第22話
フォーナ様のお邸は、先端にたくさんの棘が付けられた縦格子の大きな黒い門で遮られている。門の先には、ここからでも沢山の人が奥へ向かって左右それぞれに綺麗に整列しているのが見えた。
そして門の前には分厚い金属で出来た鎧を着て片手に長い槍を持ち、腰に剣を下げて完全武装といった様子の二人の守衛が目を凝らして警備していた。
その守衛は馬車が到着するのを見るや、槍を持つのとは反対の手で兜の端に指を揃えて当て敬礼した。
貴族街を通る時にたまに見た光景だが、これが守衛の正式な礼儀らしい。いちいち跪いていたらいざという時に対応が遅れるかもしれないからだろう。
プッチーナさんが馬車を止めると、客室からプッチーノさんが出てきて、守衛に話しかける。と、守衛が門の横の壁にかかっている鈴を鳴らした。
すると、門が低く鈍い音を音を立てながらゆっくりと両側に開いた。
ここから見た限りでは誰も触っていないのにひとりでに開くとは、不思議な門だ。さっき鳴らされた鈴といい、これも魔導具なのだろうか?
プッチーノさんはそのまま開いた門から歩いて行き、庭に並べられた左の列の一番手前につく。それを見たプッチーナさんは馬を叩き、馬車は門の真ん中を堂々と入場した。
『我が主人、アンナファーナ・デュ・フォーナ子爵閣下のお帰りをお喜び申し上げます!』
庭を少し進むと、並んだ人達が膝をつき臣下の礼をとる。そして声を揃えて一斉に叫んだ。服装を見るに、家臣や邸に使える侍女たちだろう。
馬車は列の一番手前に横付けされた。そしてプッチーノさんが立ち上がり、馬車の扉を開ける。
その扉から、フォーナ様がゆっくりと降りてきた。
『お帰りなさいませ、ご主人様!』
「皆の者、ただいま帰った!!」
それを見るや、人々がまた叫ぶ。これだけの人たちが叫ぶと、すごい声量だ。フォーナ様はそれに答え叫び返す。
フォーナ様があんなに叫ぶだなんて、あの入学試験の特訓の時以来じゃなかろうか? いつも冷静で淡々とした喋り方なため、新鮮だ。
フォーナ様はプッチーノさんに連れられて、左右の列の間、邸の入り口から敷かれた道を通る。そして馬車は庭を左奥に進みだした。
「あ、あの、俺は降りなくていいんですか?」
俺は馬車を進めるプッチーナさんに話しかける。
「……降りてなかったの?」
「あ……」
しまった、一連の出来事につい見入ってしまった。
「……まあ、兄……プッチーノが何も言わなかったということは、このまま乗ってても大丈夫なんじゃない?」
「そんな適当な」
「そもそも君が降り忘れるのが悪い。抜けてるって言われない、君?」
「はい、仰る通りです。はあ……いつもはしっかりしているつもりなんですが、珍しいものを見るとつい見続けてしまう癖が」
「……そう」
プッチーナさんはそれっきり黙ってしまった。ぼそぼそと『また喋ってしまった。おかしい』とか言っているのが聞こえるが聴こえなかったことにしよう。
馬車は暫く進んだ後、
「……降りて」
「わかりました」
俺は板に足をかけ地面へ降りる。ずっと馬車に乗っていたせいか、少しフラフラとする。
この皇都グリムグラスは円形都市のため、円の縦横に線を入れて分けた四つの区画と、市民街・貴族街・宮殿の三つの区画に分けられている。宮殿だけは一つの区画として数えられるため、皇都に計九区画存在する。これらは大区画と呼ばれている。
四つの区画は、東西南北を通る中央道と呼ばれる大きな道で。三つの区画は俺が通ったあの市民街と貴族街、貴族街と宮殿を分けていた二つの門で遮られている。
その大区画は主要な道ごとや住宅街、商店街などの建物の集まりごとにまた
円形なので、正門(俺が初めてこの皇都に来た時に入った門)を一番下に見た時、街の半分から下の区画は下から上に行くほど、上の区画は上から下に行くほど位が高くなる。
また、下半分の四つの大区画より上半分の四つの方が位が高い。
これらの区分けは、土地や売り物の価格だけではなく、住む人の位分けにも使われている。
フォーナ様は子爵なので、下級貴族の一番上に位置する。
宮殿の上半分には上級貴族の、下半分には下級貴族の邸がある。下半分の貴族街の、左側三分の二ほどに子爵様達の邸が立ち並んでいるのだ。そして俺たちは宮殿右側の、下級貴族用の門から出て来た。つまり反対側の区画まで馬車でやって来たわけだ。
