クラス全員異世界トリップ ~でも一人だけ取り残される~

雪芝 哲

第1話

 四時限目の授業中、それは突然はじまった。


「ちょっと、なにこれ!」

「なんだよこの模様は!」

「なんかやばくねーか!」


 生徒たちの席の下が、魔法陣のごとく幾何学模様に輝きだした。

 教壇に立つ、女性教師の足元にもそれがあらわれている。

 窓際最後尾の席に着く、高松翔太はこの現象を知っていた。

 クラス全員、異世界トリップ。

 それしか考えられない。

 ネット小説で流行りのジャンルだ。

 このあと、予想される展開は次のとおり。


 ダンジョンや荒野などのフィールドへ転移。

 もしくは王宮などに召喚され、国を救ってくれと召喚者に頼まれる。

 生徒の各々はなんらかの能力を有しており、その優劣によりクラスはカースト化。

 不遇な能力を有する主人公(翔太)は邪魔者扱いとなる。

 だがその能力は特殊なものであり、のちにチートで俺TUEEE。


 翔太は内心ほくそ笑んだ。

 高校二年の今までイジメられたことはない。

 だがパッとしない立ち位置で生きてきた。

 彼女はもちろんつくったことはなく、童貞街道まっしぐら。

 そんな自分でも、今日から物語の主人公。

 ヒロインゲット(複数)は自明の理。


「みんな慌てないでじっと――」


 女性教師の姿がさっと消え去った。


「マジありえ――」

「なにが起き――」

「冗談はよし――」


 同じく生徒たちも消え去った。

 各々の床下にあらわれた魔法陣もすでに消滅している。

 まさにクラス全員異世界トリップ。


「あれ……どうなってんだ……」


 翔太は思わずそう声を漏らす。

 窓際最後尾の席に、ぽつーんと自分だけがいる。

 なぜか自分だけが取り残された。

 いや、自身の席下に魔法陣はあらわれていたのか。

 みなの魔法陣に目を向けており、それを確認するのを怠っていた。


「お、おい……俺だけ置いていくなよ……」


 翔太は席を立ち教室内をさ迷った。

 片手を差し出し、救いを求めるかのようにさ迷った。

 しかし、もう魔法陣があらわれることもない。

 そこへ無情にも、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みがやってきた。


「やべーぞこれ……」


 翔太は思考を瞬時に切り替えた。

 自分を残し、クラス全員がとつじょ消失。

 大事件だ。

 海外でもニュースになるであろう大事件だ。

 その目撃者は自分ただ一人。

 今日はなにすっかな~、などと、呑気にこれから生活できるわけがない。


「なあ、B組おかしくね?」

「高松しかいねーじゃん」

「ノート広げたまんまだし」


 廊下に面した窓から、ほかのクラスの生徒がB組を覗き込む。

 すかさず翔太は自分の席に着いた。

 そして弁当を広げた。

 いつもの教室の風景を、少しでも装いたいと思ったからだ。


「ねえ、高松君、秀美知らない?」

「てか、なんでみんないないの?」


 友達に会いに、女子生徒のAとBが教室へやってきた。


「さ、さあ……? 俺に訊かれても困るんだけど……」


 震える手で箸が落ちる。


「意味わかんない。高松君、教室にいたんだよね?」


 女子生徒Aが怪訝な眼差しを向け腕を組む。


「い、いたけどさ……」

「四時限目、数学だったんだよね?」

「そ、そうだけど……」

「で、なんで、みんないないの?」

「じゅ、授業の途中で、フルマラソンにでも行ったんじゃないかな……」

「ふざけないでよね!」


 女子生徒Aは声を荒げ、翔太の机を両手で叩く。


「ねえ、高松君、本当のこと教えて? もしかして、急きょ課外授業とか?」


 女子生徒Bによる尋問がはじまった。

 だが彼女は眉根を寄せ、不審の色を浮かべている。

 それもそうだろう。

 教科書やノートを広げたまま、課外授業などありえない。


「あ、ある意味そうかもな……」

「で、どこに行ったの?」

「森の中か荒野……もしくはダンジョンかも……」

「いいかげんにして!」


 女子生徒Bも、翔太の机を両手で叩きつけた。

 そんなところに、担任の教師が教室にやってきた。

 生徒指導も兼ねた、怖い先生だ。


「おい、高松。これはどういうことだ?」

「せ、先生……それがその……」


 翔太は肩を寄せ下を向く。


「先生! 高松君、なにか知ってるみたいなんです!」

「先生! 高松君、なんか、すっごく怪しいんです!」


 女子生徒AとBの言葉を受け、先生の顔色が変わった。


「おい、高松。正直に話してみろ。なにが起きた」

「せ、先生、俺が言うこと信じてくれますか……?」

「ああ、信じる。だからちゃんとわかるように説明しろ」

「じゃあ話します――」


 翔太は正直に打ち明けた。

 数学の授業中、みんなの足元に魔法陣があらわれたこと。

 そして自分以外のクラス全員が異世界トリップしたことを。


「高松! おまえふざけてるのか! なにがクラス全員異世界トリップだ! バカも休み休み言え!」

「先生、本当なんですって! ネット小説のテンプレなんですよ! それなのに俺だけ取り残されたんです! なんで俺だけ! なんで俺だけこんな目に! ステータスウィンドウオープン! ステータスウィンドウオープン!」


