両手首も踏みつけられ、力が思わず緩んだところで蹴りあげられる。武器であった、ナイフと石が遠くへと飛んで行ってしまうのが揺れる視界の中で見えた。
「やれやれ、ですね。ウェストル様、やっと捕まえましたよ。ディー、ルフォス様をすぐに追いかけてください。きっとそう遠くないところで落馬でもしているでしょう。ウェストル様の手足は私がなんとかしますから」
徐々に頭がはっきりしてくる。
司書さんはすでにキースの走って行った方向に向かって走り出している。そして私の足元には、ヨイン。手首を片手で押さえつけているのは、あのひょろ長い男。もう片方は自分の腹を抑えている。結構鳩尾への蹴りが効いたらしい。
「さて、ウェストル様。今から何をされるのか、もうお分かりですね?」
そう言って、ヨインが私の足を持つ手に力を込める。その顔にはいつの間にか、不気味な笑顔が宿っている。
あー、これは……足を持っていかれるか……。
これからの生活に足をどうしようか、と現実逃避のような思いが過ぎ去る。
「ご安心を。出血死だけはしないように、切った後はちゃんと火で炙って止血しますから。ベンさん、あなたのナイフを貸していただいても?」
ヨインが私の手首を押さえつけているひょろ長い男の名を呼ぶ。
……ベン、って……。平凡すぎる名前に若干似合わないなー、との考えが浮かぶ。
ベンは手に持っていたナイフをヨインに渡す。ヨインは私の右脚に跨ると、関節の上に乗って動きを封じる。左脚がなぜか曲げられる。足裏がきちんと地面につく感覚がした。
そこに、ヨインがそのままの表情で私に声をかける。
「ウェストル様、今から物凄く痛みが走るかと思いますが舌を噛まないで下さいね? あ、ベンさん腕でも噛ませてやって下さい」
ベンが私の右手首を離すと掴んだまま、私の口元まで持っていく。私も舌を噛んで窒息死はしたくないので大人しく自分の腕を噛む。
あーあ、どうしようかな……。
これからのことに思いを巡らせて、雑な現実逃避をする。しかし、そんな暇はないとばかりに左足の甲に激痛が走った。
「ぐぅっ……!」
激痛を逃がすために腕を噛みしめ視線を走らせると、左足の甲にナイフが貫通していた。深く突き刺さっていて、足が地面に固定されているようだ。
痛い。とても痛い。すごく痛い。冗談じゃなく痛い。真面目に痛い。言葉にできないくらい痛い。
痛いという言葉だけで頭が埋め尽くされる。
妙に頭の隅が冷静で、自分でも気味悪く感じるが、今はとりあえず『痛い』しか思い浮かばない。
この激痛が頭にこびりつくような感じは、記憶の中にもある。いつの頃だったか、今や薄ぼんやりとしか思い出せないが傷跡は腹に残っている。
「ウェストル様? 聞こえてますか? 大丈夫ですよ、血があまり出ないようなところに刺しましたので出血死はありません。それにこれからその足はなくなるので、見目の問題もありませんよ。では、片足を固定したところで……本題にまいりますか。あ、流石に一発じゃ切れませんので少々お待ちくださいね」
そうヨインは言うと、自分の服を腕まくりした。そして私の右足首の上の辺りを押さえつける。
私といえば眉間に皺を寄せ、今は痛みを堪えるためにとんでもない顔をしているのを自覚している。
あー……、とうとうこの時がきてしまったか……。さよなら片足。今まで世話になったな。
妙に爽やかな心の声がして、ヨインのナイフが振り上げられる。すぐに来るであろう痛みに耐えるため腕を噛む力を強める。
その時、風が吹いた。
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