第11話
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ランタンのボンヤリとした光が足元を照らす。サクサク、ザリザリと地面を踏む音が夜の虫たちの音楽に混ざり、溶けていく。
館はすでに追い越し、バラ園を通り過ぎるとそこには鬱蒼と茂る森が。代々通る道だけが獣道のようにほっそりと奥へと続いている。
ここから先は誰もいない、私と精霊たちの世界となる。徐々に虫たちの音楽が小さく遠くから聞こえるだけになる。
入り口で足を止めると、森の奥から流れ出る清廉な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「ウェストル家五代目当主、レイラ・ヒューストス・ウェストル。ただいま参りました」
そう、私はすでに今代のウェストル家当主だ。父母は生きてはいる。だが、もう当主をやることができない。表向きでは父がまだ当主だが、今では私がウェストル家の当主である。このことを知るのは、王と私の後見人である大公様、そしてそれぞれの公爵家現当主達、右腕であり私の兄弟子であるニールだけである。当主たちは引き継ぎの儀に、私の当主引き継ぎの証人となってくれた。
今から入る地は、聖域。闇の精霊の聖域なのだ。
正式な名を名乗ることが必須だ。名を名乗り、許可をもらわなければ入ることが叶わない。
びょう、と風が吹いて体を通り過ぎた。ランタンがカランカランと音を立てて灯火が揺れる。
『入れ』
威厳ある低い女性の声が鼓膜を揺らした。あまりの威圧感にブルリと体を震わせる。
いつも通り、とんでもない力を感じる『おヒト』だ。
「ありがとうございます」
許可を出してくれたことに頭を下げて、礼を言う。
一歩前に踏み出すと、明らかに空気が変わった。虫の声が完全に消え去り、風で木が揺れる音と自分の足音しか耳につかない。
しかしそのうち、誰かのいや、何かの声が聞こえてきた。まるで小さな赤子が、遊びまわっているかのような楽しげな、高い声が徐々に近づいてくる。わたし自身もそちらに近づいていく。
「ハハハッ」「ウフフ」「クスクス」「アハハハ」「フフフ」
性別のわからない、様々な笑い声が混じり合い、さらに新たな声が混ざってはまた大きく弾ける。さらに道を進んでいくと、声達も徐々に近づいていく。
すると、ふわりふわりと暗い光を纏った小さなモノたちが奥から現れた。闇に同化しそうなほど暗いのに光り輝いて見えるという矛盾したモノ達。よく見ると小さな人の形をしている。このモノ達が闇の精霊だ。
笑い声を響かせながら彼らは近づくと、私を取り巻いた。
「フフフ、五代目のウェストルだ」
「ハハハ、ウェストルのレイラだ」
「アハハ、レイラが女王様に会いに来た!」
「クスクス、今日は夜なのね?」
肩や腕、頭の上に乗りかかり次々にわたしに言葉を浴びさせる。乗りかかられている感覚はあるのに、不思議なことに重さは感じない。
「うん、今日からは夜って昨日の昼に言ってあったでしょう? 学校に行く事になるからって」
問いに答えながらさらに奥に進んでいく。
「アハハハ。ねぇレイラ、あなたが名付けた子達はどこにいるの?」
そう聞く一人の精霊に服の中にいつも隠し持っている細い鎖を取り出す。鎖の先には、四枚の細い銀の鉄板のようなものが付いており、お互いが触れ合って軽い清らかな音を立てる。
そこには人間には理解が及ばない図式が描かれている。それは契約した精霊達の信頼の証、彼らの心臓とも言えるもの。そしてどこかに私が契約時に名付けた名前が彼らの言葉で描かれている。
一枚一枚に、自身の魔力で文字をなぞるように細く流す。仄かに鉄板が淡い光を放った。
すると暗く光る四人の影が飛び出した。明らかに、先ほどであった精霊たちより大きいモノたちが私に飛びかかる。片目の視界が暗く染まった。
「レイラァー!! レイラレイラ! 会いたかったよぉー!!」
「こら、ノーラ! レイラの目に覆い被さらないで! レイラが前、見えなくなるでしょ?」
「そう言うトエイラもぉ、レイラのほっぺたに抱きついてるくせにぃ!」
キィキィと言い合いをする二人の側に、静かにもう二つの光が降り立つ。先の二人よりも少しだけ大きい暗い光が彼らは纏っている。
「ノーラ、トエイラ。止めろって……。いつも呼ばれるとそうやって抱きつくの良く無いだろ? 戦闘時だったらどうするつもりだよ?」
「……俺も……そう、思う……」
一人は力強く二人を止め、もう一人はボソボソとつぶやくように二人を止める。そう止める二人だが、二人も私に近づくとそれぞれ二の腕や肩に抱きついた。
「抱きつくなら、こういう邪魔にならなそうな所にしろよ! なあ? クィール」
二の腕に抱きつく元気な声が、肩に寄り添うように漂っているもう一人、クィールに同意を求める。
聞かれたクィールは、コクリと頷くと先に肩に座っていた精霊に座る意思を告げて、仲良く二人で座った。
「セイルの……言う通り……。……二人とも……レイラの顔から……退いて……あげて……」
ボソボソと注意するクィールに、顔に張り付いたノーラとトエイラは渋々従った。
「もぉ、クィールがそう言うならぁ……しょうがないわねぇ……」
「……そうね」
