第22話
「ある……かも」
へぇ……キースでもそんな事があるのか、と意外に思った。
「ちなみに、どんな事をして恨まれたの?」
「……小さい頃、友達と泥団子を作って遊んでいたんだけど……。僕、その子の泥団子間違えて踏んじゃったんだ。その友達が、その時すごく怒ってて……」
キースの話に、思わず呆れた目線を送ってしまう。冗談を口にしているのかと、顔をじっと見るがどうやら本気で言っているらしい。
溜息をついた。
「キース……。絶対それは違うと思うから。その考えからは離れたほうがいいよ……」
「そうかな?」
キースは自信なさげに眉を下げる。
これはさすがに同い年の友人がいなかった私でも自信を持って言える。それは無い。
「そうだよ。他に覚えはないの?」
そう聞くと、頭を悩ませつつも特に無いとのことらしい。
キースは再び手を動かし縄を切った。そのままナイフを返そうとするのを止め、キースにナイフを預ける。
自分の分は、スカートの中から隠し持っている残り二本のうちもう一本ナイフを取り出して手に持つ。これで、予備のナイフはあと一本になった。
その様子をキースが横でじっと見ている。
「頭が少しだけ冷静になってきて、気がついたんだけど……」
ナイフの刃の部分を確認しつつ、んー? とキースに返す。刃が欠けてたりしたら、直ぐに壊れてしまう。
「レイラ、何でナイフ持ってるの? ……それもスカートに隠して」
「あー……。いや、別に大層な理由なんてなくてね。兄弟子、というか親戚の心配性なお兄さんがもしもの時に、って」
一瞬出た『兄弟子』という言葉にキースが首を捻る。
なんの? と聞くキースに少しだけ考える。
「……交渉術? みたいなやつだよ。あとは、森の歩き方も教えてもらったかな」
嘘はついていない。
交渉術のようなものはお爺様、そして殆どの実地でニールから教わったし、『山のウェストル』と言われる所以の一つである、山岳での戦い方も教わった。
少しだけ、訝しげにこちらを見てから、キースは自分なりに納得してくれたようだ。
……納得、というよりは思考を放置した様にも見えるが。
「……すごく、心配性なんだねー……」
どこか遠くを見つめるキースは、段々と普段の調子が戻ってきたようだ。
「まぁ、そうかな?」
冷静になったキースに安堵しつつ、私は確認したナイフを手にしっかり握りしめた。
「これから、どうやって脱出するー……? 魔法は使えないし……」
私もそれに少し頭を悩ませていた。
このまま外へ無防備に出て、見張りの様な人たちがいたら一巻の終わりだ。
「そうだねー……。どうしようか……。……司書さんが夕食を持って戻るって言ってたよね? ……それをなんとか捕らえられないかな?」
最後の一言に、らしくもなくキースが目を見開いた。薄暗い灯火のせいで濃く見える黄の瞳が、丸く見えた。
「はぁ!?」
「しっ! 声が大きいよ」
思いの外大きな声を出したキースに素早く目線を送る。キースはハッとした様に直ぐに声を落とした。
落とした声のまま早口に私に説得しようとする。
「レイラ、分かってる!? 僕は男だけどね、体術なんて習ったことなんてないよ!? それとも、何? レイラは体術か何かの達人なの? あの司書さんが僕らを攫っている時点で只者じゃない可能性は高いんだよ!? それにもしも他に仲間がいて、それを呼ばれる事になったらそこで終わりだよ!?」
分かってる!? ともう一度キースが切羽詰まった様に繰り返す。それを見ながら、疑問の一つに答える。
「私も体術なんて習ってないよ? ……拘束術なら習ってるけど」
最後まで聞かないで口を開いたキースは、最後の言葉にそのまま口を閉じた。
「拘束術……? 習ってるって……。……いや、今はどうでもいいか……」
次々と疑問が出ている様で顔が困惑に染まっているが、キースは頭を振ってその疑問を振り払った。
さすが天才と名高いキースだ。今その疑問に答えている時間なんてないことはわかっている様だ。……皮肉では無い。
そのままキースは私に視線を向ける。
