第2話 疑い
取り調べは一人一人、個別に行われる。
まだ、事故か自殺かも解らない状況なのだろう。取り調べをする刑事達の口調はとても柔らかなものだった。
「それでは・・・イジメとかは無かったんだね?」
古株の刑事はそう尋ねるので、コクリと一回、頷く。
当たり前だ。二階堂由美はイジメを受ける方では無い。イジメを行う側だ。だが、敢えて、そんな事をここで言う必要など無い。何故なら、私は別に彼女からイジメを受けた経験は無い。言うのであれば、イジメを受けていた者が率先して言うであろう。
それよりも私の関心は全て、白田由真にある。
彼女はこの事態にどう思っているだろうか。
彼女は私の想像を超えて動いてくれた。ある程度、予想して、机の中の画びょうはすでに回収しておいたが、それを探す為に動き、それを同級生に見られたのだ。彼女は同級生達に疑いを掛けられている。きっと、それはこの場で多くの同級生が証言するだろう。
だとすれば、おのずと彼女は容疑者の一人に名を連ねる事になる。彼女は無関係では居られなくなったのだ。
なかなか滑稽なものだ。だが、それぐらいにあっさり、犯人にされるようでは困る。私が望むエンターテイメントはそんなものじゃない。
だから、事件はここで終わらせてはいけない。
まずは・・・はじまりなのだ。
これを彼女がどう乗り切るか。
先の読めない展開とはなんと楽しいのだろう。
私は刑事達のありきたりな質問に答えつつも、心は踊っていた。
由真は取り調べを受けながら考え込んでいた。
画びょうが無くなっていた。誰も二階堂由美の机には触っていないはずだ。いや、二階堂由美が居なくなってから発見されるまでに時間はかなりある。その間、机を見張っていたわけじゃない。そもそも机にそれほど気に留める必要など無い。だとすれば、机の中から画びょうを盗み出すチャンスなど幾らでもあった事になる。
「あの、聞いていますか?」
男性刑事が厳しい口調で尋ねる。由真はハッとして刑事の顔を見た。
「あなた・・・二階堂由美さんが発見された直後、彼女の机を倒していたそうですね?理由は何ですか?」
誰かが刑事に話したようだ。確かに怪しまれる事は間違いが無い行為だ。
「あの、彼女が朝のホームルーム前に机の中で画びょうに刺されたと言って、飛び出して行ったので、その画びょうを探していました」
ここは素直に言うしか無い。
「画びょう?・・・画びょうを探すのに、何故、机を倒す必要があるのですか?」
刑事は増々、不審な表情で由真を見る。
「画びょうに毒が塗布されていたのじゃないかと思い、机の中に手を入れるのを躊躇ったからです」
「毒?」
刑事は明らかに由真に対して疑念を抱くような目になっていた。
「はい・・・毒が塗られていたから、あんな死に方をしたのかと・・・」
「なんで・・・毒で殺されたと・・・思ったの?」
刑事の眼光は鋭くなったように思えた。
「あの・・・死体が窒息で亡くなったように見えたので、事故じゃないなと」
由真はこの疑いから逃れる術を探すが、どこにも逃げ道は無さそうだ。
「毒ねぇ・・・それが本当だとして・・・何で、君が机を倒して、それを探すの?実は毒を塗布した画びょうを回収しようとしたんじゃないかな?」
「そんな事はしません。机の中に画びょうは無かったんですから」
「無かった?」
「はい」
刑事は手元の資料を眺める。そこには二階堂由美に関する情報が書き連ねられているようだ。
「確かに・・・彼女の遺留品などから画びょうは出て無いね・・・あの、君の私物なども見させて貰って構わないかな?」
刑事は断らせないと言う感じに強く出て来る。
「構いませんよ」
由真は自らの潔白を証明する為に断る必要性は無いと思い、了承した。二人の刑事と共に由真は自分の教室へと戻る。
二階堂由美の机は倒されたままだ。
「君の机は?」
刑事に言われて、机の前まで歩み寄る。そこで刑事に止められた。
「我々が確認するから」
刑事の一人が机の中を漁り始める。教科書やノート、筆箱などが机の上に置かれる。その中に見慣れない物があった。それは画びょうを入れたケースだ。
「えっ?」
由真はそれが出た瞬間、驚く。