そのため結構時間がかかった。貴族街は馬車をゆっくりと走らせる慣習があるらしいので、そのぶん余計と時間がかかる。その間ずっと座っていたため、お尻も痛いし振動に慣れたせいで身体がまっすぐ立つことに適応していないのだ。
「……大丈夫?」
プッチーナさんも御者席から降り、声をかけてくる。
「少し、フラフラします。後お尻が……」
「……当たり前。 この馬車は改良してあるけど、それでも痛いものは痛い。慣れたらそれほどでも。馬車にはあまり乗らない?」
プッチーナさんが首をかしげる。降りるときに帽子を取り、襟元も隠していないので、その顔がよく見える。先ほど話をした時も感じたけど、この地声は頭に響く気持ち良さがある。俺、変になったのかな。
プッチーナさんは見るからに子供の顔だった。もしかしたら俺と同い年かもしれない。肩までの銀髪に赤色の目をしていて、肌も透き通っている。
一言でいうと、綺麗だ。赤と銀って、こんなに合う色だったのか。
「ええ。いつもはランガジーノ様の馬車を使っていたので」
ランガジーノ様は俺たちが不便だろうと、馬車まで貸してくださったのだ。あの馬車は良かった。客室も広いし、車体が魔導機械で出来ているらしく振動もほとんどない。
この馬車がダメというわけではないが、明らかな違いがある。やっぱりランガジーノ様は、それだけ俺に期待してくれてるんだろうな。そのぶん頑張って、世界の危機を救うために鍛錬をしなければ!
「え! ランガジーノって、あの第三神子!?」
「あっ」
しまった、また……今日は頭がうまく回らないな。晩餐会のせいで緊張してるのかも……
「あ、い、今のは、その……」
「……まあ大丈夫。誰にも言わないし。それに信じられるわけない」
プッチーナさんは訝しげな顔をしながらも、そう言ってくれた。
「そ、そうですよね。あはは……」
普通、俺みたいな平民が神子様と知り合いです、なんて言っても信じないよな。場合によっては頭のおかしい奴扱いされても仕方ないくらいだ。
「……まあとにかく、お疲れ様」
プッチーナさんは笑いはしないものの、少し気を許してくれた感じで言う。最初は無口で接しにくい人だと思っていたけど、意外と仲良くなれるかも?
「プッチーナさんこそ、ありがとうございました」
「……それやめて」
「え?」
プッチーナさんは、俺に向かって指をビシッとさす。
「敬語。癖かもしれないけど、やっぱり気持ち悪い……プッチーナ、でいいし、普通に話して」
「そこまで言うなら……わかったよ、プッチーナ」
「うむ、よろしい」
そう言って、プッチーナさんは少しだけ笑った。
プッチーナと共に邸に入り、侍女や家臣の方々と自己紹介を兼ねて少し話をした。皆フォーナ様を心から慕っているようで、いい雰囲気の
俺は家臣の更衣室で家老用のパーティ服に着替える。
白シャツの上に、スーツと呼ばれる燕尾服の裾を腰の辺りで切り落としたような黒い上着と黒いズボンを着せられた。そして首からはネクタイと呼ばれるひし形を伸ばしたような薄い布を下げている。
このネクタイは色によって家臣の階級を表しているらしい。ちなみに家老待遇である俺は白だ。
貴族様も首元に布をつけているのをよく見るが、あれはジャボと呼ばれるもので、こちらも形や重ね目の多さで階級を表すらしい。俺は全然気づかなかったが。
「よくお似合いですよ、クロン殿」
「ありがとうございます! プッチーノさんこそ!」
「私なんて、ただの老いぼれに
今日のパーティにはプッチーノさんと俺。そしてプッチーナの三人が、重臣として参加する。
プッチーナは久しぶりにフォーナ様に会いたかったから御者を買って出たと言っていたが、それもそのはず。プッチーナは小さい頃からフォーナ様の世話係として雇われていたのだ。
フォーナ様が子爵を叙勲されたのが十三歳、今から五年前だと言うのには大変驚いたが、プッチーナがその頃から、四歳の頃からフォーナ様に仕えていたというのにも驚いた。
プッチーナは小さい頃から要領がよかったそうで、兄であるプッチーノさんからの勧めで、フォーナ様は雇い入れたのだという。
プッチーノさんもフォーナ様が叙勲される前からの付き合いというので、そんな信頼の置ける家臣の勧めだからこそ、子供を家臣として受け入れようと思ったのだろう。