 翔太は立ち上がり、胸の前で内から外に手を振った。

 涙を浮かべ、無理とわかっていながらも手を振った。

 異世界で、これだけはやってみたかった所作。

 むろん、クリアパネルはあらわれない。


「なにわけのわからんことを! 高松、ちょっとこっちにこい!」


 先生に首根っこをつかまれ、翔太は生徒指導室に連れていかれた。

 そこで何度も何度も同じことを説明した。

 だが何度も何度も怒鳴られた。

 というか、このご時世なのに殴られた。

 そんなことが放課後まで繰り返され――。


「捜査一課の青島です」

「同じく捜査一課の甲論保です」


 刑事までやってきた。

 翔太も聞いたことがある。

 捜査一課とは、殺人など重大な事件を扱う部署だ。

 クラス全員消失ともなれば、捜査一課が出張ってきてもおかしくはない。

 だがこのままでは自分はまるで犯罪者。

 いつ家に帰れるかもわからない。


「俺はなんもやってねーぞ!」


 翔太は生徒指導室を飛び出した。

 もうこうなっては逃走あるのみ。

 しかし職員室の横を駆け抜けたとき――。


「あっ! 高松さんの息子さんよ!」

「うちの娘をどこにやったの!」

「奴がカギを握ってる! 逃がすな!」


 クラスメイトの母親、父親たちが、職員室から追いかけてきた。

 何十人もおり、みな必死の形相を浮かべている。

 もし捕まれば、拷問でもされそうな勢いだ。

 だからこそ、絶対に逃げ延びねばならない。

 翔太は走る。

 走る、走る、走る。

 昇降口へ辿り着くと、上履きのまま外へ出て、校門を走り抜けた。



「失踪した生徒の親御さんたちが、少年を追っています!」

「あれが一人だけ取り残されたという少年ではないでしょうか!」

「どうやら少年は逃走を図るもようのようです!」


 たくさんのマスコミが校門の前で待機をしていた。

 リポーターはどれも、テレビで見たことのある人ばかり。

 各社マスコミは、全国放送で緊急特番を放送しているらしい。


「くっ! 俺は犯罪者じゃねーからな!」


 追いかけてくるクラスメイトの両親、マスコミを背に、翔太は駆けながらそう言い放つ。

 気づけばどこかでパトカーのサイレンが。

 気づけば上空よりヘリコプターのプロペラ音が。

 ここまで騒ぎが大きくなると、絶対に捕まるわけにはいかない。

 翔太は駆ける。

 駆ける、駆ける、駆ける。

 すると――。


「おい、マジかよ!」


 ここで僥倖。

 歩道のアスファルトの上に魔法陣を見つけた。

 あそこへ飛び込めば、異世界へ逃げられる。

 一人だけ取り残されたものの、チャンスが残されていた。

 翔太は跳躍し、頭から魔法陣へとダイブした。

 しかし――。


「フゴッ!」


 それは魔法陣ではなかった。

 電飾された、ただのマンホールだった。

 なぜマンホールを電飾する必要があるのか。

 その行為にいったいなんの意味があるのか。

 ともあれ翔太は身を起こし疾走を開始する。

 頭からピューピュー血を噴き出しながら、魔の手から逃げ延びる。


 野次馬も加わり、何百もの人々が翔太を追っていた。

 道路を埋め尽くさんばかりの大勢が、翔太を追っていた。

 その中にはゾンビも交じっていた。

 絶対に捕まるわけにはいかない。

 体力の尽きるそのときまで、全力で走るのみ。


「一か八かだ!」


 交差点の横断歩道、その赤信号を無視。

 車がたくさん行き交う交差点の中へ猛ダッシュ。


 キキキイイイイイ! ドン!


 ここでトラックが登場しないわけがない。

 交差点+横断歩道+信号無視=トラック

 な○う住民なら誰でも解けるであろう、死の方程式。

 翔太は大型トラックに跳ねられ、空高く宙を舞う。

 意識がどんどん遠くなる。

 視界がどんどん暗くなる。

 アスファルトに叩きつけられたと同時に、翔太の心臓は停止した。




 翔太が目を覚ますと、フカフカの布団の上に寝かされていた。

 三秒ともかからず、


「あーうーあー」


 を決め込み、異世界転生を確信。



 ~~~~~~



 十五歳になった。


「父さん、母さん。じゃあ行ってくる」


 翔太(異世界名バル・エイガー)は魔王を倒すため家を出た。

 火、水、風、土、雷、闇、光、の七属性の魔法はすでにチート級。

 必ずや魔王を倒し、この国を守る。

 それこそが転生した勇者としての務め。



 ~~~~~~



 九十歳となった。

 十五歳で魔王を倒した翔太は、国王まで登りつめた。

 だがこの国に新たなる危機が迫りつつあった。

 魔王復活――。

 もう年老いた自分に魔王を倒す力はない。

 魔王を倒せる勇者も存在しない。

 それでも最後の秘策だけは残されていた。

 もしものために備え、長年に渡り研究を続けてきた勇者召喚術式。

 古より伝わる秘術であり禁術とされていたが、今こそ術式発動のときである。


「必ずや勇者は召喚されるはずじゃ」


 翔太は玉座に座りながら、杖をさっと振る。

 王の広間、その大理石の床に、青白く光る四十三の魔法陣があらわれた。

 術式は成功した。

 古い文献に記されていたとおり、これから複数の勇者が召喚されるのだ。

 翔太から見て、手前に一つの魔法陣。

 その後ろには、横六×縦七の魔法陣。

 教室の席のように整列された魔法陣は、どんどん輝きを増していく。

 ただひとつ、右端一番奥の魔法陣だけは光を失った。


                              (了)


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