第4話スタイルも大事だけどポーズ一つで魅力は何十倍にも増大するんだ
妹がグラビアをやっていたという珍事は、母が本人から聞き出すということで任せておいた。
しかしだ、朝食の時間ってこんなにもいたたまれないものだったか?
テーブルを挟んで俺の真正面の席に座って黙々とトーストを食べ進めている妹に、妙な意識が持っていかれてしまう。
妹のトーストがほぼ一隅だけになっているのに対し、俺はたったのひとかじり。あきらかに食事に集中できていない。
「兄さん、どうしたの?」
最後の一口を飲み込んで皿を手に立ち上がった妹が、心配顔で俺を見てきた。
「どうしたのって何もないけど」
「そう」
たった二文字の合いの手で妹は身を翻し、シンク横に食器を置いた。
冷たいな、兄離れが早いぞ。
「それじゃ、いってきます」
妹は椅子の脚に立て掛けてあったスクールバックを肩に提げると、キッチンでやかんの湯を沸かしていた母にそう言った。
母がちょっと待って、とリビングを出ようとしていた妹を呼び留める。何やらコソコソ耳打ちをしている。
不承不承といった横顔で妹は母に頷いた。
何を密かに母娘二人で話しているんだ? 妹のグラビアの件と関係あるのかな?
「おはようりくと、今日は遅いんだな」
俺の右隣に大人の男性にしては背の低い父が、ネクタイを絞めながら席に腰掛けた。
「手が止まってるぞ」
いつもとは比して遅い食事ペースの俺にに、少々案じたような目線を向けてくる。
「遅刻するぞ」
「大丈夫だ、急いで食べる」
「なら、いいんだ」
父は目線を並べられている食事に落とした。
手早くトーストを口に詰め込み、アイスコーヒーで喉を通して鞄の持ち手を掴みリビングを後にする。
「いってらっしゃい」
後ろで母の声が聞こえた。
「学校でりつなに迫っちゃダメよ」
「そこまであいつに執着してねぇ」
聞かれたわけでもなしに否定して玄関を出ると、ねずみ色の曇り空が広がっていた。半袖のカッターシャツでは肌寒さを覚えたが、中に引き返さずそのまま学校に行くことにした。
帰り道は相当苦しんだ。
小雨だが雨が降りだし、加えて寒風も吹いていてブルブル震えて帰宅した。
明日からはブレザーも着ていこう。そう誰にでもなく誓った。
学校でRIRUを勧めてきた友人にどうだったと聞かれてあれは俺の妹だ、とも言えず曖昧に答えておいた。可愛いと誉めるのも恥ずかしいし、ブスだなと罵るのも気が引けたのだ。
気持ち濡れていたカッターシャツから完全に秋の装いであるトレーナーに着替えて、キッチンのぬるいインスタントコーヒーをカップに注ぎソファーに腰掛け一服する。
朝アイスコーヒー飲んでたのに、いきなり季節が進んだみたいだ。
玄関の戸が開く音がして、聞きなれた並足のリズムがリビングに近づいてくる。両親は普通この時間に帰ってこないから、妹だろうな。
「あっ、兄さん」
リビングに姿を現した妹が、俺に気付き抑揚なく声を漏らした。
俺は笑顔で言う。
「おかえり」
「……ただいま」
戸惑った感じで言った妹はタンスから一枚タオルを取り出して、自身の首にかける。やけに様になっていたのは水泳部時代の名残だろう。
「何ジロジロ見て、気持ち悪い」
俺の視線に気づいた途端、軽蔑の目を向けてくる。
「何もねぇよ」
ムスッとして俺は視線をカップに外した。
髪をタオルで拭きながら、妹はリビングを出ていく。すぐに階段を昇る音が聞こえてくる。
__俺も自分の部屋に行くか。
コーヒーをぐっと呷って飲み切り、カップを空にしたところで腰を上げる。
カップを適当に水洗いしてから、俺は自室へ足を向けた。
部屋にいても対してすることもなく、RIRUのブログを覗いていた。
こうして観ていると、ポージングのレパートリーが少なく三種類しかない。自撮り写真とはいえ進歩がない。
『立位体勢の嬌羞(りついたいせいのきょうしゅう)』
これはウエストのくびれと脚に目がいきやすい姿勢だ。くびれに自信のあるグラドルがよくやっている。それを近くから撮っているため、脚は見えていない。
『谷間強調の神視点(たにまきょうちょうのかみしてん』
目の高さより斜め上から撮ったもの。胸を寄せて意識的に見せつけている。これ無論胸に目がいくが俺までになると上腕も同時に見ることができる。
『座位体勢の顧み(ざいたいせいのかえりみ)』
背中を向けて座った姿勢から上体をこちらに向いて捻ったもの。背中のラインは当然ながら横乳も映り、さらにはヒップまでまとめて見られる。
の三種類といった定番のポージングしか知らないのだろうか?
「スタイルは申し分ないと思うけど、知識が無さすぎるな。あともうちょっと男性がそそられる表情を作れるようになれば、人気出んるのは必至なのにな」
何俺批評してんの? 疑う余地もない変態じゃん。
慌ててパソコンの電源を落とした。
突然湧いてきた羞恥に、心が傷んだ。
これじゃ中学時代と何ら変わりないじゃないか……。
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