不可思議はいつもそばに

アーサー石井

神隠し編

序章 ~開幕~

『神隠しを知っているかい?』


 上も下も分からない朧気な意識の中。頭の中からなのか、それとも闇の向こうからなのか。微かな声だけが聞こえてくる。


 体の感覚はほとんど無く、水の中に居る様な波に漂う様な……曖昧な世界にただ「自分」という意識だけがある。


 ここはどこで……「自分」は…………。


『古くからある事柄で人間が前触れもなく、ある日忽然と姿を消すことを指す言葉、または現象』


 響く声はこっちの事など気にもとめず、連々と話を続ける。

 その声と「自分」以外になにも存在しないこの場では、耳を貸さないという選択肢は自然と消えた。


 意識はその声の意図を知ろうと考えを巡らせようとするが、ただ今一内容は頭に入ってこない……。


『一説には神様の仕業だとか天狗が連れ去っただとか言われるけど、本当にそれはそんなあやふやな現象なのかな?』


 この声は何を言いたいのだろう。

 そんな事を聞かれても返事なんて分からないと言うしかない。

 この声は何を知りたいのだろう。

 そんな事を確かめても何の得にもなりはしないのに。


 気になってその声に疑問を投げかけようとするが。


「―――――。―――」


 声が……出ない。何故だろうかまるで震える空気がないかの様に、響く声に「自分」の声は届かない。もどかしさで息が苦しくなってきた。鈍い痛みが頭を襲う。


 意識を繋ぐために藻掻くように肺に空気を取り込もうとする。……出来ない。


 肺が、喉が、口が、ピクリとも動こうとしない。まるで石の様に、まるで呼吸器その物がないかのように。


 いや、そもそも自分はさっきまで呼吸をしていたか?


 その疑問を境目に意識は急激に遠ざかっていく。

 浮上するのか落ちているのかも分からないが、ここではないどこかへと移っていく。


 光のない暗闇の中、祈りのように、呪いのように。


『神隠しを知っているかい?』


 最後に聞こえた声は、最初と同じ言葉を繰り返していた……。

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