殺人観察

三八式物書機

第1話 はじまりの殺人

 敷地の周囲を取り囲む田畑。

 ありふれたコンクリート造りの校舎。

 広さだけはあるグラウンド。

 古びた屋外型のプール。

 年代を感じる鉄扉の体育館。

 とある県立高等学校に私は通っている。

 そこは普通科しか無い高等学校で、少子化の為に廃校が決まっている。

 制服も県立高校らしく、素っ気ないデザインの詰襟の学ランと紺色のブレザー。

 靴は白の運動靴。鞄は学校指定のデイバック。

 一学年は約100人。普通クラスが2クラス。特進クラスが1クラス。特進と言っても、偏差値が左程、高くないこの学校では行ける大学は三流程度だ。

 そんな学校の普通クラスはそこそこ、頭の出来が悪い連中が集まっている。

 授業中にスマホを弄る奴。居眠りする奴。隣の奴と話をする奴。飯を食う奴。

 教師も教師で、面倒なのか、見て見ぬ振りして終わりだ。

 要はこの学校はクズの寄せ集まりである。

 だが、そんな中でも真面目な生徒と言うのは居るものだ。

 白田由真

 黒髪を腰まで垂らしたスレンダーな女子生徒だ。小型な割りに活発な生徒で体育の時などは活躍している姿をよく見かける。学力も高く、何故、特進クラスに行かないのかと思う。

 何故、彼女に注目するかと言えば、無論、美少女であるからも理由の一つである。確かに目立つ顔立ちをしている。多分、この学校でも一番、可愛いだろうし、並のアイドルぐらいならなれるだろう。

 だが、そんな事は重要ではない。私が注目する理由は彼女の特異な性格によるものだ。

 ミステリー好き

 そうだ。彼女はいつもミステリー小説を読んでいる。休憩時間になれば、友だちと交わる事も無く、小説や漫画を読んでいる。その全てはミステリーに関する物だ。彼女はとにかく、ミステリー小説が好きなようだ。その理由を直接、聞く事は出来ないが、多分、彼女はこの学校で何かが起きれば、それに食い付いてくるに違いない。

 そう・・・何か事件があれば・・・彼女はきっと、それに食い付いてくる。

 私はそう思った。

 ただし、これはあくまでも副次的な行動理由である。

 根本的な行動理由は私の中にある殺人欲求を満たす事。

 それだけだ。

 私はこの殺人欲求を満たすと同時に、一つのゲームを楽しむ事にした。そのゲームの結末は当然ながら、私の欲求を満たすための物となる。

 どれだけ、私を楽しませてくれるだろうか。

 私はこの目でゲームの行く末を眺めて行こうと思う。

 それはきっと・・・最高の催しになるだろう。

 

 それは冬の足音が近付く11月初旬の事だった。風は秋めいて、紅葉が始まろうとしている季節。

 銀杏の木が匂いを発し、冬服になった学生服にも暑さを感じなくなった。

 いつも通りに朝のホームルームが始まる。

 担任は小酒井と言う中年女性教諭だ。担当教科は現代国語。

 厚塗りの化粧が鬱陶しい感じのオバさんだ。点呼を終えた彼女は一言、三言、何かを言って、教室を後にした。朝のホームルームが終われば、数分で最初の授業が始まる。その間に生徒達は机から教科書とノートを取り出す。

 痛ッ

 女子生徒の悲鳴が聞こえた。皆がその声に振り返る。

 悲鳴を上げたのは茶髪の女子高生だ。

 二階堂由美

 茶髪に染めた髪を赤いリボンでポニーテールにした少女。そこそこの器量よしで胸もデカい。ただし、態度も同様にデカく。ヤンキーと言えるだろう。教師への態度も悪く。問題児と呼ばれる連中の一人だ。ただし、そんな手合いはこの学校では珍しくは無く、彼女が特別では無い。

 そんな彼女が悲鳴を上げた理由は、机の中に入っていた画びょうを指に刺したからだ。

 「誰だ?こんな物を入れた奴は?」

 当然ながら机の中に画びょうを剥き出しで入れるバカは居ないだろう。そうであるなら、それを入れたのは別人となる。彼女は怒り狂って、騒ぐ。すでに最初の授業を始める為に世界史の教師も来ていると言うのにだ。