「画びょうか」
刑事は繁々と画びょうケースを眺める。
「それを鑑識に回しておけ・・・君にはもう少し、話しを聞かせて貰わないといけないかもしれないね」
刑事に凄まれているのも解らない程に由真は頭が混乱した。
「違う・・・私じゃない」
動揺する由真を見て、刑事達の眼光が鋭くなる。
「悪いが・・・みんな、それを言うんだ。やっていたとしてもね」
刑事に言われ、由真は愕然とする。
二階堂由美の死体は変死と言う事もあり、司法解剖に回されていた。死因はテトロドトキシン中毒によるものだとされた。呼吸困難の形跡があったのも毒によるものだと判明される。
この結果と、由真の机から押収された画びょうの先端から同様の毒物が採取された。細かい鑑定はこれからだが、ほぼ、同じ物だと言える。この毒は一般的にはフグ毒と呼ばれる物で、青酸カリより強力な物である。
刑事は由真だけを学校に残していた。無論、それは任意となっているが、事実上の強制であった。簡単には帰して貰えない事から、自分が最重要容疑者とされた事を悟った由真は必死に考えた。
-どうやって由美の机に入れた画びょうを回収して、由真の机に入れたかー
-なぜ、由真の机だったのかー
一つ目の問いはとても簡単である。学校と言う密室では誰の目にも触れずに机の中を漁る事も可能だと言う事だ。そして、回収した画びょうを知らない内に入れておくぐらいはあまりにも容易い事である。
だが、問題は二つ目だ。殺人の証拠をなぜ、自分の机に入れていったかだ。証拠ならば、処分する事が最優先だろうと思う。しかし、それも考えてみれば、多少は理解が可能な点もあった。校内で処分すれば、警察は必ず探し出すだろう。だからと言って、帰宅時間外に学校の敷地から出るのは目立つ。だとすれば、敢えて、別の容疑者を仕立てるのは裏をかいた方法だとも取れる。それが白田由真なのは偶然なのか、必然だったのか。それが解らない。
殺害の証拠が見つかった事で、由真に逮捕状が発行された。これは万が一、自宅に帰して自殺される可能性もあるための処置でもあった。由真は手錠を掛けられる事は無かったが、どこからか嗅ぎ付けたマスコミからの視線を隠すために顔を隠すように警察官の上着が頭から掛けられ、中が見えないように処理されたワゴン車に乗り込んだ。
「このまま、県警の方へと向かうから」
通常なら、地元の警察署での留置になるが、事件が事件だけに県警はかなり厳重な態勢を取っているようだった。それが刑事の表情からも読み取れる。
由真は自分が容疑者になった事については、すでに理解をして、冷静で居られた。そもそも、自分は犯人ではない事は自分自身がはっきりと解っているわけだから、何も焦る事は無い。問題はどうやって、それを証明するかだ。
車で30分程度で、県警本部へと到着した。そこから取調室へと直行となる。相手が少女と言う事もあり、取り調べには女性警察官も同伴となった。
小さな格子の入った窓だけの部屋に入れられる。部屋の真ん中には引き出しも無い机とそれを挟む形で椅子が二つ、置かれている。壁際にも机が置かれており、そこにノートパソコンが置かれている。
三人の警察官と由真は部屋に入り、由真が先に座らされた。目の前にはベテラン刑事が座る。取り調べだから厳しくなるのかと思ったが、ベタラン刑事は思ったより笑顔だった。
「じゃあ、取り調べを始めようか」
彼は殺人の証拠となった画びょうの写真を目の前に置く。
「君の行動は他の生徒達からも聞いて、それなりに把握している。今一度、今朝、自宅からの行動を聞かせて貰えるかな?」
刑事に言われて、起きた時の事を思い出す。
今朝の事だが、思ったよりも思い出せないものだと感じた。
朝は6時に目が覚める。目覚まし時計が鳴って起きたのだから、時間は間違いが無い。起きて、すぐに顔を洗う。それから用意された朝食、今朝はトーストとスクランブルエッグにウィンナー。それを食べた後、歯を磨く。
着替えを終えて、ポニーテールを結んでから、テレビの占いを見て、7時30分に家を出た。そこから自転車で20分を掛けて、学校に到着する。
学校に到着したら、そのまま、教室に入り、着席する。
