第26話 プロ見習いは少女の前に立ち塞がる
《JINKE》の闘いを、プラムは何度か動画で見たことがある。
空恐ろしいほど上手いと思った。
動作に無駄がない。
行動に間違いがない。
まるで未来でも視ているように、正着手を次々と打ってくる。
しかし、時には定石から外れて、まったく予想のできないことをやってきたりもする。
華がある、と思った。
地味で卑屈な自分なんかとは違う、輝かんばかりの華が。
プラムは彼ほど、ゲームの神様に愛されてはいない。
どちらかといえば上手いほうだという自負はあれ、有名プレイヤーとしてゲームを代表するような、そんなレベルにはなれるはずもないと思っていた。
けれど、今――欲が芽生えている。
今ここで《JINKE》を倒せば。
大勢のリスナーが見ている今、彼を倒せば。
(――あたしも、行けますか?)
仮想の闘技場の中心で、プラムは《JINKE》と対峙する。
(あたしも――あなたたちのところへ、行けますか?)
これは、十何年もの間、日陰を歩き、それに慣れきった少女の第一歩。
図らずして日なたに連れ出された少女は、今度は自分の意思で太陽に向かう。
腰を低く――槍を構える。
静寂が漂い――緊張が漲る。
幾百、幾千と聞いてきた開戦の合図。
ラウンド1のゴングが、高らかに鳴り響いた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
(恐れるな!)
ラウンド1が始まった瞬間、プラムは自分から間合いを詰めた。
実力的には相手が格上。今はたまたま自分のほうが高ランクだけれど、そんなのは当てにならない。
動画での分析では、《JINKE》は1ラウンド目が比較的弱い。典型的な尻上がりタイプのプレイヤーだ。
(今のうちにアドバンテージを稼げば……!!)
間合いに入った瞬間、槍と槍が交錯する。
スタイルはお互いにわかっていた。
《プラム式ブロークングングニル》。
《反治の呪》で《フェアリー・メンテナンス》の耐久値回復効果を反転させ、投擲魔法を間断なく撃てるようにして、相手を圧倒する。
このスタイルのミラーマッチにおけるアドバンテージとは、HPではなくMPにあるとプラムは考えていた。
ポイント無振り、クラス補正なしだと、ランクマッチにおける最大MPは260。
スタート時は半減状態なので130。
《プラム式》で耐久値を調整するのには、この中から最低でも120は使わなくてはならない。ここからさらに投擲魔法を乱射しようと思うなら、MPを回復させるプロセスが必須となる。
プラムは安定性を鑑みてMPにも多少ポイントを振ったビルドにしているが、それでも基本的には《魔力回収》スキルに頼る形になる。
物理攻撃のたびにMPを回復させるスキル《魔力回収》。
これを使ってどれだけMPを確保できるかが、勝負の分かれ目となる。
別に、1ラウンド目でいきなり《ブロークングングニル》の発動まで持っていく必要はない。
MPはラウンドを跨いで引き継がれる。1ラウンド目に稼いだアドバンテージは、そのまま2ラウンド目以降のプラムを有利にしてくれるのだ。
プラムは相手の槍を大きく弾きつつ距離を取り、ショートカットに入れた《反治の呪》を自らの槍にかけた。
そして、
(1回目……!)
体技魔法《雷針》。
穂先から迸った紫電が、交錯した槍を伝って《JINKE》の全身に回った。
槍の耐久値が8分の1減る。
同時、消費したMPが何割か回復する。
それを確認したプラムは、直感的に確信した。
(――足りる!)
体技後硬直をキャンセルし、《炎旋》へとコンボを繋げた。
(行ける、行ける!)
3種類の体技魔法を次々と連鎖させる。
いかに上手いプレイヤーでも、一度はまった体技コンボから抜け出すのは至難だ。
それでも《JINKE》は、プラムが放つ体技魔法の威力を、槍によるガードで最低限に抑えていた。
しかし。
このコンボの目的は、相手のHPを削ることにはない。
(――8回目っ!)
準備が終わる。
MPも残っている!
(離れれば……!)
リーチの外に出ればワンサイドゲーム。
プラムは全力で地面を蹴った。
が、その瞬間のことだ。
まるで示し合わせたかのように、《JINKE》が深く間合いを詰めた。
中距離を維持して闘うのが基本の《槍兵》では、通常考えられない深さの踏み込み。
しかしそれが、プラムが後ろに下がろうとしたタイミングにピッタリと合致した。
――読まれた。
(ガード――無理!)
槍の耐久値は自ら限界まで削った。ここでガードに使えば壊れてしまう。
一瞬の葛藤だった。
彼女は腹を決める。
(――受ける!)
《JINKE》が放った体技魔法を、プラムは胸を張って受け止めた。
HPがガクンと下がる。だが、ゼロにはならない。
(だったら……大丈夫っ!)
胸を貫いた相手の槍の衝撃さえ利用して、プラムは大きく間合いを取った。
この時点で――趨勢は決する。
――《ブロークングングニル》。
プラムの手から、大砲めいた轟音を伴って、《雷翔戟》が放たれた。
かわされたところで、遠距離攻撃の手段を持たない《JINKE》に、反撃の手は有り得ない。
稲光に照らされた《JINKE》の顔は――
――気のせいか、少し悔しげに笑っていた。
【ROUND 1:YOU WIN!】
〈おおおおおおおお!!〉
〈1本目取ったああああああああ〉
沸き上がるコメント欄を横目に見て、胸の中が満たされていく。
それに衝き動かされるままに、プラムはカメラの向こうの大勢に向けて叫んだ。
「このままストレートで行きます!!」
〈勝てる勝てる!!〉
〈いけええええええええええ〉
〈GOGOGOGO!!!〉
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
やっぱ1ラウンド目は課題だな、とオレは思った。
無意識なのか、どうしても『見』に回ってしまって、積極的になりきれないところがある。
「……でも、まあ」
勝ち筋は見えた。
プラムには、あまりにも大きな弱点がある。
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