 「あぁ、二階堂!騒ぐなら教室から出て行け!」

 世界史の【ハゲし】は嫌そうな顔で二階堂を見て、吐き捨てる。

 「くっそ!絶対に見付けて、ぶっ殺してやる」

 二階堂は教室中を睨みつけ、前の扉から出て行った。ハゲしはやれやれと言った顔で教壇に立つ。

 「そんじゃ、先週の続きからやるぞ」

 授業はいつも通りに始まる。

 授業が終わっても二階堂は戻って来なかった。二階堂と仲の良かった同級生の二人が心配そうにスマホに打ち込みをしている。きっとSNSでも連絡が取れないのだろう。

 あぁ・・・この不安感・・・とても贅沢な時間だと私は思う。

 人が一人、音信不通に陥った。たった1時間前には怒気を孕みながら、怒鳴っていた少女がだ。その事によって、今、この教室の片隅には一抹の不安が生まれた。やがて、これは恐怖へと変わる。私は知っている。それを知っている。

 そして、私は一人の女子生徒を見た。

 白田由真。

 彼女はいつも通りにミステリー小説を読みふけっている。

 さぁ・・・もう少しで、あなたの話が始まりますよ。とてもステキな話を私に聞かせてください。

 私は呪いを掛けるように彼女は目の端に捉え続けた。

 二階堂が戻らぬまま、授業は続く。休み時間になる度に同級生達はどんどん不安になっている。その輪は拡大を続け、教室全体へと広まろうとしていた。それが絶頂を迎える昼休み。クラス全員が二階堂を探そうとなった。

 白田由真は明らかに不快そうな表情を浮かべている。当然だろう。友だちでも何でも無い不良娘を捜索するのを勢いで手伝わされるのだから。彼女からすれば、どうせ、二階堂は学校をサボって、どこかに遊びに行っているに違いないぐらいしか思っていないように感じる。私も事実を知らなければ、そう考えたかも知れない。

 私は由真の行動を監視を続けながら、あまり近付かないようにした。明らかに怪しい動きは相手に気取られる。ここは心が昂ったとしても落ち着いて行動するのだ。彼女が何をしているか解らない時を想像するのも楽しいものだと思う。


 由真は退屈そうに校内を歩き回っていた。彼女にしてみれば、二階堂由美なんて、話しもした事が無い相手だ。仮に見つけたからと言って、何と声を掛ければ良いか解らない相手だ。

 彼女が怒鳴りながら教室から飛び出したのは知っている。だが、それで何で、クラス全員で探す事になるのか?どれだけうちのクラスは仲良しごっこが好きなのか?偏差値が低いにも程があると憤りを感じている。

 だが、そんな彼女の憤りを払拭するような事態が突然、起きる。クラスの一人がSNSで知らせて来た。

 -校舎裏に来てー

 短い一文。だが、それで二階堂が見付かっただろうことは解った。由真はやれやれと思いながら、クラスの手前、行かないわけにもいかず、校舎裏へと向かった。この学校の校舎は東西に3本の3階建ての棟が建ち、それを繋ぐ形で東端に南北に一本の棟が建てられている。校舎裏はその東西に延びた棟の北側と真ん中の棟の間であった。無論、もう片側と勘違いして行った者もいるので、由真が到着した時にもまだ、数人しか揃っていない。

 「由美!しっかりして!由美ー!」

 女子生徒の必死の声が聞こえる。由真は何かがおかしいと感じて、近付く。すると二階堂由美が倒れていて、女子生徒数人が彼女を囲むようにして、必死に拙い心臓マッサージなどをしている。

 「救急車は呼んだの?」

 由真は由美の表情から、かなり深刻な事を感じ取る。

 「せ、先生に・・・」

 女子生徒の一人が怯えながら言う。ここに居る生徒達は余りの事に動揺している。とてもまともに対応が出来る様子じゃなかった。

 「すぐに職員室で救急車の手配をしなさい。あと、そこをどいて、そんな心臓マッサージじゃ、効かないわ」

 由真はすぐに心臓マッサージを代わる。まずは脈拍を首の頸動脈に指を当て、探る。脈拍はまったくない。瞳を見るが、すでに瞳孔が開いている。もう、死んでいる可能性が遥かに高かった。それでも僅かな望みを賭けて、蘇生を始めた。

 8分後に救急車は到着した。救急隊員達は二階堂を見て、バイタルチェックを終えた後、特に処置をするでもなく、警察の到着を待っている様子だった。誰もが恐ろしくて聞けなかった。

 由美は死んだのだろうか?

