第11話グラドルのプロフィール詐称発覚、あれはあれで見てて気分がいい

「なんで最後なんだよ、母さん。つまらない冗談はやめなよ」

「……冗談なんかじゃないわ、悩んで悩んで家から出てくって決断したの」

 衝撃に打たれつつもいつもの冗談だと気軽に接するが、母は冗談気など毛ほどもなく重く口を動かす。

「私だけ一方的に愛して、馬鹿馬鹿しくなったわ。まことさんにはもう私なんか見えてないの」

 ますます理解ができない。

 何故か突然父さんの名前が出てきて、しかも馬鹿馬鹿しくなった? うーん、関連がつけられない。

「お母さん何があったの?」

 単刀直入だな、我が妹。母親、とはいえも少しオブラートにいこうよ。

 妹の気遣いの問いかけに、母は右手を左腕にかけて怯えるように肩をすぼめた。

「気持ちが揺らぐようなこと言わないで、りつな」

「ねぇ、はぐらかさないで答えてよ」

 母のはっきりしない態度に、妹は口を尖らせる。

 母は微かに言葉を漏らす。

「お母さんの言ったこと、守らなかったわね」

「え、なんの話?」

「カップラーメン、二つも食べようとしてる」

 途端に妹は絶句し、繕った笑みを顔に張り付ける。

 いわんこっちゃない。

「ち、違うのお母さん。こ、これは兄さんが食べる分!」

 あたふた狼狽えて俺を指差し、即席の理屈をでっち上げ逃げ道を開こうとしている。

 言い開きに俺を使うな。

 しかし母は騙されず、妹を見つめる。

「りつな、お母さんの部屋に筒抜けだったわよ。言うこと聞かなきゃダメじゃない……ほんとに……ダメ、じゃないの」

 尻すぼみに母の声は小さくなり、しまいには俯き顔を両手で覆った。

 肩が弱々しく上下した。

「どうしたんだ?」

 尋ねた俺の耳に、間違いない母の嗚咽が聞こえた。

「なんで泣いてるんだ?」

 訳を聞くのは心ないことだとわかっていたが、口から勝手に漏れだした。

「まことさん……」

「父さんがどうしたんだ?」

 俺は続きを促す。

 止まらぬ嗚咽に混じって、消え消えでも母は答える。

「まことさんが……う、浮気……してたの」

 開いた口が閉まらなかった。

 俄には信じられない。

「だからもう、この家から出てくの」

「父さんから直接、聞いたのか? 案外早とちりかも知れないぞ」

「そんなこと聞けるわけ……ないわ」

 両手を離して母は顔を上げた。

 大きな瞳は涙に満たされ、顔はしわくちゃに泣き崩れていた。

 激しく胸を打たれた。

「だからって、俺達にどうしろって言うんだよ?」

 質問口調で俺は母を真面目に見つめ返す。

「選んで……」

「何を?」

「お母さんについてくるか、まことさんと居続けるか」

「……そんなのわかんねぇよ」

 答えなど到底出ず、ふてくされて言った。

 視線を外し妹を窺う。

 妹も相当堪えているらしく母を見つめるばかりだ。

 父さん、早く帰ってきてくれ。

 俺は願った、そして叶った。

「ただいま」

 玄関から父の声がして、リビングに向かってくる。

「おーい、返事くらいして欲し……ん?」

 リビングに顔を出した父の眉が一気に寄せられる。その視線の先でむせび泣く母。 

「なんで泣いてるんだ、なみ。りくと、りつな知ってるんだろう?」

 視線は移動し俺と妹に向けられる。

 俺はりつなと顔を見合わせて頷きあった。 

「父さん、こういうことなんだ」

 父に母が泣いている理由を話すと、父は困ったように後ろ頭をかいた。

「ひどい勘違いだな、それは。なみの悪い性の部分が出たか」

 手間かけさせないでくれよ、と父は呟き母の元に歩み寄った。

「なみ、俺は浮気なんかしてな……」

「うるさい!」

 涙に沈んでいた母が突然に大声で叫び、両手で父を突き飛ばす。父は床に腰から打ち付ける。

「まことさんには私なんか見えていないのよね? 若い子がいいんでしょ? それなら勝手にやっていけばいいわ!」

「まずは俺の話を聞くんだ。お前の言う若い子というのは、社長の娘さんだ。すぐ近くの座席に社長も居たぞ」

 むきにならず淡々と述べる父に、母はより一層怒りを噴き上がらせる。

「言い訳はやめて! 私はこの目で見たの!」

「どうしても信じられないと言うのなら、俺にも手がある」

 泰然と言って母の目の前まで近づき、その両肩を掴む。

 母が肩をびくんと震わせる。

「俺の愛情が冷めていないことを証明してやる」

「な、何をするの?」

 真っ直ぐに見つめられ、母はすっかり怯えている。

 躊躇なく父は目を閉じて顔をさらに近づけた。柔らかく二人の唇が重なる。

 はっとして母の目が大きく開かれ、それがやがてほんのり緩み、その次には喜悦に呑まれた完全な受け入れの表情を浮かべていた。

 思わず俺は顔を背けた。

 見ていられない。見ていられるはすがない。

 息子と娘の見ている手前、こうも大胆に熱い口づけ、もとい接吻を交わすなどあり得ない。しかし、只今あり得ている!

 なんだ、この胸のもやもやは! すっきりしない。

 あばばばばば、顔から火が出る水が出る!

この矛盾! 矛と盾!

 内心でかなり取り乱している俺は、同様に取り乱しているであろう妹を目で探す。

 あれ、いない。

 二階からドアを閉める音が聞こえた。

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