第7話 焼き芋

「掃いても掃いても落ち葉が降って来るわ・・」

 私は庭に生えている楢の巨木を見上げ、虚無を感じた。私は一体ここで何をしているのだろうか。毎日毎日、掃除、座禅、掃除、座禅の繰り返しだった。

「こんなんで私は救われるのだろうか・・」

 私は思わず一人呟く・・。

「焼き芋しよ」

 背後で声がして、振り返ると、唯がたくさんのサツマイモを両手に抱えていた。

「それどうしたの?」

「あっちに生えてた」

 唯が庭の向こうを指を差す。

「・・・」

 見ると、そこは明らかによそ様の畑だった。

 

「野生のサツマイモなんてラッキーだね」

 唯は無邪気に芋の入った焚火を見つめる。

「う、うん・・」

 結局、誘惑には勝てず、私たちは集めた落ち葉で焼き芋をしていた。

「まだまだあったから毎日出来るね」

「う、う~ん、もうあそこの芋を掘るのはどうなのかなぁ・・」

「なんで?」

「・・・」

 唯はやはり無邪気だった。

「うまい」

 しかし、焼き上がった焼き芋はうまかった。歌の歌詞や漫画の世界にあった焚火で焼き芋も、食べるのは生まれて初めてだった。

「なんだこのうまさは」

 本当にうまかった。

「中はホクホク、外はパリっと、しかも甘い。それにこのなんとも・・」

 私は、芋のうまさに感動していた。

「こんなうまいものだったのか。焼き芋は・・」

「私、悟ったかもしれない」

 その時、隣りで一緒に焼き芋を食べていた唯がふいに言った。

 う、うぐっ、あまりに突然妙なことを唯が言うので、私は芋が喉につまりそうになった。私はあまりのうまさに芋を口いっぱいに頬張っていた。

「えっ?」

 私は唯を見る。

「私はね、私じゃないの」

 唯は焼き芋片手に、ゆっくりと流れる大きな雲を目で追っていた。

「私は私?私じゃない?ん?」

 私はむせながら答える。

「私は全部なの」

「全部?」

 私はマジマジと唯を見た。

「そう、全部が私なの」

「ゆ、唯ちゃん???」

 あまりの突拍子もない話に、私は、唯をさらにまじまじと見つめた。

「私は全部で全部が私なの」

 しかし、唯はまじめな顔で言う。

「ねえ、メグちゃんは死んだらどうなると思う?」

 唯が私を見た。

「死んだら?」

 再び口に持っていこうとした右手の芋をとめて、私は唯を見る。

「うん」

「う~ん、分かんないなぁ。なんにも無くなっちゃうのかなぁ」

「ううん、死んでも無くならないよ。宇宙に溶け込んでいくの」

「う、宇宙?」

「うん、宇宙はね。ものすごく大きくてどこまでもどこまでも広がっているの」

 そう言いいながら唯は芋を持った両手を思いっきり広げてぐるぐると円を画がいた。

「そこには、始まりも終りもないの」

「始まりも?終りも?」

 私には全く想像できなかった。

「みんな繋がってるんだ。だからみんな幸せなの」

「みんなが繋がっている・・」

「みんなみんな幸せなの。みんなみんな」

「誰も寂しくないんだよ。誰も悲しくないんだよ」

 そう語る唯の目は大きく輝いていた。

「わたし悟ったのかなぁ」

 唯が人差し指を唇に当て首を傾げた。

 私は食べかけていた芋を、再び口に運んだ。

「う~ん、そんなにかんたんに悟れるものなのかなぁ」

 私も芋を頬張りながら小首を傾げた。

「へへへっ、そうだよね」

「悟りって、もっとこう何十年も修行してとかじゃないかなぁ」

 さらに私は言った。

「そうだよね。私なんかが悟れるわけないよね。またなんかバカな事言っちゃった」

「う、うん」

 ここはそんな事無いよというべきだったが、つい本音が出てしまった。

「学校の先生もお前はバカだからしゃべるなって言ってた。へへへっ」

「・・・」

「焚火あったかいね」

「うん」

 ふと見ると、遠くの方で、畑の持ち主っぽいおばちゃんが畑と私たちの持っている芋とを不思議そうに交互に眺めていた。私は顔を伏せた。

「あっ、スズメバチだ」

 その時、唯が突然中空を指差し言った。

「えっ」

 指の先を見ると、大きな羽音を轟かせ、バカでかいオレンジ色の凶悪そうなハチが、悠々と中空を飛んでいく。

「唯ね。昔、スズメバチに刺された事があるんだ」

「えっ、そうなの」

「ガツ~ンとハンマーで殴られたみたいだったなぁ~、キャハハハハッ」

 唯は楽しそうに話す。

「いや、明るく言う事じゃないから」

 私はツッコミを入れる。

「わたしは死ぬのは怖くない。でも、こうやってメグちゃんとおしゃべり出来なくなっちゃうのが悲しいんだ」

 唯は突然悲し気に言った。

「死ぬなんてまだまだ先の話しだよ」

 だが、スズメバチを目で追う唯はどこか寂しげだった。

「私インドに行ってみたいんだ」

 また話がコロリと変わった。

「インド?」

「うん」

「なんでインドなの?」

「分かんない。きゃははは」

「・・・」

 私は唯のことがよく分からなかった。

「でも、なんかインドって感じがするの」

「インドかぁ」

 私も考える。

「わたしが死んだら、ガンジス河に流して欲しい」

 その時、また突拍子もないことを唯は言う。だが、唯はいつになく力強く私を見つめる。

「ガンジス河?」

「うん」

 やはり、唯は力強く私を見つめてくる。

「う~ん、分かった。唯が死んだら私がインドまで行くよ」

 私は、なんだか唯の目力に押されるようにして安請け合いしてしまった。

「やったぁ、ありがとう」

 唯は本当にうれしそうに笑顔を見せる。

「まっ、いっか」

 私は唯の勢いに押されて安請け合いしてしまったことを少し後悔したが、でも、目の前で本当に喜ぶ唯の姿を見ていたらなんだかそう思えた。それに、唯が死ぬなんてまだまだ先の話だ。そう、まだまだ先の話。

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