午後五時の生き物たち
成瀬なる
プロローグ
冬の日暮れはとても早い。午後5時前になると日はすでに傾きかけて、オレンジ色に飲み込まれた教室へと長い影を作る。
暗くなる教室に潜むようにして、一人の少年が本を読んでいた。窓際の一番端の席、後ろから二番目で全てのページが真っ白な文庫本をペラペラと捲っていく。時刻は、午後4時50分だ。
すると、教室の後ろの引き戸が音を立てて開かれる。足音が足早に近づいて、少年の後ろの席で止まった。
「考えてくれたの?」
少年が、振り向くことはしない。顔を合わせて干渉することは、少年と後ろの人物にとって些か不都合なのだ。
「いや、まだだ。 物語は、そう簡単に生み出せない。 もし、生み出せる奴がいるのなら、小説家は一人でいい。 もう少し、待ってくれ」
「君の小説なんて興味ないよ。 聞いてるのは、計画のことだ」
後ろにいる人物――彼(彼女かも知れない)は、苛立ちを見せるように声を荒げる。だが、言葉よりも先に真っ白な文庫本を大げさに閉じる音が答えとなった。
「あぁ、それならもう考えた。 エンドだけが決まらないが、そこは物語の成り行きに任せよう」
少年の言い回しは、人の怒りをいやらしく撫でまわす。後ろの人物が、肩に手をかけ振り向かせようとしたが、タイミングよく少年が立ち上がり空を掴む。
「本当に、君に任せて大丈夫か?」
少年は「あぁ」と肯定しながら、前の引き戸へと爽快な靴音を鳴らして近づく。
「君は、登場人物。 登場人物が、物語の行方を心配するわけはないだろ。 そんな作品は外道だ。 それに、僕は、作者でありエンターテイナーだ。 読者も、観衆も楽しませる」
引き戸の前で、両手を開き、一礼しながら続ける。
「それじゃ、明日のこの時間。君は、あの子を殺す物語を語ろう」
始まりを祝う拍手のように帰宅を促すチャイムが鳴り、日が山の向こうへと沈む。教室のオレンジが闇へと変わる。
後ろの人物は、暗くて少年の顔を最後まで見ることはできなかった。
明日の同時刻、この学校で人が死ぬ――今、引き返せない事実となった。
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