二人が顔から退くと視界が広がって二人の顔がよく見えた。一人は耳の下でツインテールにした髪を揺らす、ノーラ。もう一人は肩ほどに伸びた軽くウェーブを描く髪を手で払う、トエイラ。
二人とも私の契約した精霊だ。元気はいいのだが、いかんせん呼び出すと大体こんな風に反応する。だから少しだけ大変だとは思うが、やはり二人とも可愛い私の契約精霊だ。ついつい態度も甘くなってしまう。
「まぁ……いいよ。今は、緊急時ってわけじゃ無いしね。クィールとセイル、ありがとう」
いつも止めてくれる二人に礼を言うと、二人もふわりと私の前にくる。
「レイラの為だから! 気にしないで!」
元気に答えるセイルとそれに同意するように頷くクィール。いつ見ても、正反対な印象を受ける二人だ。彼らも私の契約精霊である。
この四人が私の契約精霊の全員だ。クィールが一番最初に私と本契約をかわし、続いてトエイラ、セイル、ノーラと続いた。だからなのか、長男のようなクィールには皆恐れを抱いているようなところがある。……まあ、クィールが一番、力と残虐性があるからでもあるだろう。
精霊との契約には二つの種類がある。
幼い頃に精霊に見初められ、仲を深めていくと一番最初にされるのが仮契約。この仮契約時は
そして本契約。ここで精霊と人間の絆が決して離れないものとなる。本契約に移行するときのタイミングは、本当にその精霊と人間次第だ。精霊側が人間に『自分の名前をつけて欲しい』と言ったら、それが本契約の合図だ。人間が名前をつけ精霊がそれを受け取ると、本契約となり精霊が己の心臓を人間に捧げる。捧げると言っても精霊の立ち位置が下と言うわけでは無い。契約ももう取り消す事なんて出来なくなる。
そして本契約を交わした精霊は自分の『本質』、つまりは本格的な『人格』を得る。契約前の赤子のような状態、次に仮契約時に出てくる少しの個性……個性と言っても曖昧なものですぐに移り変わる、本質ができる前の赤子のようなものだが……まぁ、それが名付けることによって本当の人格を得ることになる。性別の様なものも出来上がる。力も人格のおかげと言っていいのか、制御が細かくできるようになる。精霊回路をつなぐ時に仮契約時よりもスムーズになる。
精霊の心臓は魔法陣として人間の持ち物に刻まれる。刻む前にどの物に刻むかは、指定できるのでいつも持っていられる物、例えば指輪・首飾り・耳飾りなどに刻まれることが多い。風呂に入るにしても外してはいけないから、本当に身近なものに限られる。だから私は首飾りにしている。邪魔にならないし、まぁオシャレ? だし……とても便利だ。はっきり言ってニールの勧めだったから、これでいいか、と思ったのも事実だ。勧める時に「シンプル・イズ・ベスト!」と言っていたのはまだ遠くはない過去だ。
ともかく、本契約をすると精霊とは『一心同体』となる。契約側のどちらかが死ぬと片方も死ぬ。
本当に一心同体だな、と考えながらも私にまとわりつく四人を見ると、それぞれが笑顔を返してくれる。
「なぁに? レイラ」
「ふふ、レイラ相変わらず可愛いわー」
「レイラ、最近俺のこと呼んでくれてる? 俺ずっと待ってるんだけど!!」
「……セイルは……一昨日呼ばれ……てた」
そうよ! そうよぉ! セイル、ずるいぃ! なんて会話を交わす彼らが微笑ましくて、思わず顔が緩んでしまう。こんな彼らが、私と共に死の運命を受けることになるとは、嬉しいのか悲しいのかはわからないが、精々長生きしようと思える。彼らはニール以外に私が家族と思える唯一だ。沢山の景色や物たちを見せてやりたい。
「ふふふ、レイラが笑ってるよ。お兄さん、お姉さん」
小さな精霊たちがふわりふわりと舞う。彼らは、どうやら先に本契約をしたものたちを年上とみなす様で、四人の事を兄・姉と呼ぶ。
指摘する小さな精霊たちに、ピタリと会話を止めた四人はまた私を見ると、ワッと寄ってきて抱きついてくる。戸惑いながらも受け止め手を添えてやると四人がなぜか震えだした。
「もぉ! 可愛すぎるよぉ! ノーラのレイラ、可愛すぎるよぉ!」
顔を真っ赤にしているノーラが叫びだす。
「お前のだけじゃない!! 俺たちの! だ!」
「そうよ! なに、自分だけのレイラみたいに言おうとしてるのよ! レイラはいつも可愛いわ!」
ノーラの言った内容に素早く訂正を加えて、叫ぶ彼らとは違い静かに震えるクィールを見るとボソリと呟いた。
「……とりあえず……レイラ……大好きだ」
その一言を全面的に肯定する三人。残像が見えるほどの速さで頷いている。
「クィールの言う通り! レイラ大好きよ!」
トエイラが力強く叫ぶ。セイルはなぜか、あらぬ方向を見ると息を大きく吸った。
「レイラーーーーー!!! 愛してるよおおおおおお!!!」
「あ、ズルイィ!!! だったらノーラも大好きじゃなくて、愛してるだもん!」
「私だって! 愛してるわ、レイラ!」
「俺も……レイラ……愛してる」
セイルが言い出した言葉に他の三人が競う様に口に出していく。……全く一体何処からそんな言葉を覚えてきたんだか……。でも……それは私の心に暖かく響いてきて。口元が緩んで目尻が下がってしまう。
「私も、みんなの事を愛してるよ」
そう言うと、四人は一斉に顔を綻ばせた。
「「「「うん、知ってる!」」」」
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