 何もしない救急隊員。由真はそれだけで、すでに由美が死んでいる事を悟った。仮に救急隊員に尋ねたとしても、彼等は死んだとは答えないだろう。死亡を宣告するのは医者の役目だから。

 由美を見る。何故、彼女は死んだのか?

 彼女は屋上を見た。落下して死んだのなら、その痕跡があるはずだ。しかし、由美の体には外傷が無い。付近の地面にも何かが落下した跡は何も無い。口元を見る。人工呼吸などをしている為に口元がどうだったかは解らない。ただ、両目を大きく見開き、苦悶の表情で固まっている所を見ると、窒息などが考えられる。

 呼吸困難。

 だが、首を絞められた形跡はない。ここは校舎裏で左右を校舎に挟まれた場所ではあるが、閉所と言う程では無く、酸欠になったという可能性も低いだろう。無論、何らかのガスが溜まっていた可能性は否定は出来ないが、一般の高校で尚且つ、火山地帯でも無い、ただの平野のど真ん中に建つ学校では圧倒的に可能性は低い。

 毒

 呼吸困難を起こす事で考えるならば、神経を麻痺させる麻酔などを含めた神経毒。または筋肉を弛緩させる筋弛緩剤などが考えられる。だが、それらを簡単に手に入れる事は難しい上に、どのように致死量を与えるか。青酸カリならば、口元に炎症が起きて居たり、特有の甘い匂いがある。ましてや経口で飲ませたとすれば、人工呼吸を行った者も中毒になっている可能性もある。だが、見る限り、人工呼吸をした女子生徒は無事のようだ。

 由真は考える。朝に見た時と今の二階堂由美の違い。

 記憶を遡った時、教室を出ていく切っ掛けを思い出す。確か、彼女は机の中の画びょうに指を刺していた。画びょうの針程度では血管にも到達しないので、毒を注入する事は困難な気がするが、毒自体が皮膚からでも吸収される物であれば、考えに入って来る。ただし、画びょうの針先程度で致死量に達する毒があるのかは解らない。

 由真は教室へと戻る。由美が刺したと言う画びょうがまだ、彼女の机に残っているかも知れないからだ。

 騒動で誰も居ない教室。何も思わずに中へと入って行く。そして机の中を見た。乱雑に入れられた教科書やノート。まだ、毒の付着した画びょうが入っている可能性を考えると迂闊に手を入れる事は出来ない。仕方が無しに机を蹴り飛ばし、ひっくり返した。床に散乱する机の中身。だが、そこに画びょうらしき物は存在しなかった。

 「白田さん・・・何をやっているの?」

 その様子を、戻って来た同級生の女子生徒数人が怪訝そうに見ている。

 「いえ・・・確認をする為に、ちょっと・・・」

 由真は隠し立てをする必要が無いので素直に言ったつもりだった。

 「確認って・・・そこ、二階堂さんの机だよね?」

 一人の女子生徒が怯えながら誰に尋ねたか解らない問い掛けをした。

 由真は倒れた机を見下ろし、コクリと頷く。

 「な、なんで二階堂さんの机を倒しているの?」

 由真を見つめる女子生徒達は怯えた目で由真を見た。

 「い、いえ・・・これは、彼女が殺された証拠が無いかと・・・」

 「こ、殺されたって・・・二階堂さんが・・・なんで、あんたがそんな事を・・・」

 怯えた女子生徒達は由真を恐れ、一歩、二歩と退く。

 「間違えないで。私はあくまでも憶測を述べただけよ」

 由真がそう言い訳をするも、彼女達は弾けたようにその場から逃げ出した。


 突然の生徒の死によって、学校は午後からの授業や部活動を全て、中止にして、二階堂の同級生以外を全て、家に帰した。そして、残された白田を含む同級生たちは警察による取り調べが行われた。

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