第1話
私は、暗闇が嫌いだ。
昔、暗闇の中に閉じ込められたことがある。暗くて、寒くて、誰もいない、寂しさが
∇∇∇
はっと目を覚ますと、朝日が窓から射し込もうとしていた。
廊下に通じる扉から、コンコンコンと扉が叩かれる音がしてメイドの声がする。
「失礼致します」
ガチャリと観音開きの扉が開く。
メイドが三人入って来た。扉を閉め、こちらに向かって礼をする三人の動きは、洗練されている。
「おはようございます、レイラ様」
挨拶をして来るメイドにおはようと返すと、三人はいつものように動きだす。一人は私の部屋履きを用意し、一人は続きになっている部屋の洗面台の用意を、もう一人は私が着替える服を用意する。
私は自分一人で眠るには少々大きなベッドから降りて、部屋履きを足に引っ掛けるとあくびをしながら、洗面台のある部屋に向かう。
バシャリ、バシャリと顔を洗うと、紺だか黒だかよく分からない色合いの髪の束がさらりと垂れて来る。
ふっと息を吹きかけると、ゆらりと揺れる束を睨みつけた。無造作に髪を払うと、すぐ横で控えていたメイドが真っ白なタオルを私に差し出す。
無言で受け取ると、顔を拭いた。
拭いた後に前を見据えると、鏡の中の自分が見返して来る。その見据える顔を自分の瞳にはまっている、限りなく水色に近いような藍色が静かに見つめ返していた。
半年以上前に、十七になったがあまり変わらない顔を見つめる。どこか、父母に似ている気がして目をそらした。
部屋に戻ると早速着替えさせられる。
「レイラ様、今日のご予定は特に何もありません。学園の編入初日ですので、大公様が今日は他のことは良いと」
「あ、そうなの」
あー、今日はゆっくりできるなと、いつものごとくあまり回らない頭で考える。
化粧台の前に座ると背後にメイドが来て、髪を整え始めた。学校だから派手にしないように、と言いつける。
「あー、髪の毛はもっと適当でいいよ。編み込みとかいらないから」
「左様でございますか」
そう返事したメイドは編みかけていた髪の毛をほぐす。髪はそのまま何もしないで流れるままにしておく。無駄にピンッと張る髪の毛が背中の中程で揺れ動く。
それを、終わったものとみなし椅子から立ち上がると、そのまま朝食に向かった。
部屋を出ると長い廊下を歩き、今まで居た二階から一階に下がる。そして、また長い長い廊下を歩く。無駄に長い廊下を歩くと目の端々に扉が何度も映る。それを通り過ぎると、今度はガラス張りの廊下に出る。ガラスの向こうには、綺麗に手入れされている裏庭が見える。そこまで高さのある木は生えては居ないが、低木やひまわりなどが生えており、木陰が多く涼しい。今が夏だから尚更そう考える。夏でなくとも、春や秋などであれば植物や木々が染まり、冬であれば雪化粧が美しく映える。もっと奥の方に向かえば、湧き水でできた池がある。水が澄んでいて、藻との色合いが美しい池が頭に思い浮かぶ。
……近いうちにまた涼みに行こう。
それを過ぎれば、やっと待ち望んで居たダイニングルームの扉が見えて来る。いつも通りの時間にいつもの朝食を食べられるのは、なんて贅沢なことだと思ったのはそこまで昔のことではない気がしてしまう。
メイドが扉を開ければ、無駄に大きな長テーブルと椅子がいくつもある空間が寒々しく私を迎え入れる。それは、私が部屋に入っても変わらない寒々しさだ。
そのまま、長テーブルの短辺の一人席に座る。準備が整うと、メイドが給仕をしていく。お皿と共に入って来ていた料理長が後ろに静かに控えている。
もぐもぐといつもの朝食を食べ終える。
そのまま出発までの準備を終えると、まだ朝日がまばゆいうちに馬車に乗り込み屋敷を出発した。
∇∇∇
「皆さん、今日から編入して来た方を紹介しますね。この方は、レイラ・H・ウェストルさんです。今まで家庭教師の方に教わって居ましたが、今日から、皆さんとクラスメイトとなります。分からないことも多々あると思いますので助け合ってくださいね」
初老の女性の先生が生徒に紹介すると、生徒たちの目線が私に突き刺さった。
教室は階段教室になっており、後ろに行くほど高くなっている。天井も高く、空間自体の余白がかなりあり、きっと学校の裏庭であろう場所が天井まで続く大きな窓から望める。圧迫感はないが、逆に私が立っている壇上をぐるりと囲むような形をしている長机がよく見え、生徒の視線がどこへ向かって居るのかがよく見えて、威圧感を覚える。ここで初めて教える先生に
先生が自己紹介をしろと促すように見て来るがほとんど紹介することがない。……言おうと思っていたことは先生に言われてしまっている。
もう、いいや、と投げやりになる。
「レイラと言います。これから四年間よろしくお願いします」
周りを見渡すと、やはりと言うべきか、身分が考慮されている教室だ。同じ公爵家のルフォス家の次男と、アスウェント家の長男、そしてソルゲア家の次男もいる。
ルフォス家は教会の長であり民の意見箱という公爵家だ。アスウェント家は大きな商会を経営している公爵家。ソルゲア家は王の片腕である宰相を代々継いでいる。
どれも有名な話であり、それぞれが大きな力を持つ影響力のある家である。
「ワオ! 可愛い子が来たね! いや、可愛いというより綺麗……かな?」
そう気安く声をあげたのは、アスウェント家の長男だ。名前は確か……、ヒューバレル、と言ったか? ヒューバレル・S・アスウェント。
「そうだね〜」
間延びした声で同意するのは、アスウェントの後ろに座っているルフォス家の次男、キース・R・ルフォスだ。
「よろしくー! 仲良くやろうね」
無駄にテンションの高いアスウェントが、手を振りながら笑顔を私に向ける。
とりあえず角を立てないように、曖昧に笑って軽く会釈する。
「あらー、早速仲良くやれそうね! じゃあ、席はたくさん空いてるけどウェストルさんはアスウェントさんの隣に座ってもらおうかしら」
え゛……、マジでか。
「えー! マジで! 先生さすが!」
そう過剰に反応するアスウェントに先生は眉をしかめる。
「アスウェントさん! 先生に向かって、なんという口の聞き方ですか!」
そう言われ、アスウェントは特に悪びれずに軽く笑顔で先生に言葉を返す。
「はーい。すみませんでした」
「……まあ、いいでしょう」
先生は不服そうながらも、アスウェントを許す。やはり、あまり強くは言えないのだろう。そのまま眉間のシワを消し私の方を向いた。
「ウェストルさん、アスウェントさんはこのクラスの責任者なので色々と学校の方案内してくれますよ。何か困ったことがあれば、先生でもいいですがアスウェントさんに聞くといいですよ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
礼を言うと、先生は私を席に座るように促し次の授業の時間を知らせると教室を出て行った。
いつまでもそこに居るわけにはいかないので、そそくさと指定されたアスウェントの隣へと向かう。
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