概ね、そう答えた。不審な点など何もない。
「まぁ・・・不合理な点は何も無いな」
刑事は納得する。正直に言えば、彼女が二階堂由美を殺害する動機が他の生徒や教師からの聞き取りでも出てきていない。そもそも、二階堂由美と白田由真では接点は同級生と言うだけである。普段から会話している所さえ、見掛けた者は居ないぐらいだ。
「それで・・・この画びょうについてだけど・・・どこで買ったとか・・・」
「それは知りません。私のじゃありませんから」
由真ははっきりと画びょうについて否定する。
「うーん・・・まぁ・・・そうだねぇ・・・」
画びょうからは指紋や体液などは検出されていない。これが由真の物であるという確証はどこにも無い。
「じゃあ・・・何故、君は二階堂さんが殺害された時、彼女の机を倒したのかね?」
刑事ははっきりとしている事柄について尋ねる事にした。
「それは・・・」
一瞬、口籠る由真。
「彼女を見て、殺害されたと思ったからです」
「見ただけで?」
刑事は疑念の目で由真を見る。
「はい。それで朝、彼女が画びょうを指に刺したのを思い出して」
「それが毒だと思ったの?」
「・・・はい」
由真は少し不安気に答える。
「我々でもあれだけ見て、すぐに殺害されたとは考えないかも知れない。普通なら自殺・・・事故とかを考えるけどね」
「それは・・・確かにそうですが。どう見ても、彼女は窒息、または呼吸困難な表情をしていました。だけど、首を絞められた跡は無い。だとすれば、呼吸困難を起こすような毒物の可能性を考えただけです」
刑事は由真の説明を聞いて、少し考える。
「まぁ、そこまで理路整然と返答されると・・・おじさんは困っちゃうね」
頭を掻くベテラン刑事。
「正直に言えば、君を逮捕こそしたけど、それはあくまでも自殺予防であって、君を拘留するだけの確証は無いんだ」
ベテラン刑事がそう告白する。調書を書いていた若い刑事が慌てて振り返る。
「ちょっと、容疑者に捜査情報を喋って良いんですか?」
ベテラン刑事はそれを鼻で笑う。
「安心しろ。このお嬢さんはお前より賢い。こういう手合いに嘘やごまかしをしても無駄さ。全てを裏を読み取られちまう。だったら、包み隠さずに言った方が手っ取り早く、次の展開へと行けるってもんだ」
ベテラン刑事の物言いに若手刑事は呆れた顔になる。
「し、信じてくれるんですか?」
由真は少し明るい表情になる。
「バカ野郎。信じたわけじゃない。ただ、今の段階じゃ、起訴するに不十分なだけだ。あんたが犯人じゃないっていう事にはならんよ」
そう言われて、由真の表情は暗くなる。
「まぁ、仮にあんたが犯人じゃないとして・・・あんたなら、どいつが怪しいか・・・解るか?」
ベテラン刑事は静かな口調で由真に尋ねる。
「ちょっと、繁さん。これ、全部、録画されているんですよ?あんまり滅茶苦茶な事を言うと、マズイですって」
「聞くぐらい問題無いだろ?五月蠅い奴だな」
繁さんと呼ばれたベテラン刑事は笑いながら由真を見た。由真は真剣に考え込んでいた。
二階堂由美
成績は下から数えるぐらいに悪く。素行も悪い。イジメをするし、万引きなどもしているという噂もある。彼女に恨みを抱く生徒は少なからず居るだろう。それは同級生の中にも数人は居る。
イジメを受けた者。カツアゲされた者。
だが、だからと言って、殺害するまでに至るだろうか?
確かに殺したいとは一瞬、思ったかも知れない。それでもそれを実行に移す程に酷い被害を受けたわけじゃない。許される事では無いが、殺害されるまでも無い。それ故に、彼女に恨みを持つ者をリストアップしたとしても無意味な気がする。
それでも由美を殺害したいと思う人物を考える。
「解りません」
由真は口から絞り出すようにそう答えた。
「解らないか・・・二階堂は簡単に言えば、ヤンキーみたいなもんだが、恨まれる事は多いと思うが?」
「恨みはするでしょうけど・・・殺すまでには・・・無いと思いますが」
由真の言葉に繁さんは納得する。
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