第5話ウエストの鯖読み許容範囲はプラス4センチ
妹のネットグラビア活動の発覚から一週間が経過していた。
未だにカミングアウトする気は妹から窺えない。
だが妹のグラビア活動に変化が顕れた。
ポージングのレパートリーが目に見えて多様になっている。誰かがレクチャーでもしているかのような急成長だ。
平然と脇みせとかペタン座りでのさりげない胸寄せとか、よく研究されている。
「りくとー、ご飯よー。早く来ないと冷めちゃうわよ」
不意に母がドア向こうからの夕飯に呼んでくる。
今行く、と返してパソコンを閉じ部屋を出た。
リビングでは妹と母が真向かいで楽しげにほのぼのとおしゃべりしていた。
「何を話してるんだ?」
俺が食事の席についたついでに二人に尋ねる。
おしゃべりが一旦途切れ、小さく笑って母が答える。
「母と娘だけの秘密よ、たとえ息子に聞かれても口は割れないわ」
「兄さんには関係ない」
突き放すような口振りで短く言った妹が俺を睨む。
気に障ることをした覚えはないんだが、無下に扱われるのは何故だ?
「納得いかない顔をしないで、ぱっぱと食べたら?」
「……わかった」
詰め寄られ俺は渋々箸を動かし出す。
ぱったりと会話が止み、先週までのほんわかな雰囲気はどこにもない。もしかして俺のせい?
と、俺より先に来て食べていた妹が完食したようで立ち上がった。
「お母さん、ごちそうさま」
妹は笑顔も見せぬまま仏頂面でリビングを出ていった。
階段を昇る足音が聞こえる。
その後しばらく無言の夕飯が続いたが、母が期せずして口を開いた。
「りくと」
「うん?」
味噌汁のお碗に手を伸ばしかねた。
「なんだよ?」
妙に真剣な眼差しの母に、俺も食事に手をつけられない。
「あと一週間、待って」
「何をだよ」
「りつなのグラビア活動のこと」
ここにきて思いがけぬワードが飛び出してきせ、過たず虚を衝かれた。
母は眼差しを和らげる。
「あの子が自分の意思でやりだしたことだもの、内容はどうこう母親としては嬉しいの。だからりくとがやめさせたいと思ってても、もうちょっと見守ってあげて」
俺は場に合わず吹き出してしまった。
「俺がいつ、あいつのグラビア活動をやめさせたいなんて言ったんだ? 確かに最初気づいたときは快く思わなかったよ。でも、あいつは本気だ。さっきもブログ見たけど成長してた」
俺は妹の頑張りに誇らしく笑顔になると、母があらあらと嫌に高い声でわざとっぽく手を口に添えて言った。
「妹とはいえグラビアをわざわざチェックするなんて、りくとも欲求が溜まってるのね」
「溜まってねぇよ」
「大丈夫よ、恥ずかしがらなくても。りくとも高校生だもの、異性に興味があるのは当然よ。でもなんで異性のことが知りたいのかな?」
「はぁ? そんな哲学的なこと知らねぇよ」
何を言ってるんだこの親は。息子の世間体に悪影響だ。
俺がうんざりしていることなど、まっぴら気づいていないであろう母は、焼き魚の油気で濡れた艶麗な唇に人差し指をあてがう。
「お母さんでもいいなら、性について色々教えてあげるけど、どうす__」
「ごちそうさん、食器ここに置いとくからな」
俺は手を合わせてお先に夕食を済ました。
りくと酷い、と年齢不相応のふくれっ面になる母を尻目にリビングを出る。
焼き魚の油でか、ベタついた指先を洗いに洗面所へ足を向ける。出し抜けに玄関から鍵を回した解錠音が聞こえた。
「ただいま、おおりくと」
玄関から入ってきた父が帰宅一番に俺を見つけて、茶目っ気のある笑顔を浮かべる。
どうやら今日は気分が良いらしい。
「顔が暗いぞ、りくと」
「そうか?」
「悩み事でもあるのか? 話せることなら父さんに話してみろ」
妹のグラビア活動のことを話していいのものか? 俺の一人では決められない。
「どうした黙り込んで」
「何でもないんだが、一つだけ聞いておきたいことがある」
「聞いておきたいことか、何だ?」
「父さんはもし、りつながしたいって言ったことなら何でもやらせるか?」
何を今更、といった顔をして父さんは答える。
「当たり前だろ、娘だからな。できる限りあいつの意思を尊重してやりたい」
「そうか、ならいいんだ」
何が『いいん』だろう? 考えがはっきりしない。
父が鼻をひくつかせる。
「良い焦げの匂いがしてくるぞ。今日の夕飯は何だ?」
「さんま」
「秋の旬だな」
にっこり頬を綻ばせ父はリビングに入っていった。
__部屋に戻るか。
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