プッチーノさんは四十歳を過ぎているということで、だいぶ年の離れた兄妹だとは思ったが、母親が違うのだそうだ。プッチーノさんの
プッチーノさんの父親は、すぐに再婚し、養母と実父のもとで育った。だがその養母と父はプッチーノさんが二十五歳頃の時に
そして父親はなんと養母の妹さんと結婚してしまったのだ。
その養母妹と父親との間にできた子が、プッチーナなのだ。つまり、プッチーナはプッチーノさんの義理とはいえイトコに当たる。しかもそのイトコは自分の父親との娘で、自分の妹である。
なんと複雑な家庭環境なのだろうか……
プッチーナは九歳で、プッチーノさんは四十余歳。複雑な家庭環境に、そして二人は共に貴族に使える家臣。
色々な要素がありながらも、未だに仲良くやれているそうだ。
プッチーノさんの白髪は、年の割には髪全体が白く染まっているので、老けているように見える。が、それも苦労の賜物というものだろう。俺も、フォーナ様に心配をかけないように学園生活はしっかり過ごさなければならないな。
因みに、『老いぼれに金』とは、歳をとってから金を貰っても、大した使い道がないというところから来ている言葉で、歳に似合わない物を持ったりする時に使う言葉だ。プッチーノさんはつまり、こんな服を着たところで自分には過大評価な代物であることを示しているのだ。
だが、俺の感想としては、黒のスーツに整えられた髪、そして口髭。これ以上ないくらい似合っていると思うのだが。
--コンコン
「はい?」
プッチーノさんと談笑していると、扉が叩かれた。プッチーノさんが開ける。
「準備は出来ましたか?」
扉を叩いていたのは、フォーナ様だった。後ろには、プッチーナの姿も見える。プッチーナは何故かフォーナ様の背中に隠れるように立っているため、顔しか見えないが。
「ええ、大丈夫でございますよ、ご主人様。では、参りましょうか」
フォーナ様は淡い青が混ざったような、白いドレスを着ている。スレンダーなフォーナ様の身体にぴったりと合うよう採寸されているのだろうそれは、女性らしさを引き出すのにも一役買っている。
髪の毛には太陽を模したような髪飾りをつけ、いつもの
顔には化粧を施してあり、ただでさえ綺麗なフォーナ様の顔が更に
なによりドレスの色と、その銀掛かった黒髪とが見事に合っている。水辺で夜空を見上げているかのような深みが感じられる。この衣装を用意した人は相当目利きのできる人なのだろう。
一方のプッチーナは身長の高いフォーナ様に阻まれて、その格好を見ることはできない。なぜフォーナ様の後ろに隠れているんだ?
「はい。今日は合わせて四人ですか。馬車に乗れるでしょうか?」
「大丈夫ですとも。ところでプッチーナ、どうしたのですか? なぜフォーナ様の後ろに隠れているのです。失礼ですよ」
と、プッチーノさんが注意をする。それを聞いてプッチーナは渋々といった様子でフォーナ様の後ろから現れた。
プッチーナは、黒いドレスを着ていた。白いドレスのフォーナ様とは対照的な姿だ。髪の毛には、月を模したのであろう髪飾りをつけている。その黒のドレスや銀色の髪の毛と相まって、本当に月が登っているみたいだ。また、紅い眼が丁度いいポイント《・・・・》になっている。
二人とも、晩餐会という夜に行われる行事に着ていく格好としてとても相応しいものだと思う。だか、プッチーナは家臣としての参加なのに、少々目立ちすぎなのでは?
「うう、その、おに……兄さんに見られたくなくて……」
「何故ですか?」
プッチーノさんが、少し首をかしげる
「うう、な、なんでもない!」
と、プッチーナが大きな声をあげた。なんだ、ちゃんと出せるんじゃないか。
「プッチーナ、クロンもいるのです。先輩として、そんな態度を見せてもいいのですか?」
フォーナ様が身体ごと振り向き、プッチーナの頭に手を当てる。
「あ……す、すみません。こほん……いまのは無しで……」
プッチーナは少し顔を赤くする。なんだそりゃ?
「話は終わりましたでしょうか? さて、では時間が迫っております。出発致しましょう」
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