こんな世界の片隅で。

戯華とと

第1話

 これはとある少女のお話。


 世間がすっかりクリスマス色に染まる、12月の中頃のことだった。

 私が歩きながらに見上げる空は、嫌味なほどに清く晴れ渡っている。


「あーぁ、また晴れた…」


 そっと私、皆川みながわ かなでは呟く。

 間違っても、周りの人に聞こえることの無いようにと気を使いながら、だけど。


 突然だけど、私は太陽がサンサンと煌めく晴れの日が嫌いだ。

 というよりも、太陽の光を見るのが嫌い、と言った方が正しいか。


「お天道様の光があるからこそ、人間は明るい世界で生きていけるんだよ」


 そんな言葉をどこで聞いたのか、なんてとうに忘れてしまったけれど。

 耳にしたところなんて一切関係ないーーというか寧ろ、そんなこと聞かない方が良かった、と今となっては思う。

 私の記憶にしつこくこびり付く、そんな馬鹿げた綺麗事に、つくづく反吐が出そうだ。


 私にとって、太陽はそんな風に崇めるような大層な存在じゃないんだよ。


 日光は、確かにこの地に神秘的な明るさをもたらすけれど、同時に陰をも生み出してしまう。

 光と陰の、グラデーションなんてものが存在しないクッキリとした絶対的な違いが、私には人間の分別を表しているように見えてしまうんだよね。


 …ここまで来ると、「病んでるんじゃないの(笑)」って思うかもしれない。

 私は、別にそう思われたって全然構わない。

 ただ一つだけ言いたいのは、私の元々の性格は根暗じゃないってことだ。

 自分で言うのもなんだけどね。


 小学校の低学年の時は、積極的に友達作りをして、比較的社交的な性格だった。

 そして、授業で毎回手を挙げていて、先生に褒められたこともあるくらいだし、模範的な子供と言っても過言じゃないと思う。


「皆川さんは、元気で明るい素敵な子だわ」

 と言い微笑んだ先生の優しげな姿は、今でもハッキリと覚えている。


 ところが一転し、小学生の中学年頃になると、心の成長と共にどんどんと変わりゆく周りの人達と少しずつ少しずつ馴染めなくなっていき、いつからか部屋にこもりっきりで暇な時は常にネットの世界で過ごすようになってしまった。


 …だって、キャピキャピしてる女子とは上手に話せないんだもん。


 女子の世界は、それはそれは恐ろしいものだ。

 笑顔でにこやかに振舞っているかと思いきや、相手が消えれば残りのお仲間さんと陰口を言って嘲笑う。

 あんなドロドロした世界には絶対に突っ込みたくない。


 それから何やかんやあって、素で話しにくいならばいっそキャラを変えてみようかと始めたのは、なんとびっくりお嬢様言葉だった。


 普通ならつっかえてしまう言葉も、これを使えば満足に話すことが出来る。

 言わば、自分ではない誰かを演じているようなーーそんな感じで。


 これが、恐らく私が持つ唯一の特技だ。


 無論、親にお嬢様言葉のことは内緒だったけれど、段々と引きこもりへの道を進み続けるにつれて、家族の私に対する風当たりがどんどん強くなったのだ。

 今となっては、父と母と兄の3人揃って、家の中で一切私と視線を合わせてこようとしない。


 流石に外では、周りの視線を気にしてか上辺だけの家族を演じてくれているけど…ね。

 自分達が、そんなに世間体から見て宜しくないことをしている自覚があるのか。

 まあ、そんな家族の在り方が私にとっての当たり前であり、コミュ障気味な私にとっては少し救いでもあったりする。


 あぁ もう、いつから家はこんな状態になったんだっけ?

 ーーそうだ、親の態度が決定的に変わったのはあの辺からだったか。


 あれは、中学に入ってからすぐの事だった。

 兄が本屋で書籍を数冊万引きして警察に突き出された、だから身元引受をしに来い、といった内容の電話が突然家にかかってきたのである。

 その時の事情聴取で、兄は警官に「何故こんなことをしたのか?」と聞かれると、こう答えたそうだ。


「妹の奏に言われたんです。


 この本屋はどれだけ万引きしても捕まらないって聞いたことあるんだ。だから、1回試してみない?

 絶対にバレないと思うよ!


 って。」


 はぁ、兄のIQが高い頭脳は一体何処に行ったんだ。

 ここ最近全く会話していないというのに、そんな阿呆なことがあってたまるもんですか。


 だから、ノーマリティな人ならば、そんな兄の意味不明な言い分を信じることなんて絶対に無いはずだ。

 辻褄が合わない妄言を、一欠片さえも疑わないのは人間としてどうかしているから。


 でも、私達の両親ーー彼らは違った。

 彼らは、私の言葉など微塵も聞かずに、兄の言うことだけを真実だと信じたのだ。

 話すことが苦手で普段は必要最低限しか話さない私が必死で紡いだ言葉も、彼らに届くことは無く、辺りに吸い込まれて消えていっただけ。


 確かに兄は、容姿端麗と言うほどではないけれども顔がそこそこ整ってるし、IQが恐ろしく高くて頭脳明晰、ちょっとオタクだけれどプログラミングが得意でネットの世界でも評価されている。


 ーーこういう人間が光なんだろうな、きっと。

 才能を持ってそれを活かし、周りから認められて生きているの。

 対して私は、周囲から邪険にされる陰。

 人を惹き付けるものなんて一切持ち合わせていない。


 そう考えれば、両親が兄を贔屓するのも当然かもしれないね。


 そんなこんなで、両親は出来損ないな娘を、将来有望な兄を唆す悪役に仕立てて私を蔑んだ、とーーそういう訳。


 でも、いつかはそんな両親も私を認めてくれるんじゃないかとテスト勉強を真面目にしたし、会話こそ無いものの、自ら進んで家事のお手伝いもした。

 クラスメイトが持っている文具が欲しくなったり、どこかに遊びに行きたくなっても毎月500円というお小遣いを超えて要求は絶対にしなかった。


 実に健気なご奉仕だと自分でも思う。

「そんなことは無駄だ」って分かっていても、心の奥底ではほんの僅かな可能性に賭けたかったのかもしれない。

 そうやって期待して、裏切られての繰り返しの日々。

 私にとっては、期待は裏切られるのが当たり前なのかもしれないね?


