レイラ
露草 はつよ
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第0話 差し込みました。
そこは、どこかの屋敷の豪華な一室の中。
少しだけ長めの髪をオールバックにしている男が、大きな机の後ろに悠々と座り目の前に立っている人物を見ていた。
それに対して立っている方は、長めの髪の毛を背中で揺らしながら男を見てかしこまっている。
「さて、レイラ・H・ウェストル」
男の口から低い声がこぼれ落ちると、レイラと呼ばれた人物は肩をかすかに反応させた。
「は、なんでしょう」
「君の後見人として、今回お願いしたいことがある」
後見人として、とは。なかなか重い言葉が男の口から溢れでたことにレイラは、かなり動揺した。
今まで、後見人としての『お願い』など一度も無かったことがさらに緊張感を膨らませた。
「大公様の願いであれば」
レイラは動揺を抑え込み、腹を決めた。この恩人に頼まれたのであれば、できるだけ叶えようとレイラはグッと足に力を込める。
「レイラ……、頼む。学校へ行ってくれ」
「は?」
学校? とレイラの顔が引きつった。レイラは今まで家庭教師で勉学の方はまかなっていた。
今更何を……と顔に出しながらレイラが大公を見た。すっかり緊張感は溶けてしまっている。
「いやね。レイラにはこう、さ。まともな、人間関係を作って欲しいと考えているんだ」
「人間関係? なんですか、そんなこと。今だってしているじゃないですか」
しらっとレイラが言うと、大公が顔を歪めた。
「違うよ! 今みたいな、こんな年上だけの人間関係というか……。こういうの君みたいな、年頃の娘に良くないと思うんだ」
しみじみと自分の言葉に納得しながらも大公が言う。しかし、それにレイラは否定的な目線で答えた。
「良くないって、そんなことないですよ。たまに村の人たちとも交流図ってますし、同じような年頃の娘と話をしたりしますよ。あと、アスウェント家のマイラちゃんとも話をしますし」
レイラの脳裏に浮かぶのは毎回、客として尋ねるといつの間にか背後にいて元気に挨拶してくれる少女だった。アスウェント家の三女は人懐っこいとは、有名な話である。村の娘たちとは、近状とかの話をしたりする。
「それって、友人関係じゃないでしょう? もう……。ニール君からも言ってくれないかな?」
レイラの話す内容に頭を抱えながらも、大公が扉の横の壁に寄りかかっている茶髪のボサボサした髪の人物に助力を乞う。
「そうですねぇ……。レイラ、俺もレイラには学校に行ってもらったほうがいいと思うな。知っての通り、俺は元孤児だったからさ。確かに裕福なものじゃ無かったけど、仲間たちとか友人がいたのは本当に良かったと思っている。今でも友人として関係を保っている人もいるしね。行っといて損はないんじゃないかな?」
壁に寄りかかったニールは軽く首を傾げながら、レイラにゆったりと決断を委ねる。
なかなかの説得力に大公も勢いがついたのか、力を込めてレイラに説得を進める。
「そうそう! 友人もたくさんできるよー! きっと楽しいぞー! 青春だよー! ね? 行きたくなったでしょう?」
明るく勧める大公に、レイラはうーんと悩む。
「しかしですね、ほら、家のこともありますし……」
そう言われて、大公もうっと詰まる。レイラの家のこと、というのは確かに大事なことだ。一日でも欠かすと大変なことが起こるのは知っていることだから、無理には押し通せない。
「……確かに、家のことはあるけど……。ほら、それは学校に行く前にやるか帰りにできないかな?」
「まあ、出来ますけどね……。森に入って祭壇にお神酒を捧げて、一杯飲むだけですし」
今まではお昼の明るい時間に、森の奥の泉にある祭壇にお神酒を捧げてレイラも盃に自分用の酒を注ぎ飲む儀式のようなものを思い出す。
酔うわけではないので問題はないが、奥に行くまでが大変なのであまり暗い時に行きたくはないのだ。
「そうですね……。わかりました。行きますよ、学校」
「え!? 本当に!?」
びっくりして聞き返す大公に苦笑いしながら、レイラが返す。
「ええ。大公様とニールに言われてしまえば、行かざるを得ないですよ……。それに、私自身も少しだけ学校に興味がありましたから」
「そうか、行ってくれるか! きっと沢山の思い出ができるよ」
ホッとしたように大公が微笑む。
そんな大公は早速とばかりに、数組の学校のパンフレットを取り出すと机に置いた。
「ちなみにオススメの学校はコレ。私も通っていたんだ」
その中から大公が一つのパンフレットを差し出す。名門の学校のものだ。
レイラは、特に自分の行きたい学校も無かったため大公の勧めのままその学校に行くことがその日のうちに決まった。
▽▽▽
ガチャリと部屋の扉をニールが開けてくれる。
「失礼いたします。本日はありがとうございました」
レイラが頭を下げると、隣に並んだニールも頭を下げる。
そんな二人に大公は微笑みを浮かべる。
「いいや、こちらこそありがとう。レイラ、ニール君、またお茶飲みにおいで」
はい、と二人が笑顔で返事すると大公が手を振って扉が閉まった。
二人は廊下を歩き出す。
「ニール」
唐突にレイラが声をかけると、動揺することなくニールが返事をした。
「なんだい?」
「学校……、うまく行くかな?」
レイラが少しの不安をこぼすとニールは微笑んだ。
「さぁね。それはレイラ次第だと思うよ」
少しだけ突き放したような言い方をするニールに、レイラは気を悪くすることなく「そうだよね」と呟いた。
「でも、別に不安になることはないよ。学校にいるのは別に化け物ってわけじゃないんだ。同じ人間だよ。ゆっくりやっていけばいいよ」
そう言ったニールが、少しだけ目線が下に向かったレイラの頭を軽く撫でた。
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