「じゃあ、レイラはその拘束術にどれくらいの自信を持っているの? それによっては、どうなるかが変わるからね」
「うーん……、そうだねー……。普通の人だったら、まとめて三・四人、武術を嗜んでいる人には、まとめて二人はなんとかなる程度、かな?」
ニールと家にいる使用人達に相手してもらっている時を思い浮かべながら答える。
一般の女性が五年も習っていれば、だいたい同じ様なものだ。
答えた私を、キースが理性的な目で見返した。
「なるほどねー……。それなら、なんとかなるかもしれないね。じゃあ、扉で待ち伏せて取り押さえる、でどうかな?」
少し先にある一つしかない一枚扉をキースが指差す。
私もそちらに目を向ける。
確かに扉の後ろに隠れて拘束することはできそうだが、夕飯を運んでくると言っていた。それは多分手に持たれてくるだろう。
床は凸凹した硬い土だ。ワゴンでは運んでこれないだろう。
それに奇襲をかけたとして、皿などを床に落とすと物音が響く。それか皿などを使って反撃や目くらましされ、その間に仲間を呼ばれるかもしれない。
それならば……
「縛られたフリをしよう、キース」
「縛られたフリ?」
首をかしげるキースに先ほど頭に浮かんだ予想を伝えると、確かにとキースも頷いた。
縛られたフリで油断を誘い、一気に捕らえる。簡単そうに聞こえるが、気取られたら全てが終わる、大変な
「じゃあ、司書さんがその皿を置く時か、隙ができたときに拘束しよう」
「うん、そうだね。それがいい。それに拘束するときに私は腕を先に取る事になるから、キースは今自分の首にかかっている猿轡を司書さんの口に突っ込んで。それで悲鳴は防げると思うから」
それを告げると、キースが戸惑ったように瞳を瞬かせる。
「僕が……猿轡を?」
私は頭を縦に振った。
それにキースは戸惑いつつも了承した。緊張をしているのか、喉仏が上下に動くのが見えた。
「……わかった。やってみるよ」
先ほど切ったロープは、途中に結び目がある一本の長いロープに戻っている。それを縛っているかのように軽く足首に回す。薄暗いので、椅子の下に足を引っ込めればよくは見えないだろう。キースも同じように準備をする。そして、手首を縛っていたロープは、輪を作って縄を引っ張れば締まるように細工をしてから、左手にしっかりと持った。縄は縛る時に使う事になる。とりあえず、利き手じゃない方に持っておいてすぐに使えるようにしておこう。
浅めに椅子に座りなおし、背中に隠れるように椅子に軽くナイフを突き刺して、いつでも取れるようにする。
キースは、首の猿轡を緩めていつでも取れるようにしていた。左手にはナイフを握ったままだ。それを後ろ手で隠すように持つ。右手で猿轡を取って司書さんの口に突っ込むのだろう。
これで粗方の準備は出来た。後は、あの司書さんを待つだけだ。
存外自分も緊張しているのか、乾いた唇を舌で湿らせ唾を飲み込んだ。
沈黙が場を包む。
それに耐えきれなくなったのか、キースが口を開いた。
「ねぇ、レイラ……。上手くいかなかったら、どうしよう……」
「うーん……」
その質問で頭に浮かんだのは、最悪の事態……つまりは、殺されることは無いだろうという事。
私達を攫ったのは私たち自身に利用価値があると思われているはずだ。殺されることは無いにしろボコボコに痛めつけられるか、また気絶させられるかのどちらかだろう。
先ほど司書さんが、ここが終着点では無いと言っていた。この後、また箱に詰められて何処かへ運ばれるのだろう。
抵抗されるならばと、気絶されるのが一番いいのだが……。抵抗する気が起きないように、指の一本や二本持って行かれるのが最悪な事態だ。
恐怖心を植え付けられ、脱出する気もなくなってしまう。
ともかく、今は不安を増長しないようにするのが一番だ。
「失敗したとしても、殺されることは無いはずだよ。私たちに利用価値があるから、攫ったのだろうしね」
「……うん。そうだよね……」
ポツリとキースは呟くと、また口を閉じた。
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