 ーーなんて、そんな下らない事をぼんやり考えいて、ハッと気が付けば私は丁度横断歩道に入ったところだった。

 何にも考えずに渡っていたので「もしかしたら赤信号かもしれない」ということに気付き、俯いていた顔を反射的に動かした。


 すると私の視界に入ってきたのは、立ち込めていた悪い予感と違って、安心感のある青色だった。

 それにほっと安堵して、横断歩道の続きをずんずん歩き進めていると、突然後ろからまだ幼いであろう男の子の叫び声が聞こえた。


 小さい子がはしゃぐのはよくある事だし、特に何も気にしていなかった。


 だがーー


 あれ、その叫び声が凄い勢いでこっちに近付いて来るんだけど。


 心につっかかるように、なんでそんなに猛スピードなのかが気がかりになった。


 今思えば、これはーー私の運命さだめ


 振り向いて事を確認し、ぶつかりそうなんだったら避けようとした…刹那。

 私の身体に、ドンッとかなり痛い衝撃が走った。


 余りにも勢いよく突進してきたものだから、思いもよらない衝撃に驚いた私はバランスを崩してふらついてしまい、横断歩道の真ん中辺りでへにゃっと座り込んでしまった。


 ぶつかった相手も勿論だと思うけど、私だって痛い思いをしたんだからーーそんな少しの恨みを込めて、突進してきたモノに視線をやる。

 すると、ふざけているのだろう、鼻が隠れるほどに帽子を深く被っている少年がいた。


 …はぁ。

 そりゃあ、ぶつかりだってするよ。

 というか寧ろ、今まで良く無事だったよね。

 比較的柔らかいと言える人ならまだしも、電柱なんかに思いっきり突っ込んでしまったら…それはもう大惨事じゃないか。

 子供は元気が一番、って良く言うけどこの子はちょっと度が過ぎる気がする。


 そうこうしている間に信号が変わってしまうかもしれないので、取り敢えず危険な帽子を引っぺがして、頭を抱えて蹲っている少年に横断歩道を渡らせようと思ったーーその時だった。


 視界が、純白に染まった。


 純白と言っても、花嫁のウエディングドレスのように晴れやかなものではなく、少し毒味を帯びたような色。


 何とも不思議なことに、私は瞬時にその光の正体が車のライトであることを悟ったのだ。

 そして、そのライトがはたまた猛スピードでこちらに接近してくことにも。


 私が今まで味わったことの無いような、究極の恐怖心を与えるそれから逃げようとお尻を上げるもーー


 私の足は、座り込んだ時に捻ってしまったようで。

 1度動かそうとすると、じわりじわりと痛みが足を支配していき動かせなくなる。


 くそっ、今日は何かが突進してくる日なの!?

 私の事は取り敢えず後回しにして、せめてこの子だけでも…!


 私は咄嗟の判断で、痛みに悶えている隣の少年を横断歩道の外へ突き飛ばした。


「ーーッ!痛いよぉぉぉ!」


 少年の悲鳴が聞こえるも、「この場合私に非は無いはずだ」と完全無視を極め込む。


 ーー私の最期は、私の大嫌いな青空でしめようか?


 ちらりと目線を上げると、私の目に入ったのは鬱陶しいほど綺麗な空色ではなく、目を開けていられないほどに眩しい光。


「うぁ、ぁっ…」


 どうやら、私のお迎えはかなり近いようで、彼を突き飛ばしている間に車はだいぶ接近していた。


 私はもうすっかり死を待つのみとなってしまった。

 元々こんな人生には、美しい希望や輝かしい未来なんて無いのだから。


 そこからの、私が車に轢かれるまでの時間が、途方もなく長く感じてしまう。


 折角なら、こんなに恐怖を焦らさずに終わらせてくれたらいいのに。

 人間の感覚は、なんて皮肉なものなのだろうか。


「キキィーッ!」


 それから暫く経った。

 とうとう、背筋を流れる冷や汗ですっかり冷めきった体が、猛突進してくるタイヤの下敷きになる。

 普通に考えれば途轍もなく痛いはずなのに、不思議と痛みを全く感じなかった。


「キャァーーーーーッ!」


 誰のものかさっぱり分からない声が周囲の何処かから聞こえてくる。


 ーー悲鳴上げるくらいなら、警察を呼んでとっとと犯人を逮捕してくれないかなぁ、私以外に死人が出たらどうする気なの、全く。


 あぁ。

 私は、誰に悲しまれることもない死を遂げる。


 ーーこんな世界の片隅で。


 でもね、それで良いんだよ。

 未来ある子供を、誰にも必要とされなくなっ未来を失くした私の命を以て助けることが出来たのなら…

 それは本望でしょう。


 皆川奏に未練なんて一切ない。


 あぁでも神様、きっと私の自己満足で終わるだろうなって、わかっているけど、最後に一つだけ願わせてください。


 ーー願わくは、来世では幸せになれますように。


 そんな必死の願いを最後に、私の意識は暗転した。





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