第21話
キースは質問していた私を横目で見るとまた司書さんに目線を戻す。
「司書さん、僕たちはこれから何処へ行くの? それともここが終着地なの?」
固い声で質問したキースに、司書さんはまた笑みを浮かべる。
「ここが終着地というわけではありませんよ、ルフォス様。そうですねぇ……何処へ行くか、は、詳しいことは言えませんが国を出ることは確かですよ」
にこやかに、穏やかに、そう司書さんが言うとまた私の方に顔を向けた。
「しかし、レイラさん。あなたは特に動揺はしていないように見受けられますが……もしかして、こういうのは慣れてらっしゃるのですか?」
「いいえ、そんな事はありませんよ。そもそも、こんな事に慣れたくなどありません。努めて冷静にいるようにしているだけですよ」
「そうですか……」
私の言う事に違和感を感じているのか、疑うような眼差しを向けつつも笑みを浮かべる司書さんはそのまま私たちに背を向けた。
本当の事なんだけどな、と思いつつその背中を見る。
「まぁ、一つだけ申し上げることができるとすれば……レイラさんを攫う予定はなかったということですね」
司書さんのその一言に私は特に動じる事はなかったが、隣の空気が揺れた。ガタリと椅子が鳴る。
「え……それじゃあ僕が、」
「そうです、ルフォス様。あなたがレイラさんを連れて来てくれたから、攫う事が出来たのです」
ありがとうございます、と言った司書さんは背を向けていたため表情などは分からなかったが、きっと微笑んでいた事だろう。
キースは、その言葉に息を飲んで押し黙ってしまった。
また夕食を届けに来ます、と彼女は言い置いて扉から外へと出て行った。ガチリと外から鍵のかかる音がした。
室内に沈黙が落ちる。
重い空気に隣を見ると、キースがその発信源だった。顔を少しだけ俯かせて、自身の膝のあたりを見ている。いつもの穏やかさはどこへ行ったのか、キースの周りから重苦しい空気が流れ出ていた。
これは……面倒臭い、かも、しれない。
とりあえず、呆然としていても仕方がない。これからどうするかを話し合うためにも、声を掛けようと口を開いた。
「キ、」
「ごめんね、レイラ」
言い終わる前に言葉を被せられた。キースがうつむかせていた顔を少しだけあげて私に目線を合わせる。蝋燭に照らされ、橙色を強く出した黄の瞳が申し訳なさそうに揺れていた。
「あー、別に大丈夫だから。気にしないで。それに、ほら、私が先に図書館に行こうって言ったわけだし」
キースの目に滲んで来ている滴を見て、慌てて慰める。キースも、きっとこういう風に攫われた事は無いのだろう。年相応に混乱しているようで、感情が溢れ出ているようだ。……私とは違って。
「でも……本当にごめんね……」
「……わかった。謝罪は受け取るから、もう気にしないで」
謝罪を受け取らなければ、ずっと謝罪を続けそうなキースに話を進めるためにも言葉を重ねる。
それに納得がいったのかは分からないが、キースの頭が縦に振られる。微かに「分かった」と呟くキースの声が聞こえる。
とりあえずこの状況を打破する為にも動かなければ。
「よし、それじゃあキース、私の服の中からナイフを取ってくれる?」
突拍子もないことを言った私に、驚いたようにキースが顔を向ける。
「え? 服? ……ナイフ?」
「そう、服の中のナイフ、正確にはスカートなんだけどね」
呆気にとられているキースは置いておき、私は縛られた足で何とか立ち上がる。そのまま何度か跳ねて、キースの前に行く。
「スカートのウエストの硬い部分に入ってるから。ほら、早く立って後ろを向いて」
そう急かすと、よく呑み込めていないままキースが立ち上がる。そのまま恐る恐る後ろを向いた。そこに私はもう一歩近づくように跳ねてて、キースの手が触れるとこまで行く。
「キース、そのまま手を前に出して」
指示を出すとキースはおとなしく手を前に、私の方へと伸ばす。すぐに私のウエスト部分にあたる。その感覚にキースがビクリと肩を震わせた。
「硬い部分があるの、分かるでしょう? そこに手を引っ掛けて」
「うん」
そう言うとキースが慎重にスカートの縁とも言える部分に手をかける。隙間にキースの細い指が遠慮気味に入る。
スカートやズボンでもそうだが、ウエストの部分は固く出来ている。その中に小さなナイフを三本は隠しておけ、と言ってくれたニールに感謝だ。何かあった時に役に立つかもしれない、と言われた当初はクィール達がいるからいらないと思っていたが、渋々でも何でも入れて置いて本当に良かった。
しかし取り出しやすいように前の部分にしか入れていなかった事が仇になるとは思わなかった。
おかげでキースが居なければ、ナイフを取り出す事はほぼ不可能だっただろう。
「キース、その縫い目のところじゃなくて、硬いところの幅の真ん中を探って。切れ目があるから、その中に小さいナイフがあるよ」
「分かった……。……あ、これかな?」
キースがスカートから手を取り出すと、指先には確かに小さなナイフがつままれていた。全長十マイチ※4の小さなナイフだ。刃渡りは大体七マイチ、持ち手は三マイチ。
両手の中に握り込めば何とか隠せる大きさだ。首や急所を確実に突かないと人を刺し殺す事は出来ないナイフだが、縄を切ったり、人に切りつけて隙を作ったりするのに便利な物だ。
「キース、それ持ち手だからちゃんと握って。そのまま動かさないようにして」
頷いたキースは持ち手をしっかりと握る。
私はまた跳ねるとキースと背中合わせになった。後ろを振り返りつつ、慎重にナイフに縄を当てると何重にもなっている縄の一つを切った。
自由になった手首を回す。縛られていた時に擦っていたらしく跡がついている。また跳ねてキースに体を向けた。
今度はキースの番だ。
「キース切るから、そのままね」
「うん、分かった」
背を向けているキースからナイフを受け取ると、何重かに重なってキースの手首を縛る縄のうち一本を切った。
パラリとキースの意外と太めな手首から縄が落ちて行った。キースも自分の赤くなっている手首をさする。
キースはそのまま椅子に座る。私も同じように椅子に座ると、ナイフで足の縄も切る。切り終わるとキースにナイフを貸す。
キースは縄を切りながら、ポツリと呟いた。
「司書さん、何で僕らを攫ったんだろう……?」
「さぁ? 私にも分からないよ。……もしかして、キースだれかに恨まれてたりする?」
キースが人に恨みを持たれるタイプでは無いのはよく知っているつもりで、当てずっぽうに適当な理由を出す。しかしキースは真剣に捉えたのか縄を切る手を止め、考え始めてしまった。止める理由もないため、そのまま考えさせておく。数秒ほど考え込んで、キースが顔を上げて私を見る。
※4 1マイチ=1センチ
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